よく「やまけんさんは何が一番好きなんですか?」と訊かれるのだが、その質問に答えるのは難しい。だってその時々で食べたいものが違うのだもの。けれど、「無くなっては困る食べ物」なら即座に回答可能だ。それは納豆。この世に納豆ご飯が無くなったら生きていけない。
納豆にはいささかこだわりがある。一番好きなのは、水戸のとあるメーカが製造している「水戸黄門納豆」という商品だ。50円アイスクリームのようなカップに入った納豆で、ほどよい小粒で口当たりの良い滑らかな熟成加減、旨味が強く、糸の引きもよい。ただし売っているところが少なく、水戸周辺のJR駅の大きめのキオスクでたまに見かけると、まとめ買いをして冷凍しておくのが常だ。それが切れると、仕方がないのでスーパーで安売り納豆を買うことになる。大手量販店に行くと、おかめ納豆などの大手商品があるが、地方の食品スーパーに行くと、地元メーカで製造している納豆が並んでいる。そういうのを片っ端から買って試してみたいと思うのだが、さすがに出張先のビジネスホテルで納豆を大量に処理できるはずもなく、残念な思いをしているのだ。
前置きが長くなったが、今回、素晴らしい納豆に出会ったのだ!間違いなく今まで食べた納豆の中でベストと言える味である。しかも富良野で。いったい富良野ってのはどういう処なんだろう、、、
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とみ川の山麓中華そばを堪能した後、麓郷のスイカとホワイトアスパラを買い求め、また富良野の町中へと車を進める。そう、朝飯に食べた富士食品の納豆を、本社まで買いに行くのだ。
途中のスーパーに寄って棚をみると、豆腐商品コーナーには富士食品の納豆がこれでもかといわんばかりに並んでいる。商品ラインナップは多様だ。ファミリー向け小分けカップから50g入りスチロール4パックなど、一体どう違うのか分からない商品群だ。
「でも、どうせなら本社工場で買った方がいいですよネ!」
と、我々は車を走らせたのだ。
「この辺だと思うんですけどねぇ、、、宮田マスターが『本社で買えるヨ!』って言ってたから、直売所みたいなのがあると思うんですけどね。」
少しさまよった後、D黒さんが富士食品の看板を発見した。
「あった!あそこですね、、、でも、直売所みたいなのはなさそうですねぇ。どこに停めればいいのかな、、、」
そこにあったのは、ぶっきらぼうな事務所然とした建物群であった。富士食品の冠を描いた配送用トラックが駐車場に数台並んでいるためそれと分かったが、一般消費者に開かれた感じの事務所ではないようにみえる。
うーむと思いながら車を降りると、前方の事務所から白髪のご老人と中年の男性が出てきて、こちらをジーッと見つめている。不審に思われているのだろうか。
「なんか、直売やってるような雰囲気じゃありませんね、、、」
でも、ここまで来たんだ。声くらいかけていこうではないか。
「あの、納豆を買いたくて来たんですが、、、」
と白髪のご老人に声をかけると、小刻みにうなずき、「いいよ。入りなさい」と事務所の中へと誘ってくださった。
事務所に入った途端に了解した。ここには直売所はない。工場に併設された事務所で、各スーパー等の注文に応じて卸売販売をするための施設だ。つまり、小売りはしていないのだ。
「すみません、『唯我独尊』のマスターに納豆食べさせてもらって、あんまり旨かったんで欲しいと思ってきてしまいました。ご迷惑かも知れませんが、買わせていただけませんか?」
と、マスターの名前を出してみる。中年の男性はほぼ無反応だったので、もしかしたら空振りか?と思われたのだが、一瞬後に「宮田さん、元気なのかな」とポツリと漏らしてくれた。この方はおそらく白髪のご老人の息子さんだろうか。
「最近はもうセンセイって呼ばなきゃならないもんな。」
とニカっとしてくれる。
「で、どの納豆をどれくらい欲しいの?」
「えええっと、、、そうですね、家に持って帰りますので多すぎても無理だな、4パックセットを3つくらいいただければ、、、」
と言うと、「うーん」と唸りながら、男性とご老人がごにょごにょと話している。
「初めて食べるんだから○○○とか、、、」「いや、アレじゃダメだ、△△△とか、、、」などと、色んな商品名が出ては消える。そんなにチョイスがあるのか!
