朝、名護のホテルで目が覚めると、少し雨が降っているが穏やかな天気だ。僕は昔から晴れ男で、だいたい何かのイベントの時には天気予報を覆すことが多いのだが、今回も外に出る時は雨があがることが多い。今回もそれを期待したいと思いながらホテルの玄関を出ると、昨晩初めて会って意気投合した粟国(あわぐに)が手を挙げて挨拶を寄越した。
粟国は農業改良普及員という役職に就いている。県の職員として、各市町村の農業者への各種支援・指導をするのがその業務だ。いわゆる農協にも営農指導員というのが居るが、普及員は県職員なので、栽培技術の指導もする一方、役所の裏方的仕事も回ってくる。また、全国各地で農業の形態や政治性も違うので、普及員と農業者の関係は様々だ。今回、この沖縄の地での普及事業がどのようになっているのかを観ることも関心の一つなのであった。
「今日は大宜見村の方にいって、クリームパインを食べましょう。ピーチパインはもう季節が終わってしまっているので無理なんですけど、、、」
大宜見村は名護からまた北部にある村で、「シークヮーサー」を特産としている。
■大宜見村Webサイト
http://www.vill.ogimi.okinawa.jp/top.asp
彼が今、情熱を燃やしているのは、この大宜見村周辺で栽培されている「クリームパイン」などの差別化品種をもっと売っていきたいということなのだ。
「知ってましたか、パインにも色んな品種があるんですよ!通常の品種だけでも最盛期に食べたら凄く美味しいのに、クリームパインというまろやかな品種と、ピーチパインという桃みたいな味がする品種があって、奥が深いんですよ。」
全く知らなかった! パインは熱帯作物なので、九州までしか足を踏み入れていなかった僕には未知の世界だったのだ。
「実は沖縄でもパインにはちょっと寒い環境です。だから、熱帯~亜熱帯に比べると、一本の株から獲れるパインの量は少ないんですよ。収穫期が毎年ずれ込むのが難しい作物ではあります。作ること自体はそれほど難しくないんですけどね。」
ステアリングを握りながら粟国は熱を込めて語ってくれた。街道から山道に入ると、背の低い、アロエベラの葉が茂ったようなパインの畑が観られるようになる。
「最近、パインは樹にいくつも成ってると思っているコが多いんですよね、、、修学旅行生とか来ると必ず数人はいます。パインはご覧の通り背の低い株の先にニョキっと実が付きます。パインの株自体は一度植えると数年は実をつけてくれます。この辺ではだいたい4年は保たせます。台風なんかにも強い品種があるので、農家は重宝しているんです。僕はこのパイナップルの育種を試験場でやっていたことがありますけど、毎日食べていたけど飽きませんでしたね。メロンなんかとはまた違う美味しさだし、すごく安いし、なんでもっと人気が出ないんだろうって思います。」
「そうだねぇ、本州ではあまり国産パインを食べるっていう習慣がないよ。認知自体がないよね。スーパーで並んでいるのは輸入物ばかりで、すじばっていて美味しくないのが多い。」
「ドールとかデルモンテは、自社選抜したいい品種を持っているんです。けど、日本で熟したパインを食べる方が絶対に美味しいですよ!あ、着きましたね、ここです。」
山の中腹に、農家直販所のような小屋が建っている。数人の農家さんが中で商品を売りながらくつろいでいる、選果場を兼ねた小屋だ。コンテナ詰めされたパインが並んでいる。こんなに多くのパインを観たのは僕も初めてだ。
「あら、粟国さんどうもぉ~」
「すみません、クリームパインを食べさせて頂きたくて、、、」
「はいはい、一つ割りましょうねぇ」
と、世間話をしながら奥様がパインを刻んでくれる。もうクリームパインも収穫の末期にさしかかっているということで、タイミングがまにあってよかったとホッとする。
通常のパインは熟すると外皮が茶色くなるが、クリームパインは濃い緑色のままだ。なので、熟しているかどうかを判断するのは結構難しいらしい。果たしてこの断面はどのような色なのだろうか。
