さて いよいよこれから魚が出てくる気配が!まずは燗酒で喉を暖めておく。
そういえば、秋田の人は純米酒や吟醸酒を燗では絶対に飲まないようだ。給仕の若旦那も「燗で」というと心外な顔をするし、助役もNさんも「ふううううん、、、」という腑に落ちない顔をされる。郷に入っては郷に従えと言うのだが、冷酒でいくとせっかくの味蕾が縮んでしまうので、なんと言われようと燗にしてくれとお願いした。
呑んだのは飛良泉(ひらいずみ)を中心に、秋田の地酒ばかり、それも純米ばかりにする。やはり飛良泉の上燗を少しおいて冷ますくらいが一番、秋田の味覚に添うような気がする。
「はぁーい、ハタハタの塩焼き!」
■鰰(ハタハタ)塩焼き
おおおおおおおお
いきなりでたぁ! ハタハタの塩焼きだ!
前編にも書いたとおり、このハタハタが僕の秋田でのナツカシ味覚である。中ぶりの、15センチくらいのハタハタだが、ブリコがぎっしりと詰まっている。頭から思い切り腹までかぶりつくと、卵がはちきれてぽろぽろと落ちる。
プリコを噛みしめると、あのブチン・ブチンという感触が弾ける!そして、やはり魚卵臭くない、優しい旨味のエキスが油分とともに舌をなめらかに撫でていくのだ!
「おおおっ旨いよぉおおおお、、、何年ぶりだぁ、、、」
本当に数年ぶりに食べた! ハタハタ自体は数回口にしたが、それはハタハタの麹漬けなど、身を調理したものばかりで、このはち切れたブリコを食す機会は本当に数年ぶりである。感動に視界がかすむほどに旨い!あっという間に平らげると、「やまけんさんこっちも食べてください」ともう一匹差し出される。嬉しい、、、
「塩汁(しょっつる)で最後、またブリコが出てきますから、それまで他のを楽しみましょう」
と出てきたのが、出た!ダダミ刺しである!
■ダダミ刺し
この脳ミソ状の白い物体、鱈の白子である。北海道では「タチ」と呼ぶこの最高な食材が、秋田では「ダダミ」。なんたる言語感覚の隔たりであろうか!底には優劣や美醜はない。ただ、
「なんでそういう名前なの?」 というプリミティブな疑問を呈するばかりだ。まぁ解答はないんだけどね。
このダダミ、北海道で食べるタチよりも柔らかでなめらか。北海道のタチだともうすこし個体としての要素が強く、プチンとしたあとムッチリトロトロとなる。けどこのダダミは最初からトローンとしている。ん?もしかしてこのトロトロドロドロの感じが「だだみ~」っていう言語感覚に繋がってるんだろうか。大変に興味深いぞ。
■あん肝
秋田でもあん肝を食べるんだな。立派なでかさのあん肝はほどよく蒸されていて、コクがあって最高に旨い。
助役とN氏、I氏の会話も弾む。村役場と県庁の立場はちがえど、みな秋田をこよなく愛しなんとか良くしていこうという気概に満ちた人ばかりだからだろう。酒を呑み、旨い郷土料理を前にすれば、ポリシーの違いは簡単に吹っ飛んでしまう。
■男鹿の活タコと活ブリ
そういえばここまで刺身が出なかったが、いやもうこの刺身の鮮度と旨さは何も文句のつけようがない。
みよ!プリップリな活タコを!
みよ!このトロリと脂を一枚まとったブリの刺身を!
