しばらくかなりの食い倒れ加熱モードになったので、優しく落ち着いた食事をとりたくなった。鍋に昆布と煮干しを一つかみ入れて水を張り、出汁をとる準備。ひろっきぃの米を研ぎ、これも業務用アルミ鍋にセットし浸水。うちから歩いて2分の八百周にておっちゃんと話をしながら、見事に太い青森産のゴボウを買う。堀川ゴボウかとみまごうばかりの太さだ。それに、路地春菊を買おうとすると、
「ちょっと待ちな、いいのは隠してあるんだよ!」
と言って、リンゴ箱の下から勢いのある中葉春菊の束を出してきた。江戸川で作っている個選農家のもので、これが市場に出ると八百周のおっちゃんが買い占めてしまうのだ。ひと束なんと180円。この時期、素晴らしいことだ。
家に帰ってゴボウをタワシで洗い、太く切り分けて水にさらし、中華鍋で多めの油でじっくり炒め上げ、酒・砂糖・醤油できんぴらにする。
水出汁を極く弱火にかけ、昆布を引き上げる。味噌を溶き、網走から送られてきた生フノリを洗って投入しみそ汁を作る。ここで浸水した米を火にかける。
さて、メインイベントだ。
先日仕込んだ鮭の粕漬けが、佳いつかり具合になっているはずだ。それに、ハヤトウリの奈良漬けもそろそろいいのではないだろうか。掘り出してみることにする。
鮭の粕漬けは、粕床に砂糖と塩を少し足したものだ。通常の板粕(板状になっている堅い粕)ではなく、銘酒「扶桑鶴」の桑原酒造の大畑専務から送られてきた柔らかい「練り粕」を使っているため、柔らかく溶く必要がなく便利だった。
鮭はヌタヌタの粕床に浸され、プンプンと酒の香りを放っている。
そしてハヤトウリの奈良漬けは如何に?ハヤトウリは白瓜などと違い水分含有量が多いため、どうしても粕床が水っぽくなってしまう。このため、長期の保存には向かないそうだ。その旨、そもそも僕が奈良漬けをつくるきっかけになった「のぶかなさん」から連絡があった。
そのとおりジュクジュクになった粕だが、これを全部洗ってしまうようなことは勿体なくてできない!粕をまとったまま包丁を入れてみた。
断面はそれほど色が付いていないので、味が染みていないのかな、と一瞬不安になったが、、、
一口食べてみると、それは全くの杞憂!ブンッと拡がる酒粕の芳醇な香り!そしてハヤトウリの好ましいポリポリ感が素晴らしい。これぞ奈良漬けだ!そのできばえにしばし感動してしまった。
春菊をゴマ和えにし、鮭を焼き、飯とみそ汁を盛って食卓を整える。鮭にも粕を多量に残して焼いたので、焦げてしまった。
果たして鮭の漬かり具合はどうだろう、、、と思い箸を入れる。これまた粕の香りが立ち上る。
一口食べると、これはもう感動の世界だ!酒粕と鮭の旨味成分が結びついて、極上の味噌のような、そしてアルコール分を少し含んでいる故の魅惑的な香りとドキドキ感が胸に迫る。
「旨いぜ!俺って天才か?」
しかしよーく考えてみると、この功績は台風にまけずハヤトウリを育ててくれた長島農園の丹精と、見事な鮭を素晴らしい塩梅に山漬けしてくれた網走のSさん、そして純米吟醸酒の極上酒粕を送ってくれた桑原酒造の大畑専務らにあるのだった!僕がしたことは単に、素材に塩分や糖分を加えて、酒粕に漬けただけなのである。
今回のことでよーくわかった。粕漬けというのは、素材の水分をある程度脱水し、塩味・糖分を好みで添加し、そして酒粕に漬け込むという作業である。旨い酒粕と素材があれば、簡単にできるではないか!子供の頃は食べたくもなかった酒粕だが、三十路を超えるとこれほどに旨いと思うものもなかなかない。それを自分の手で作ることが出来るとは、望外の幸せだ。
折しももうすぐ、酒蔵では酒の本格的な仕込みに入る。そうすると毎日多量の粕が出てくる。家の近くに酒蔵があるならば、ぜひ手に入れて自分で粕漬けを作ってみることをお奨めする。第一級の保存食であるし、何より旨い!これから毎年の恒例行事にしようと心に誓ったのであった。
久しぶりに佳い食事をした、、、鋭気を養い、明日の食い倒れに備えるのであった。