「はい、これがクリームパインですよ。」
なるほど!確かにクリームのような乳白色だ。画像では比較対照がないとわからないだろう、こちらが通常のパインだ。
雨の日の暗い画像でこれだけ差があるのだから、眼で見たらかなりインパクトのある違いである。
葉付きのままで縦に綺麗に剥かれた(この農園オリジナルの剥き方らしい)クリームパインを一本口に運ぶ。持つ前からジュースが滴り出しているのにかぶりつく。「シュクッ」とかみ切ると、果肉が弾け、ジュースと鮮烈なトロピカル芳香が一気に口腔から鼻孔に抜けていく。
「おおぉ~ お? 酸が押さえられていて、本当にクリームっぽい!」
これはびっくりである。パインの酸は強烈で、タンパク質分解酵素を多量に含むため、口の中での刺激が強い。しかし、このクリームパインはまろやかな味で、ゆっくりと味わうコトが出来る。果肉の柔らかさとジュースの量はハンパではない。香りもまろやかながら、強烈な印象を残す味だ。
通常のパインを食べる。もっと鮮烈な香りと酸味。こちらはあの慣れ親しんだパインそのものの、上質ゴージャスバージョンである。
「やっぱり通常の品種もムチャクチャ旨いなぁ、、、これ、本州では全然お目にかかれないよぉ。輸入品とは全く違うじゃん。」
「そうでしょう?なんでもっと食べられないのか?って思いますよ。いま、贈答用の化粧箱も作っていて、来年からは本州向けにも販売していきたいんで、ぜひ協力してくださいよ!」
当然当然、了解なのである。こんなに旨いパイン、しかも品種違いでピーチ、クリーム、そして通常のパインが一玉ずつあれば、とんでもなく楽しめるデザート群になること間違いない。
問題は価格だ。沖縄から東京に送ると、送料だけで1500円くらいになってしまう。パインは一玉500円未満なのに、、、やはり、本州の卸が引き受けて、分散していくのが一番なのだが、沖縄は台風県だけに収穫量や時期が大きくぶれることが多い。そうなるとスーパーなどでは扱いにくいということで、安定供給可能な輸入物が扱われている現状だ。
「粟国君、俺も宣伝するからこれ、ぜひ軌道に乗せようよ!」
「ぜひぜひ!」
ということで、食い倒れ日記は沖縄パインを応援する。来年の時期には、パインの共同購入でもやってみるか?
生まれて初めてというくらいにパインを沢山たべて、口の中のタンパク質が分解酵素のおかげで少し溶けたようで、ひりひりする。帰り道、ドラゴンフルーツ(ピタヤ)農家の畑に寄ってもらう。あいにく農家さんは留守だったが、農業改良普及員というのは、農家と付き合いが深い場合は、留守宅でも畑にどんどん入っていく。
「あ、これ、パッションフルーツですね」
おおお、、、樹になっているパッションは初めてだ。
で、こっちがドラゴンフルーツ農園だ。これが実なので、見たことがある人は多いだろう。
この実が付いている樹と、その畑がかなりシュールだ。ドラゴンフルーツ、実はサボテンの実なのだ。
どうだ?結構シュールでしょう、、、サボテンがうねうねとくねり立ち、ショッキングピンクの実がそこここに成っている。このドラゴンにも、白と赤以外にクリーム色の品種があって、「これも凄く美味しい。」ということであった。うーん奥が深いぞ熱帯フルーツ。
これだけ見たところでタイムオーバー。一路、11時からの約束であるオリオンビール工場に向かう。
「パインは情熱を持てる作物です。こんなに美味しくて安いんだから、もっと沖縄県民にも食べて欲しい。実はそんなにパインを意識して食べている県民って少ないんです。」
熱を込めて語る粟国君は、僕が観てきた改良普及員の中でも実に好感の持てる人だった。パインを食べながら観ていたのだが、農家からの信頼も厚く、誠実だ。
「でも、あんまり人と付き合うのは苦手なんですよ。本当は一人で釣りでもしていたい。」
という粟国だが、そんなこと言うな!沖縄パインをもっと打ち出していこうじゃないか!協力は惜しみません。
いつのまにかスコールが去って乾きかけた路麺を、4駆が疾走する。日本は狭いと言うが、自分はまだしらぬ農業があったことを、痛感するのであった。