「まあ、一番オーソドックスなやつにしておこうかね、「味ごのみ」っていう商品。ちょっと工場にあるかどうか訊いてみるから。」
と、たかだか3パックの納豆のために工場に連絡確認をしてくれる。在庫がちょうどあったようで、こちらに持ってきてくれるとのことだ。その間、さきほどのご老人が、何やら真空パックしたものを持ってきてくれる。
「これ、面白いから持って行きなさい」
「な、なんですかこれは?」
「インドネシアの納豆みたいな加工食品で、テンペっていうんだよ。」
おおおおお
これがテンペか!話にはきいていたが、手にするのは初めてだ。水分は抜けているようで、持つと軽い。
「ここではね、結構いろんな納豆食品作ってるんだよ。テンペは体にいいからね、持ってきな。」
なんだかモウシワケナイなぁ。納豆買いに来ただけなのに。
そうこうしているうちに工場から女性が納豆を届けて下さった。富士食品の段ボールにいれてくださっている。
「これが、うちの一番基本の味の納豆。」
「で、どこまで帰んの?」
東京だ、と答えると、ご老人が顔をしかめて「それじゃ梱包しないとな」と仰る。恐縮してお断りしようとしてもききいれられない。結局、工場から保冷剤を大量に取り寄せ、新聞紙に1パックずつ、保冷剤付きの厳重な梱包を、、、しかもこのご老人手ずからしていただいたのダ!たった3パックの納豆に、、、
「これ、冷凍のテンペも入れとくからサ」
と、ご老人、生冷凍テンペをまた2つ入れてくれる。ちょっと待て、納豆3パックよりも高く付いてるんじゃないか?と勘定をしようとすると、
「じゃあ納豆3パックで、、、315円になります。」
315円の商品のために、おそらく会社の社長さんと会長さん(推測)がしばし、かかりっきりである。申し訳なくて仕方がない。お支払いして、納品書をいただく。
「すみませんねこんな小さな単位で、、、通常はやってないんですよね?」
「うんまあ、うちは製造卸だからネ。」
いや ほんとに恐縮である。スミマセン!卸元に直接行ってしかもたった3パック! はた迷惑なお客である。読者の皆さんはくれぐれも真似をされぬよう。
しかしここの納豆、とにかくこだわられているようだ。こんなチラシもあるが、専門用語ばかりで、僕にも全く分からないのだが、納豆製造における凄まじい技術を導入しているようである。
「いや ホントにどうもお手数おかけしました!どうもありがとうございました!」
御礼を述べ、退出。ご老人はわざわざ見送りに出てきてくださり、D黒さんに色々話しかけている。
「うちはね、厚生省から特殊な指定を受けた2つのうちの1つの製造業者なんだよ。」
ナニナニ?なんだかスゴイ話になっている。とにかくこのタダモノではない感を漂わせる仙人のようなご老人のことを忘れることはできない。手を振られ、富士食品を後にしたのであった。
さてこの富士食品の納豆であるが、家に帰って早速ご飯と食べてみた。
とにかく、3回くらい掻き混ぜただけで、おびただしい糸が発生し、ネトネトヌチャヌチャになる。ネギを混ぜ込み、通常ならここでダシ醤油をかけるところだが、通常の醤油を垂らす。ダシ醤油を使うのは、旨味の少ない納豆だと僕は満足しないからだが、富士食品はそうしなくていいはずだからだ。
中粒の豆を使っているということは、輸入の小粒ではなく地元の大豆をつかっているからであろう。これをひたむきに25回程度掻き混ぜた後、反対方向に同回数掻き混ぜるという、バイオダイナミック農法におけるダイナミゼーションを実践した後、ご飯の上にネトネト弾を投下する。
白飯とともに喰らう。中粒の納豆が歯にあたり、心地よい潰れ感を感じる。そしてダシ成分はまったく添加していないにも関わらず、強い旨味を認知する。ネトネト糸が多量に発生しているため、その旨味含有量も極めて多い。舌の上に納豆デロデロペーストが旨味協奏曲を奏でている。
正直、これほどの納豆を食べたことがない。ここに、富士食品の納豆が、水戸黄門納豆をナンバーワンの座から引きずりおろしたことを宣言しよう。
宮田マスターが
「俺なんかさ、物産展があるとき、この納豆を持参しちゃうもんね。食えないんだもん、こんなに旨い納豆。」
というのが分かる。よく分かる!
「でも関東じゃ買えないだろ?」とお嘆きの皆さん。ご安心あれ。僕自身は未確認だが、銀座のアンテナショップ「富良野彩館」にて、富士食品の納豆も扱っているらしい! うわぁ これは買いに行かないとイカンだろう!
さて後日談。D黒さんより下記連絡がきた。
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納豆の達人について:
宮田マスターからお聞きしましたが、
やはり、あの素敵なおじさんは・・・
現会長、もと社長さん。研究者でも
あり、厚生省に認められた菌を培養された
のも会長さんで、マスターも大変可愛がって
いただいているそうで、早速、今日にでも
お礼の電話をされるとのこと。
また、いただいた製品(テンペ)は
25年以上も前から開発していたそうです。
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やはりスゴイ人だった!
富士食品のWebはここにある。
■富士食品
http://www.furano.ne.jp/fuji/
納豆製造に関する技術的な話も載っているので、ぜひご一読していただきたい。いや こういう行きずりの出会いが非常に嬉しい。また買いに行こうっと。銀座に納豆を買いに行くやつ、しかもその他の店には目もくれないってのは、かっこよくないか?
(次回、北海道編最終回)