続いて運ばれてきたのは、店名にもあるように本来この店が得意とする魚料理だ。
■スズキのソテー
タルタルソースの添えられたスズキは、夏の白身の代表格にふさわしいコッテリ感を演出していた。こういう洋風のものが出てくると意表をつかれて、佳い。
■お造り
特筆すべきはウニだった。最近、寿司処 匠の、ミョウバンを使っていないウニの香り高さに慣れているのでうるさくなっていると思うのだが、ここで食べたウニはまさに一片の臭みもない絶品だった。
そして、刺身も旨かったが、添え物にあった菊が嬉しい。そういえばこの日の午前中に寄った農家さんの直売所でも、食用菊をみかけた。秋田でも広い範囲で食べられているようだ。刺身醤油にチョンとつけていただくと、柔らかにシャクっとした食感と、華やかな香りが立ち上がった。
ここで、僕に自家製のいぶりガッコや山菜のミズを送って下さっている、県のI氏が登場する。この方が理論的・体系的にに秋田の食を教授してくださるので、僕も半可通になっているのである。
「やまけんさん、岩ガキを食べましょう!鳥海山の沸き水が海に流れ込み、それを栄養源としって育つ岩ガキです。本来は少し後が旬なので、いつもと違う地域の岩ガキですけど、美味しいと思います。」
■岩ガキ
ぷっくりと掌より大きい岩ガキを想像していたが、運ばれてきたのは一回り小さなサイズの、ミルクを湛えたようなプルプル体であった。
あまりのセクシーさに寄ってみた。
殻からはずしレモンを搾り、三杯酢に浸けて一口に啜り込む。歯を一番太った部分に立てると、ヌプヌプとした感触が決壊し、ジュワリと旨味ジュースがほとばしった。旨い。
「岩ガキというと色んな産地が有名ですが、案外秋田のことは知られていません。地元の人たちは食べて居るんですけど、口べたで、、、」
秋田県人が口を揃えて言うのが、この「口べたで、、、」である。そういえば隣県の山形でも同じことを言っていた。ならば! オレが言います声高に言いますから、旨いものを教えてください! と思ったヤマケンであった。
さて
その時間がやってきた。
「山本さん、きりたんぽがそろそろいいようです。」
中田さんが、蓋を取り払った。真夏の夜の鍋大会。ブワッと水蒸気が上がる後、上品な、しかし芯のある香りがたちのぼった。
■比内地鶏のきりたんぽ鍋
「きりたんぽには、セリとネギが欠かせません。それと、一般家庭ではきりたんぽを作るのが面倒なので、単に米をつぶして丸めて作るダマコモチというのが普及してます。今日はそれも入れてくれてますね。」
なるほど、鍋の内容は、主役のきりたんぽとセリ、ネギ、ゴボウ、糸こんにゃく、ダマコモチ、そして比内地鶏である。
「この店では通常は、比内地鶏はスープだけを取って、赤鶏という地鶏を食用には入れます。けど、今日は山本さんに比内地鶏の実力を知って欲しいと思って、肉にも地鶏を使って欲しいと言っておいたんです。」
まず、そのダシを一口啜ってみた。濃い色、こっくりとした醤油ベースの味付けのスープに比内地鶏から染み出た脂の玉が浮いている。一口啜ってみた。醤油の香りの一瞬後、とてつもなく濃い旨味成分が舌を襲う、、、しかし、その旨味はあくまで上品である!そして鶏の香りがあまりにも高貴だ。
「おおおお こいつぁ 旨い!」
I氏も「美味しいですか」と僕の表情をうかがいつつ、ダシを一口啜る。やや間をおいて匙を置き、
「山本さん。Nさんの店のセレクトは完璧です。僕はこの店には始めてきましたが、このきりたんぽのダシはとても旨い!」
「いやそうかね、よがったぁ~」
県職員N氏の面目躍如の瞬間である。実に最高である!
いやしかしマジで旨い!ダシだけではなくきりたんぽを食べてみた。餅米の餅とは違い、口の中でホロリと崩れる食感。それにモロモロに染みこんだダシの味。きりたんぽを食べながらセリやゴボウ、ネギを口に入れると、尖った香りがきりたんぽに七色の表情を現出させる。
「このきりたんぽが、火が通るにつれて柔らかくグズグズになっていくと、これまたウマイんですよ!」
「ほんとだウマイ!」
もうヤマケン、満面の笑みである。自分で言うのもなんだが、ナカナカこれだけの旨いゾ顔に出会うことは少ない。3人分の鍋を、ほとんど一人で食べてしまった。「いいんです、最初からそのつもりですから存分に食べて下さい!」とおっしゃるN氏とI氏。俺は再度、秋田ファンになったぞ!
「やまけんさん、比内地鶏の塩焼きも食べてみましょう。」
おお、望むところである。残念ながらモモ肉が売り切れているようなので、手羽先の唐揚げと胸肉の塩焼きを所望する。
■手羽の唐揚げ
■胸肉の塩焼きタルタルソース添え
これらを食べて思ったのは、比内地鶏は魚で言えば鯛である、ということだ。強力無比な旨味を発しつつ、極めて上品で高貴な味と香り。どんな料理でもその存在感を輝かせる。塩焼きは繊維感がはっきりと感じられ、胸肉とは思えない旨さだった。これは、北千住のバードコートで使っている奥久慈地鶏の資質と少し似ているかな、と感じたが、どうだろうか。僕の個人的好みからすれば静岡の駿河若シャモの濃厚な旨味の方が好きだが、味と食感のベクトルが全く違う。比内地鶏、さすがの風格であると感じ入った。でもやっぱり、きりたんぽ鍋のダシ汁が、一番その能力を発揮するかも、と思ったのであった。あの、濃厚な旨味は忘れがたい。
「やまけんさん、じゃあしめのご飯は大好きなミズの叩きでいきましょう!」
おお!自分でもまねてみたミズの叩き! 秋田の隠れた代表的山菜である「ミズ」を、包丁でたたいてネットリさせたものだという。それを訊いて自分でもやってみたことがあり、それなりに旨かったのだが、運ばれてきたものをみて絶句した。
「えええ? ここまでたたくのぉ?」
それは出刃で完膚無きまでたたき込まれ、たとえて言えば鰯をたたきまくって味噌と合わせる「なめろう」レベルまでヌタヌタにされたねばねば物体であった。この物体、当然、糸を引く!
「これをご飯にかけて食べると、最高なんですよぉ」
それをやりたくてここまで来たんだ!さっそくご飯を所望する。
暖かいご飯にミズの叩きをかけ、食べる。ねばねば物体に隠し味に刻み込まれたエシャレットの香りが効いて、「この取り合わせもまた、旨いですね」とI氏に言わしめる。ひたすら、旨い。
久しぶりに言おう。
「ビバ!秋田県!」
これまでの不調・不振は完全に払拭された。秋田には旨いものが一杯あるゾ!
、、、ただし店は選ぶべし。
I氏と握手。もう僕の笑顔は崩れすぎている。覚えておいて欲しい、この顔は最上級の旨かった顔である。
I氏とホテルに戻る途中、繁華街の川端地区を歩く。
「お連れしたい珈琲店があったんですけど、、、潰れちゃったかなぁ」
幻惑的な川端のネオン街は、やはり最盛期を過ぎた閑散とした雰囲気が漂っていた。珈琲店は閉店しているようであった。しかし、地方は死なない。旨いものがあるうちは、その文化が死に絶えることはないのである。