2004年2月22日 from 出張
朝九時の山形新幹線で、宇都宮に向かう。と言っても、東京から40分くらいで着いてしまうので、居眠りをする間もない。このように首都圏に近いところに出張というのは、本来的には避けるところなのだが、実は僕は宇都宮には降り立ったことがないのだ。今回は、栃木県の生産者団体さんが僕を講演で呼んでくださったので、初の宇都宮詣でとなる。
宇都宮といえば餃子である。僕の敬愛するライターというより作家さんであるイタバシ師匠が昔、雑誌の取材で宇都宮餃子を10店以上回ることになり、餃子を100個以上食べることになって、その時初めて
「満腹によって失神する」
という事態を経験したそうだ。あまりに満腹になりフラフラと歩いているうちに意識を失い、気づいた時は全く知らない道をとぼとぼと歩く自分がいたそうである。それほどに宇都宮餃子はオソロシイものなのであった。
冗談はともかく、最近では首都圏でも「眠眠」など、宇都宮に本店をもつ餃子屋が店を出している。しかし、そういうのはあまり好きでないのだ。やはりその土地で食べてこそ意味があるのではないか。ということで、講演終了後に出荷団体の方に、地元の人が旨いと思う店と訊いたのである。
野口さんは瞬間的に目をぎらっとさせた!
「先生、そんなことでしたら先に言って頂ければご案内したものを、、、そうですね、有名なのは眠眠ですが、「まさし」という店も同じくらい有名で、私はそちらの方によく行きますね」
と言うわけでその近くまで連れて行って頂いた。ちなみに午後1時半。昼食はもう弁当を食っているのだが、それに上乗せして食べるのであった。泉町という繁華街に入ると、すでに行列ができている店がある。
「あれが眠眠です。その先の小路を曲がると、小さい店が、、、あ、あそこです。まだ店が開いてないのに並んでますね」
本当だ。まだ店は準備中なのにならんでいるのだ。急いで野口氏に別れを告げ、店に走る。ラッキーなことに、すぐに店が開いて、最初から3番目の客として入店できた。
ちなみに「まさし」というのは写真にあるとおり「正嗣」という難しい漢字で書くのであった。
これが店内である。
びっくりしたことがある。何かというと、、、この店には「餃子」以外のメニューがないのだ! 「焼き餃子」と「水餃子」があるのだが、それだけだ。ビールもない。ご飯もない。ラーメンもないのである!そして価格がまた笑ってしまう。焼き餃子も水餃子も、一人前がなんと170円である!今どきファミレスでもこれはないだろう。
とりあえず「焼き2人前と水餃子1人前」と頼む。親父さんと奥さんの2名体制である。親父さんは、ほとんど愛想のない無表情さでもくもくと仕事をする。「何人前?」としか訊かないでいいメニュー体系だからだ。無造作に餃子を鉄鍋に放り込み、焼けた端から皿に盛って出してくれる。
薬味は醤油と酢、そして自家製のラー油だ。このラー油が実に辛くて旨かった。自家製ラー油はかなりのポイントだが、ここのは陳皮などの香り素材よりも、ストレートに唐辛子を多量につかって辛みをだしているようだ。適度に調整をして待つこと4分、焼き餃子が運ばれてくる。
思ったより一つ一つが大きい。3人前頼んで大丈夫だったろうかと、俺らしくない不安。一口、タレにつけてほおばる。熱い! そして味だが、以外にもさっぱりあっさり、淡泊な味わいだ。ここを紹介してくださった野口さんも、
「眠眠はギットリしていて、私なんかはまさしの淡泊さが好きです。」
と仰っていた。しかし、2つ、3つと食べ進めるうちに物足りなさが消えていった。なぜか、旨さ、味が積算されていく感じなのだ。野菜がタップリ入った餡(キャベツが多い)はまったくくどくない。皮は薄くもなく厚くもない、食べやすく上品な厚みだ。そして底面の見事なパリッと焼きの入り方。素晴らしいではないか。
黙々食べていると、水餃子が丼に入ってやってきた。ここの水餃子は、焼きと同じ餃子を鍋で茹でたものだ。
おやじさんが無造作に生餃子をつかんで、沸き立つ鍋に投入、その後茹でをしていたものだ。タイミングをみはからって丼に湯を少量入れて暖め、茹であがった餃子と湯をいれて出してくれた。最初これを、焼き餃子と同じ、ラー油と醤油と酢のタレにつけて食べてみる。水餃子はこれはこれでホックリとした味わいとなり、よい。と思ったらなんと!おやじさんがボソッと声をかけてくれたのだ。
「水餃子はね、丼の中に醤油と酢とラー油をいれちゃって、スープごと飲んじゃうといいよ。身体があったまるよ。醤油は入れすぎると塩辛いからね。」
これを、とにかく無表情でぼそっと仰るのだ。僕はちょっと感動してしまった。大阪インデアンカレー梅田店の山田チーフのような、にっこり愛想笑いも無駄な世間話もしない、しかし客に対して最高のものを提供しようとしている崇高なプライドが、そこに見えたのだ!
おやじさんの言うとおり、丼に直接、醤油と酢、ラー油を投入してみた。
汁ごと餃子を食べてみると、実に最高! 湯から引き上げて小皿のタレにつけるよりはるかに味わい深い!湯は本当にただの湯のはずで、餃子から少々旨味が染み出ているのかもしれないが、それでも白湯に近い。なのに、醤油と酢とラー油のみで、とても深みのある味が出ているのだ。いったいどういうことなんだろう?
とにかく偉大なおやじだ。この店、メニュー構成をみても(焼き餃子と水餃子しかないんだぞ!)、価格を見ても(1人前170円だぞ!)わかるとおり、とにかく質実剛健、実直な仕事しかしないと宣言しているような店だ。ビールもない。ご飯もない。あるのはただただ餃子だけだ。客は黙々と餃子を平らげて出て行くのみなのだ。ある種の感動を覚えてしまった。
ちなみに店内の壁に、計算表が貼ってある。何人前だと幾ら、という価格表だ。これをみると、なんと25人前でもたったの4250円だ。しかし過去、この25人前を頼んだ人が居るのだろうか?できれば僕が頼んでみたい、、、
いや、本物のプロを見た。素晴らしい。今後、栃木とは関係ができそうなので、またこの素晴らしき郷土色「宇都宮餃子」を攻めてみたい。きっと、もっとディープな世界が広がっているはずだ。わくわくしながら、帰途に着いたのであった。
このWebはいわゆるグルメではありません。味や価格だけではない「よい食事」とは何かを追求するためにひたすら食い倒れる記録です。私の嗜好に合う人しか楽しめないと思いますがあしからず。
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