さて、この季節に絶対に一度は訪れ、鴨を食べる店があるということは以前にも書いた。代々木上原の「カストール」である。いつも藤野シェフに鴨が入手できたかどうか、そして熟成度合いが一番よくなるのはいつ頃かということを伺って、ベストタイミングを見極めて食事に行くのだ。
今年は鳥インフルエンザの影響もあって、この前のシエラザードのエントリで書いたように、野鴨の入手が困難だ。しかしここでは新潟の信頼おける猟師さんとの付き合いがあるので、きちんとしたものが手に入る。今年初めての鴨を食べに行こうと、気合を入れて体調を整えたのであった。
店に入るとすぐに、サービスの浅利さんと椎名さんが暖かく迎えて下さる。でもって、シェフもすぐに厨房から出てきて一言、
「あんなに寿司ばっかり食べてちゃダメですよ(笑)」
シェフ、今度一緒に行きましょう。
本日は鴨のメインは決まっているが、その前に素晴らしい2皿を堪能することができた、、、
先ず案内されたのはタラの白子だ。お分かりだろう、北海道で「これでもか!」という旨い白子をいただいてきた身に、フレンチの技法で切り込んでいただけるのだ。うーむ
そしてもう一皿、、、
「とてもいいトリュフが入手できました。これとフォアグラをあわせてパイ包みにしたものを、、、」
と言って浅利さんが持ってきてくださったのがこのトリュフだ!
ずしっと大きく存在感のあるトリュフが、強く馥郁(ふくいく)たる香りを漂わせている。こんなにもトリュフの香りを味わったのは初めてかもしれない。ヤラレタ。この2品双方をいただくことにする。
ハウスワインをいただきながら待っていると、世にも美しい色彩の立体絵画が運ばれてきたのであった。
美しいだろう?白子は軽くソテーし、オーブンで中心に火が通るか通らないかの絶妙な加減で熱を入れてある。鮮やかなトマトソースとオリーブオイルのソースに白子を乗せ、上にリーキ(西洋ネギ)の細切りを揚げたものを載せている。
ナイフを入れると、堪らず内からトロリと白子が溶出する。これをソースにからめ、揚げリーキをのせて口に運ぶ。むせ返りそうになるほど濃厚な白子に、ソースと添え物が豊かな響きを与えている。北海道で食べた白子(タチ)の寿司が馬頭琴による孤高の独奏の趣だとすれば、この一皿は伸びやかに相乗し合う弦楽四重奏だと言えるだろう。
さてこの夢のひと時をさらに深くさせる一皿が運ばれてきた。このシンプルなミートパイ然とした外見を先ずは見て欲しい。
「では、ソースをかけますので、ナイフを中央に入れていただけますか?」
浅利さんが脇について、僕がナイフを入れるタイミングで、銅鍋に湛えた暖かなソースをパイの内側に注いでくれる。
※注)本来、鍋の底を客前に向けることはしてはならないことですが、絵柄を考え、無理を言って浅利さんにこういう向きでソースをかけて頂きました。
内を切り開くと、フォアグラの厚い層に、トリュフを贅沢に敷いているのが顔を出す。パイを切り、ソースによくからめて口に運ぶと、第三の素材が顔を出した。ジャガイモのマッシュが、フォアグラの脂と旨味、トリュフの幻惑的な香りを吸い込んで、ねっとりと舌にまとわりついてくるのだ。
「美味」とはこういう料理を言うのだろう。それ以上の美辞麗句を並べるのは野暮天というものだ。
正直言ってもうこの時点で相当に満足している。でも、本日はメインイベントがあるのだ。野生のパワーをいただく一皿。野鴨である。
この凝縮された世界観を見て欲しい。手前に長く切りそろえた抱き身と、奥右手にはパートフィロで包んだもも肉、砂肝、ハツと小麦。左手には付け合せとしてアンディーブのソテーだ。定番のソースサルミには、ヤマケン対策でもある肝(レバー)が溶かし込まれ、ただただコク味を増している。堪らず抱き身にソースをまとわせ、かぶりつく。濃い芳香と血の風味、ワイン色の力をゆっくりと咀嚼し、嚥下する。
パートフィロを破ると、適度に火の通ったもも肉とモツ群が顔を出す。これらはかみ締めるほどに弾力を見せ、旨味を染み出させてくる。
望外、というものだろう。本当に期待したのを上回る感動を与えてくれるコースである。
今回は僕らが最後の客だったこともあってか、早々にシェフが「どうでした?」と出てきてくださる。本日の同行は、新しく連載を書くことになった「やさい畑」編集の方である。ひとしきり日本の野菜談義に花を咲かせる。いずれ、藤野シェフにも僕のこの連載にからんでいただきたいとお願いする。シェフは、ただにこやかに笑っておられた。
この短い期間に、鹿と野鴨という二種のジビエをいただくことが出来た。書店のグルメコーナーを見ると、ジビエ特集をしている雑誌がある。いろんな店で面白い皿を出しているらしい。幸いなるかな、僕にはすでに基点となる店が二つもある。ここをベースにしながら、たまにはこの領域をちょっと出て、散歩をしてみようと、思う。
ジビエの季節は長くない。染井吉野が咲く前までに、もう2回くらい、その生命をいただけるだろうか。