ソンブーンのあるスリウォンからタクシーで10分ほど走る。S女史とアラゴン女史の職場である国連の建物の近くにあるのだそうだ。国連の事務所は、なんとムエタイの殿堂の一つ、ラジャダムナン・スタジアムのすぐ前にあるらしい。過去、ラジャダムナンには観に行ったことがあるのを思い出す。今回はムエタイを観られなかったなぁ。
そういえば、食い倒れとはまったくの余談になるが、先日行われたK1-MAXという中量級のキックボクシング大会で気になることがあった。ムエタイの勇士が圧倒的な地力の差を魅せて優勝をもぎ取った。しかし、テレビの解説は対戦相手を応援するばかりで、勝敗が決した後も、このムエタイ戦士を褒めるようなことを全くしていなかった。なんと狭量な態度だろうか。全くのアウェーで見事な勝ちをもぎ取った彼に対する態度ではない。きっと対戦相手のマサトも、あとからテレビを観たら恥に感じるはずだ。いや要するに、つまらないテレビ特有の文脈から脱した価値観で生きていくことが必要だなぁ、ということだ。これは食べることについても同じだと思う。
閑話休題。
タイのタクシーは荒っぽくバカっ速い飛ばしっぷりでナショナル・スタジアムを駆け抜けていった。
「ここ、ここ!」
アラゴンが嬉々として降り立つ。どうやら僕が本当に大食いなのかどうかを観てみたいらしい。いや、僕はそれほど大食いではないのだが、、、
パッタイは屋台で供されることが多いのだが、当然専門店もある。で、僕の思うところなのだが、屋台で出されるものよりは、確実に店舗の方が旨いと思う。福岡の博多ラーメンも、最初は屋台の珍しさに惹かれるが、やはり店舗で営業している店の方が最終的には旨いと思う。無論、例外はあると思うのだが、厨房設備の充実度合いなどを考えれば、どうしてもそうなってしまうだろう。格闘技の世界でよく「同じ技量ならば、体重が重い方が強い」と言われることと似ている。
この店では店先に調理器具一式があり、特大の中華鍋をブワンブワンと繰って、オレンジ色に染まったパッタイを作っていた。それを薄焼き卵で包んだものがこの店のウリらしく、卵包み専門の女性が2名も配されている。
メニューには当然のごとくパッタイしかない!それも、卵に包むか包まないかくらいの差しか無いようである。従って着席後には、どこに行ってもパッタイに共通して添えられる生モヤシと生ニラ、そしてマナーオ(ライム)が出てきた。
この生モヤシをできあがったパッタイに混ぜ、生ニラを囓りながら食べるのである。日本人は「えっ??」と思うだろうが、これが実に合う。もやしは日本のモノよりおおざっぱに作られているようだが、総じて日本のより少し短くて太め、シャクシャク感が出るように作られている。ニラは明らかに日本のそれよりも茎が太く、旨味があり、そして刺激成分が少ない。だからポリポリ食べられるのである。日本のニラは規格上、カセットテープのように薄く仕上げられているが、タイのふっくらしたニラの方が旨いと思うのだが、、、これも土壌特性の違いだろう。
「お薦めは、やっぱり卵包みだねぇ~」
というアラゴンの言に従い、卵包みパッタイを4人で2つ所望した。
「やまけんだったら1つ食べられるでしょぉ~」
とはS女史だが、俺はバケモノじゃないんだよ!もう喰えんわぁ。
さてパッタイだが、ひっきりなしに来る客のため、2人がかりで中華鍋を振っている。
鍋を覗くと、やはりその鮮やかなオレンジ色が際だってみえる。パッタイの造り方自体は、それほど難しいもんではない。あらかじめ8分くらいぬるま湯で戻しておいたセンレックという中太の米麺を油で炒め、具を投入し、ソースを加えるのが基本だと思う。
具材には干しえび、もやしとニラ、赤タマネギなどに豆腐を発酵させたようなもの(厚揚げの時もあり)、その他という感じだろう。
しかし、調理法自体には秘密があるわけではなく、肝心要なのはその調味ソースである。これがあまりにも独特なのだ。僕はタイ食材屋でパッタイペーストという瓶入りソースを見つけて買ったことがあるが、そのソース自体はやたらと甘い、ジャムのようなものだった。一体これがパッタイになるの?と心配になったのだが、ナンプラと共に炒めると、ちゃんとパッタイの味になった。かなり複雑な味の組成だとみた。
「あ、なんかタレっぽいの運んでるよ!オレンジ色だね!」
とアラゴンが言うのをみると、男がなみなみとオレンジの液体で満たされた鍋を運んでいる。うーむ PETボトルに入れて持ち帰りたい、、、
そうこう言っている内に、パッタイが運ばれてきた!これが卵包みパッタイである。
東銀座の歌舞伎座横にある「喫茶YOU」の官能的オムレツのような、踏みにじってやりたいハカなさを感じさせるではないか。この一枚の着衣を乱暴にも切り裂くと、中からしっとり濡れたオレンジ色の花弁、、、ではなかった麺が顔を覗かせる。
さて、ここからが勝負だ。ご存じの通りタイ料理は、自分好みの味に仕上げて完成だ。僕は砂糖をタップリかけ、強めにナンプラを効かせ、酢は少々。砕きピーナツはドンドンかけ、マナーオを2つ分絞る。唐辛子はあまりかけないというスタイルだ。このかけっぷりに一同から非難の声が挙がる。「一口食べて味を見てからかけなよ~」もっともな話だがヤダ。パッタイはこれが一番旨いって信じてるんだモン。
このパッタイ、実に旨かった。腹一杯だったので食味感が鈍っていたかも知れないが、非常にテイスティだった。確かにダテに店舗を張っていないな、というレベルだ。少しベースが甘めで、しっとりとした作りだ。砕きピーナツと合わせると、水分をうまく吸ってくれるので、味の濃さが前面に出てくる。
「美味しゅうございました!」
残念なことに店の名前とかはまったくわからん。アラゴン、申し訳ないけどコメントに店の名前と場所を書いておいてください。よろしくね。
この後、トーストとミルクコーヒーを出すという面白い店に連れて行ってもらったが、12時で閉まるようで目の前で片づけをしている。しかしもう、腹一杯なのと眠いので意識朦朧としており、ちょうどよかったかも。
最後に花市場を歩く。市場のエネルギーとカラフルな花々の色彩に圧倒されながら、しかし今宵のパッタイのオレンジに勝る鮮やかなカラーはないな、と思うのであった。