小鳥の声で目が覚める。唯我独尊の宮田家の一室、まるでペンションのような綺麗な部屋のベッドで寝ていた。昨晩、D黒さんがこう言っていたのだが、まさに本当だった。
「この家で寝ると、本当に深い睡眠に入れるんですよ!都会とは全く違うんです。きっとマイナスイオンとか、色んな要素が絡まっているんでしょうね!」
本当に深い眠りだった。疲れもなにも残っていないぞ。
とんとんと階段を上がってくる足音がする。にょきっと宮田マスターが顔を出す。
「おはよ。朝飯ができてるよぉ!」
階下に降りる。夜の何も周りがみえない状態から、太陽の下、風景があらわになる。ここは、まさに山の中だった。
「実はね、この辺の4町歩がうちの土地なんですよ。細長くずーっと奥まで。途中までは整地したけど、奥の方はまだ未開の地ね。」
と奥様の佳代子さんが仰る。4町歩ってのは4ヘクタールですよ!1ヘクタールは100m×100mという広さ。いや、すごいわ。
「むかしはアスパラ畑をやっていたりしたんだけど、最近は忙しくてそれも出来なくなっちゃったわ。」
この家、ペンションぽいと思っていたが、実は本当にここで民宿をやっていたのだそうだ。
「私が切り盛りしていたんだけど、今はちょっとお休み中。さてこれからどうしたものか。」
いやこのロケーション、睡眠の深さ、そしてもてなしは実に最高なので、民宿復活は望ましいのだけど、大変そうだからホドホドにしてくださいね、佳代子さん。
「よーし 朝ご飯にしよう!」
テーブルに心づくしが並ぶ。燻製類と野菜炒め、納豆、みそ汁、漬け物などが並ぶ。実に旨い朝飯だ!
「やまけんちゃん、この納豆食べてみて!すっげえ旨いから!」
そう言われて食べた納豆がムチャクチャ旨い!小粒納豆ではなく、中粒の豆を使った納豆だ。よく出回っている納豆は、醤油だけだと旨味が少なく、僕は出し醤油を使っている。けどこの納豆、出汁醤油は必要ない。豆に旨味があるからだろう。
「旨い!この納豆、旨いっすよマスター!」
「そうだろ(ニカっ) これは富良野にある富士食品っていうメーカさんの納豆でね! 俺なんか出張行く時もこれ持っていくんだよ。だって他のところの納豆は旨くないんだもん。富士食品、街中にあるから、買ってくといいよ。本社できっと売ってくれるよ。」
まさか北海道まさか富良野でこんなに旨い納豆があるとは思わなかった。あとで巡回コースにいれよう。
他にも全国から宮田家に届く食材の数々。熊本の地元品種茶に紅茶、無農薬無化学肥料栽培の清美オレンジなど、旨いもん、誠意のこもったものを進められる。これも宮田家の気持ちよさに連なる人的ネットワークだろう。
さて
本日は夜便で帰京する日だ。富良野の旨いもんを廻って、旭川空港へ向かい、旭川ラーメンをすするという算段だ。
「でもねやまけんちゃん、富良野にも旨いラーメンがあるんだよ! そこではなんと自家製粉の自家製麺でやってるんだ。麺以外の素材もほぼすべて富良野で獲れる食材ばかりでやってる、極めつけのラーメンだ。まだ若い主人がやってるんだけどね!」
おお、それは非常にソソル話だ!
「俺から言わせりゃ、製麺を自分でやらないラーメン屋は半分しかやってないってことだよ。麺が命なんだから、製麺は自分でやるのがベスト。ま、食べておいでよ。」
こうしてこの日のコースが決定した。
富良野ラーメン 「とみ川」にて自家製麺地元材料のラーメンを食し、その後 富士食品本社にて納豆を買う。そして一路 旭川へ。旭川ラーメンを食べてお別れといこう。
「じゃあ、行ってきます!」
お世話になった宮田家を辞する。佳代子さんと、可愛い犬たちに見送られて森の路を行く。
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麓郷といえば、あの「北の国から」の舞台となった場所だ。
あんまり関係ないけど、実は北の国からの順君役をしていた吉岡秀隆君は、僕の高校の同期だ。クラスが違ったのであまり接点はなかったが、あのままの人だった。まさか内田有紀と結婚するとは思わなかったが、、、ウラヤマシイ。
この麓郷の街中で、旨いラーメンがあると、D黒さんがいうのだ。
「マスターはまだ若いんですけど、もと北海道のボクシングチャンピオンで、ものすごいハイテンションなパワーの持ち主なんですよ!僕は彼が物産展をしているときに手伝いをしたりしたんですけど、旨いラーメンだと思います。はっきり言って、ヘタな旭川ラーメンより全然旨いです。 あ、あれです、あの店です。」
店に入ると、作務衣を着て厨房に立つマスターがびっくりした声で迎えてくれた。
「あれっ D黒さん! さっきまで、D黒さんとやった物産展の写真を見ていたんですよ!なんだよ 不思議だなぁ、 いらっしゃい!」
確かに強い気を発する人だ!元ボクシングチャンプだけあって前に出るエネルギーが強い。
「いや、東京から来たんですか、ぜひうちのラーメン食べてください。ぜーんぶ地元食材でやってますから、ホンモノのスローフードですよ!」
品書きを観ると、本当に地元食材だらけだ。
山麓中華そば(800円)というのが、麺、スープから具材までこの付近で獲れた食材を使ったものだというので、これを注文する。それに、アイヌネギ(行者ニンニク)の醤油漬けと、このアイヌネギを使った餃子を頼む。このアイヌネギは、都府県で市販されている栽培ものの行者ニンニクとは違い、天然の山菜として生えているものだ。しかも富良野の山中でだ。
「山に生えてるのを採ってきて、それを加熱したりしないでそのまんま醤油づけしてあるから、匂いが強烈だよっ」
というのを構わず食べると、、、ぐおおおお 本当に強烈な香りだ!これはすごい、、、栽培ものの行者ニンニクの10倍以上のインパクトのある強い香りがする。歯触りもシャクシャクしているが、細胞壁が歯で壊れるたびに、その中に充填されている匂い成分がビンビンとはね回る感じだ。
これがアイヌネギかぁ、、、かなり感動してしまった。こいつぁ旨い
前にしんのすけが「アイヌネギで餃子作ったら、翌日外歩けないよ」と言っていたのをオーバーだと笑ってしまったのだが、本場のアイヌネギは本当に強烈なのであった!
