(その1より続く)
宮田さんは、学生時代はラガーマンだったというだけあって、それほど背は高くないものの、がっしりした体躯、デカイ声、常に前傾姿勢的に話をしまくるパワフルな人だ。
「おう、よく来たよなぁ~ カレー、食べてって!そんで、うちでゆっくりしてってよ!」
そう、なんと本日はD黒さんのおかげもあって、宮田家に宿泊させていただくのである。ウェルカムな態度。D黒さんは20年来の関係だからともかく、僕のような初対面の人でもすぐにグイッと引き込む力を持つ、極陽性のパワーを持つ人だった。
「流通コンサルタントってさ、どういう仕事なの?」
しばらく僕が何をやっているかを話す。自分の仕事の中身を話すのは、僕の場合はあまり他がやらないことをやっているので、ナカナカに難しい。しかし、食べ物の話が基本だ。だから、宮田さんもここぞというツボをがしっと攻めてくる。
「何々、生のリコッタチーズが欲しいわけ?だったらいい生産者が居るよ!いま連絡してあげるからサ!」
ひょいっと携帯を取り出し
「おう、どうだい最近?あのさ、リコッタ探してる人がいるんだよ!今度うちに送りなよ、試したいからサ!」
とこんな感じだ。
「あのぉ宮田さん、カレーはどれがお奨めですか?俺、ルーはD黒さんにいただいて食ってるんですけど、ホンモノは初めてなんですよ!」
「そうだなぁ、じゃあ豆カレーをベースに、ソーセージのっけなよ。豆は色々使ってるしヘルシーだし旨いよ!」
よし、それで行こう。
唯我独尊はカレー屋さんとして有名ではあるが、各種燻製も有名らしい。僕は事前にWebをみて、自家製ソーセージが有名だということは知っていたのだが、それもハンパじゃなく素晴らしいらしい!
「裏の部屋でソーセージ作ってますから、観に行きましょう!」
D黒さんが、スタッフルームの裏手にある作業場に入っていく。と、数人の若者がぶっとい腸詰めを手際よく処理している。
「あ、D黒さん!」
と数人の若者がD黒さんに挨拶をしている。20年来の付き合いはダテではない。非常に強い信頼関係が築かれているようだ。
まだ生のソーセージに目をやる。ああ、静岡県中小家畜試験場でソーセージ作りを体験しておいて本当によかった。この店のレベルは非常に高いな、と思った。これから乾燥させて、燻煙をかける一歩手前の段階のソーセージだ。僕は、唯我独尊という店名から、かなり荒々しい、ごつごつした粗挽きのソーセージを予想していたのだが、肉の挽き加減をみると非常にきめ細かく挽かれている。シルキーな舌触りのソーセージになるのだろうか。これは楽しみダ!
さて席に戻ると、待ちに待ったカレーが出てきたのであった。
■唯我独尊
豆カレー大盛り&ソーセージ
「はいっ豆カレー大盛りです!もしルーが足りなかったら言ってください、足しますから!」
と厨房のデカイ若衆が、横からこぼれそうな大盛りカレーを持ってきてくれる。カレーはかなり黒に近いチャコール色だ。トロ味はそれほど強くないものの、一見してインドカレーとは全く違う、唯我独尊流漆黒カレーの世界が拡がっているのが分かる。具材に入っている豆が非常に多彩だ。
「花豆、白豆、ガルバンゾ、レンズ、とにかく色々入れてるよ!この辺でも結構とれるから、収穫時期にどかっと買うんだよ。大豆だけは保ちが悪くなるからいれないけどネ!」(宮田さん談)
なるほど!もう待ちきれん! カレーを白飯にまぶし、一口目をガツンといただく。瞬間、スパイス香が立ち上る。小麦粉を使うルー系カレーで、スパイスを際だたせるのは難しい。唯我独尊の場合は、スパイスの焙煎を強めにして、アタックと香ばしさの強い配合にしているように感じた。その焙煎の強さが漆黒に近い深いルーの色に出ているのであろう! そしてジワッと、旨味が拡がる。実に拡がる。まったく拡がる。これは、大阪インデアンや帯広インデアンとはまた全然に違う旨さだ。トロ味が薄い分幾分あっさりしているように感じるのだが、スパイスの深い香ばしさと濃い旨味が、食べ口のゴージャスさを先の二店以上のものにしている。