濃い口醤油につけ、つつと口に運ぶと、なんとも上品な味とコクが拡がる。そうだ、秋田の海の幸は全て品がある。それがキーワードかな。
■舞茸と豚ホルモンの炒め物
「何か食べたいものは?」
と訊かれたのでこの炒め物を頼んだ。まだ行ったこと無いが、秋田では豚のホルモンを使った料理がかなり有名だ。なのでここでも頼んだのだが、一口食べて驚いた。
いや、味は非常によい。旨い。けど、この夜始まっていままで口にしてきたどの食べ物とも違う世界観だ。
それは、油脂の存在だ。これまで出てきた皿には、人工的に抽出した油脂はまったく介在していなかった。そこにいきなり、かなりの強さをもつ油脂と、動物性タンパク質(ホルモン)の登場である。味覚の地平の違いに、本当にびっくりした。
結論として、この一皿も非常に旨いのだが、こと山菜と海の幸を食べている合間に置くべき皿ではなかった。この辺、僕自身のセレクト眼が上手く機能していなかった。反省。でも、料理としてはすんごく旨いぞ!豚ホルは下処理がいいのだろう、臭みも少なく舞茸の繊細な味わいとマッチしていた。濃いめの味付けにご飯を欲してしまうがここは踏みとどまる。なぜならこれからがメインだからだ。
「はい~っ 塩汁(しょっつる)よ!」
■塩汁鍋
何を隠そう、僕は塩汁を食べるのが初めてである!そりゃそうだ、ハタハタを食べる最もポピュラーな料理がこの塩汁なのだが、ハタハタ自体を口にしてこなかったのだから、、、
ちなみに「しょっつる」というと、ハタハタや雑魚を塩漬け発酵させて魚醤という調味料にしたてたものを言うが、同時にそのしょっつるで味を付けた鍋物のこともしょっつる(塩汁)というらしい。この日の午後、大潟村からホテルに向かう途中、車中で村役場の方とこういうやりとりがあった。
「(調味料としての)しょっつるって、なんの料理に使うのが一番ポピュラーなんですか?」
「ん~ しょっつるですねゃ」 (←秋田弁!)
「いや、そのしょっつるを使った料理って何があるんですかね、ってことなんですけど」
「ですから、しょっつるですねゃ。」
「、、、」
そう、鍋の名前もしょっつるなのである!野菜類とハタハタを、塩汁で味付けしただし汁で煮たのがこの塩汁鍋だ。
「やまけんさん、我々はハタハタはいりませんから、3匹分食べてください。」
えええええええええええええええ
塩焼き分も合わせると都合5匹食ってしまうのか、俺は、、、
塩汁鍋のだし汁を取り皿にとり、一匙すする。濃厚なだし汁に魚の旨味と塩気が溶け込んで、豊かな味だ! しかしこの時気がついた。この味、非常に豊かなのだが、縦軸の線がピンと屹立している旨さだ。そう、明確にさきほどの舞茸と豚ホルの炒め物の味世界と違う。
秋田の郷土の味は、強くしなやかなピアノ線を何本も束ねて縒り、ビンと張った単色・単線の味世界なのだ。引き算の世界で、シンプルにして強い旨味を一本だけ。だからご飯に最適にマッチするものばかりなのだ。水墨画の世界がモノクロームなのに無限に豊かであるのと同じ意味で、秋田の食世界はストイックにして豊かだ!これを発見して僕は小躍りしそうになった。
さきの舞茸豚ホル炒めには、コシヒカリのような、油脂と肉にマッチした米が合う。でも、伝統的な秋田県の郷土食には、もう少し主張の柔らかい、ストイックな線の米品種が合うのではないか、だからあきたこまちが現れ、農家の家ではひとめぼれが食べられ、ササニシキが珍重されているのだ。ここしばらくの秋田詣でで、自分なりの解釈に行き着いた。的はずれかも知れないが感動してしまった。
思わず言ってしまうぞ ビバ、秋田!
ブリコがはみ出したハタハタにかぶりつく。塩汁の強い塩気とブリコのブチブチ感、そしてなめらかな旨味が僕の舌を撫でる。ホロリと引きちぎれる身も旨味が濃く、白菜や葱と合わせると甘みも滲んできた。
もう言うことはない。3匹ハタハタを食べて、もう腹一杯です。
「いや、ご馳走様でした!」
「いやぁ、ぼくら秋田県人でもこの店はあまりきたことがなかった。助役、どうもありがとうございました、、、」
このちゃわん屋、前編に秋田のヤング米農家”ひろっきい”のコメントがあるように、地元の人間もイチオシの店である。僕をそういういい店に導いてくださって、本当にありがとうございます。
急な階段を下り、N氏がカクテルを飲もうと言い出した。川反のバーでマティーニを呑み、助役とお別れ。N氏がいたずらっぽく笑いながら
「そばでも食べに行きますかぁ」
と言う。そりゃあ行くしかないだろう。何せ今日は、秋田の食のイメージを完全に自分の中で視覚化した記念すべき日だ。
ということで、この後に蕎麦一枚と中華そばを食べ、ブリコ以上にはち切れそうな腹をかかえてホテルでバタンキューだったのだ。