従ってこのアイヌネギを使った餃子は、ニンニクよりも強烈なのであった。
小振りで上品な外観からはわからないが、アイヌネギがふんだんに使われた餃子だ。タレに沈めて頬張り歯を立てた途端、中の熱い餡からアイヌネギのパワフルな香りが染み出てくるのだ。なるほど、非常に旨い。
そうこうしているうちにラーメンが出てこようとしている。なんとこの山麓そばの麺は、ハルユタカという国産小麦の全粒粉を使っている。精白していない、フスマ入りの小麦だ。そんなハードな粉を使っているのはここくらいだろう。
「ラーメンの麺は喉ごしっていうけど、うちはね、風味がいいって言われたいんですよ。食べて味がある麺だね、っていわれるのが目標。だから全粒粉で石臼引きでやってる。こんな麺はココにしかないと思います。」
その麺を注意深く茹でながら、中華鍋でスープを調整している。魚系の出汁と肉のスープを合わせ、香り油等で丁寧に味付けをする。それをドンブリにはり、麺の湯を威勢良くシャキッと切り、具を載せ混んでいく。
「はいよ、これが山麓中華そば!」
濃いめのスープをすすると、奥底から力強さが感じられる化学調味料ゼロの自然な旨味が湧き出てくる。旭川系だが、オリジナルな味だ。鶏の素性のよさがよくわかる。
麺をたぐると、全粒粉らしく色がついた麺だ。
かなりストロングにゴワッとしているが、細麺にしているのでたぐるのはそう難しくない。すすると、滑らかさはないものの、その粉の風味がブワッと前面に出てくる。具材もすべて富良野周辺の収穫物を使っている。これはイイ!まったくオリジナルなラーメンだ!
「う、旨いっすね!」
これは旨い!というか、店主の慧眼に敬服した。
「僕はね、最近の健康ブームとかスローフードとか、やっと時代が追いついてきたと思います。でもここまでやる人間もあまりいないと思いますけどね。日々進化してますし、日ごとに「今日は味噌がいいよ」とかリコメンドできるラーメン屋になりたいですね!」
「野菜は信頼関係のある農家さんにはたけの様子をききながら取り寄せてます。」
なるほどぉ、、、簡単そうで、これはナカナカできるものではない。非常に特別な中華そばであると感じた。この山麓中華そば、オリジナルであり非常にユニークで、全世界でもここでしか食べられないものだ。その味は、誤解を恐れずに言えば洗練はされていない尖った味だ。麺の個性があまりに強いため、全体のバランスはギリギリのラインで調整が必要になるため、日々変動がありそうである。それを差し引いても、素晴らしいラーメンである。
「僕はいつもはこの山麓そばではなく、普通のラーメンを食べていますよ。旨いんですよぉ」
というD黒さんの言葉を聞くと、もしかしたら通常のラーメンの方がバランスはとれているのかも知れない。次回はそちらを試してみようと思う。しかし、その際にも絶対にこの山麓そばは、一杯目に必ず食べてみたいと思う。それほど、オリジナルであると思う。
「いや、ドラマのロケで人が集まるようになった。でもそれだけじゃこの街はダメになります。だれも努力しなくなる。今後、ドラマが終わっちゃって人が来なくなったらどうするのか。一度集まってくれた人たちに、もっと来たいと思ってもらうための実力を付けてかなきゃいけない。そのための素材は一杯、地元にあると思うんですよ!」
全くその通りだと思う。富良野に来て、マグロの刺身を食べたいと思う者はいない。富良野にしかない旨いものを食べたいと思うのが人というものである。それに応える何かが、この店にはある。
「ごちそう様でした!」
「ありがとうございました!D黒さん、また寄って下さいよ!」
店主のハイテンションな目線を浴びながら店を出る。とても清々しい。こだわりにこだわって自信がみなぎり、かつ空回りしていない佳い味に出会ったからだ。富良野って凄い。
「じゃあ、お決まりの観光コースをちょっとだけ廻りましょう」
D黒さんと車で廻った観光スポットの中、「モノローグの木」というのがあった。
モノローグは寂しい。でもたまには自分自身にだけ聴かせる声も必要だ。そんな一人の時間を持つための場所として、富良野は最高だな、と思った。
(富良野編、まだ続く、、、最近一番の長さだなぁ)