「旨い!旨いっすよマスター!」
「そうかい、今日は若いのが作ってるからマダマダ甘いんだけどな。」
いや これでマスターが作ったらもっとスキのない味になるのかいな!恐るべし唯我独尊である。
そして輪切りにされたソーセージをいただく。ソーセージの皮目はかなり茶褐色が濃く、強めに燻煙をかけていることがわかる。皮の歯触りはブチっとハード。しかし中の肉は、先に書いたとおりの滑らかな挽き具合だ。外側のワイルドな仕上げと、上品な肉詰め。このコントラストを際だたせるためか、味は非常にシンプルに決めている。だからストレートに旨いソーセージだ!完成度は非常に高い。
このソーセージとカレーを一緒に食べると、燻煙香とスパイスが絶妙にマッチして、すんごい旨い! またたくまにルーが減っていく。
「ルー足すよ!」
と、マスターがひょいと皿を持っていき、厨房の若衆に指示を出す。ソーセージ作りも含め店内には若衆が6人ほど働いているが、マスターのコミュニケーションは直截的に耳障りでないどなり方をする。その声はお客さんの耳にも入るように調整されている。そう、ばらばらな席に座っているお客さん同志をも、宮田マスターの言葉で結びつけるかのごとくである。そしてお客さん一人一人に声をかけている。
「どっから来たんですか?ああ、札幌!仕事ですかぁ。大変ですねぇ、、、」
帰っていくお客さんにも全員に声をかける。
「ありがとうぉ! また食べに来てください! 気ぃつけて帰ってね」
初めてのお客さんから、道を訪ねる電話がなる。厨房の若衆に、
「おう、これから台湾の女性3名様いらっしゃるから、お前ナンパするなよ!」
などと笑いを込めた気持ちよい怒鳴り声が聞こえる。ああ、これが唯我独尊なんだな、と思った。マスターの周りには磁場が張られている。
しっかし旨いカレーだ! ルーお代わりしたがすぐに食いきってしまった。
「マスター、もう一杯食いたいんですけど、どれがお奨めですかね。」
「おっ食うねえ! そうだね、本当は牛タンカレーが超人気なんだけど、ご存じの事情で今は牛タンが入ってこないから扱ってないんだよ。そうだね、ポーク、旨いよ!」
これがポークカレーである。角煮風のトロトロ豚肉がぶち込まれていて、パワフルな味だ。
ちなみに朗報がある。このカレールー、なんと銀座で手にはいるらしい。アンテナショップがあるのだ。店でルーを買うと1200円だが、菜館では1500円だ。まあ運び賃だと思っておこう。とりあえずカレーファンは買っておいて損はないゾ。
ふらの彩館
http://www.furano.ne.jp/saikan/
ポークカレーを食べ終わり、一息ついていると、マスターがコーヒーを出してくれた。
「俺はコーヒー大好きでさ、ほら、厨房の右側がカレーで、コーヒーはその香りが移らないように左側でマメを挽いて、煎れるんだよ。」
これがそのコーヒーだ。濃い香りは、かなり焙煎の深いフレンチローストっぽく、オールドビーンズに近い香りがする。すすってみると、意外にあっさりしている。オールドビーンズではない。深入りのフレンチを使って、中温で煎れている。しかし、ネルドリップには違いないだろう。
「おおっ そうだよそうだよ、ネルドリップが一番だよ!なんだよ山本君、はなせるねぇ、さすが食品関連の仕事してるわ。このコーヒー豆はね、北海道にしか入ってないんじゃないかな。輸入元から直截取り寄せてるんだよ。」
このマスター、熱だけではなくかなり集中的に研究をしている。しばしコーヒー談義をする。僕もほんのちょっとの間だけ鎌倉のネルドリップコーヒーの名店「湘南倶楽部」で教えてもらったので、なんとかついていくことが出来た。
「じゃあマスター、山本さんと地ビール館に行ってますね!」
しばらく仕事をこなしていく、というマスターに見送られ、二人で駐車場に歩いている間、ソーセージ工場でマスターが若衆に細かく注意をしているのが聞こえてきた。
(さらに続く)