引き続き、岡坂さん、ノムさんが言う。
「ヤマケン! あのな、金沢の寿司食ったくらいで『最高!』とか言ってんじゃないよ!旨い寿司はなぁ、旨い寿司はなぁ、、、帯広にあるんだよ!」
えええ?本当ですかぁ?(半信半疑)
おいら、寿司は結構食ってるよ?いいんすか?そんなこと言って、、、というのが僕の内心の呟きだ。正直、大地の恵みが旨いこの十勝において、寿司が旨いというのはちょっとわからんなぁという気持ちだったのだ。
、、、しかしこの浅薄な推測は、とてつもなく仰天の寿司によって覆されるのである。
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■金ちゃんの店 吟寿司
帯広市西一条10丁目
0155-23-6641
※帯広駅からすぐ、繁華街の大通り沿いにある。
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「かかし」から100メートル程度にある金ちゃんの店 吟寿司の暖簾をくぐる。路面に出ている看板をみて驚いた。「牛トロ寿司」が一番上に誇らしげに書かれているのだ。
「ヤマケン、ここの牛トロを食ったら、もう忘れられねーよ」byノムさん
そうなのか、、、
しかしここで心の中には不安がよぎっている。牛トロかぁ、、、サシが入った牛肉を生で食ったって旨いもんじゃないだろうになぁ、、、
いや、例外はある。以前、北千住にてバードコートの野島さんに連れて行って頂いた焼き肉「京城」では、熟成されまくった肉をそのまま焼かずに食べて、ムチャクチャに旨かった。しかしそれはトロトロになるまで肉の熟成を進めているからだ。寿司屋の感覚で肉を使う場合、そこまで熟成させるだろうか、というのが疑問なのだ。
頭の中に「???」マークを点灯させながら入店する。顔はにこやかだが目つきが異様に鋭い大将(おそらくこの方が金ちゃん)と、よく似た顔の息子さん「ケンちゃん」そして控えめな女将さんが迎えてくださる。
ちょうど5人程度の先客の分を握っているところで、大きな板に寿司を握っている最中であった。
「ちょっとだけ待っててね、今すぐ握っちゃうから。」
そう言うや、金ちゃん大将が握りを始めた。
速い!
驚速の握り技術である。いろんな寿司職人さんをみてきたが、この吟ずしの金さんの握りに優るスピードはみたことがない!みるみるうちに25貫程度の握りが板を埋め尽くしていく。
その握りが出て、いよいよ僕たちの番である。
「じゃあオヤジさん、今日はね、、、今日はね、、、どうしようかなぁ」
とノムさんがしばし熟考。意を決したごとく怒濤のオーダーを決める。
「サバ、シャコ、タチ、トロ巻き、穴子、そんでトロ寿司。」
そして、快楽のひとときがやってきたのだ。
いい感じにトロトロと〆られたサバをいただくと、金ちゃんの握りは凄まじい速さながら、柔らかくまとめられたモノであることがわかった。
そして出てきたのが、とってもおおぶりのシャコだ。
■シャコ
以前も書いたが、僕は江戸前のシャコが嫌い。食べるなら瀬戸内のきめ細かいものが好きだ。しかし北海道のシャコは堂々の存在感と、強く濃い濃い旨味がすばらしいものであった!
とにかく身が大きく熱いため、その旨さを存分に味わうことが出来る。塗られたツメも程よく甘く、シャコの甘さと香りと、そしてみずみずしい身の食感と相まって、思わずため息が出る。
「うー、うー、ウマいっすよこのシャコ!」
「北海道もね、旨いシャコがあるんですよ。特に○○○あたり。」
残念ながら食べるのに夢中で、この○○○がどこだったのか忘れてしまった!うーん岡坂さん、どこでしたっけ?
そして、次にアレが出てきてしまったのだ!
■生タチ(真タラの白子)
タチの旨いのを食べようと思ったら、残念ながら築地では遠すぎる。北海道で食べなければ、、、北海道での何年かぶりのタチだ。当然ながら臭みもえぐみもない。極めて繊細でトロトロの冷たいポタージュが、むっちりと弾けるのだ。
さて、そして問題のネタが出てくるのである。
■牛トロ巻
よく冷やしてある牛を、柳刃包丁で細いスティック状に切っていく。それを軍艦巻に盛りつけたものが「牛トロ巻き」である。サシは入りまくっている。ご覧の通り美しいピンク色だ。
「醤油つけないで、このまま食べてください!」
どうかなぁと思いつつ口に入れる。
冷やしているため、牛のネットリとした脂は最初は溶け出してはいかない。しかし噛んでいるうちに、牛を載せる前に軍艦に仕込んだとおぼしき、濃い旨味を持つタレ成分の味がひょいと顔を出してくる。そしての旨味が牛を包み込んでいく。若干の塩気の強みが、牛のモッチリした脂に包まれ、結果的に絶妙なバランスの味となるのダ!
これは僕の人生で初めての生牛肉の味だ。「京城」のようなトロトロ感のある熟成肉ではない。どちらかというと熟度はそれほど進めていないフレッシュな感じ。そしてそのこなれ具合をビンビンに加速する謎の調味料があるのだ!
「こ、これ、どういう味付けなんですか?」
「ヤマケン!それが秘密なんだよ!特殊なミソなんだよ!」byノムさん
いやこれは素晴らしい。
「じゃあ、穴子で一息入れるよ。」
「うちの穴子はねぇ、東京には負けないよ。絶対に自信があるんだよ。○本譲二なんて、15貫食べてったんだから!」
そうして出てきた穴子は、実に見事、本当に江戸前でもナカナカ食べられない旨い穴子だった。
■穴子
僕の好きな「焼き」の強い穴子である。タレは最初から刷毛で塗りつけて焼き目を入れているらしく、非常に香ばしく身にまとわりついている。代々木上原「カストール」の藤野シェフによれば「おそらく今の時期だと、築地から北海道に行ってると思いますよ。旨いのは産地よりきっと職人さんの腕でしょう。」という個人的コメントがあったのだが、実際そうなんだろう。この穴子、好みです。10貫食べたい。
しかし、そうはさせてもらえないのだ。この後、いよいよこの吟寿司の最大の目玉である「牛トロ寿司」が来るのだから、、、
■牛トロ寿司
見よ!この誇らしげな切り口の立った牛肉片を!秒速の握りの工程をみていると、この牛の裏に瞬時に塗ったのは、ほぼ黒い粘着性のペーストだ。岡坂さんが言うように蟹ミソ系のものだろうか。それを塗り込み素早くシャリと合わせ握る。
「はいよっ これが牛トロ寿司!」
「ヤマケン、これを食ってみろ!ヤマケン!」byノムさん
食べた!
う~ん これは旨~~~い! 先に出てきた、細口切りの牛を軍艦に載せたトロ巻きとは全く違う感覚だ。一体なんだろう、肉の旨味が強く感じられる。生で食べるともっさりするはずの牛脂が、心地よい甘みで、溶けている気がする。ご存じと思うが牛脂は融点が高く、人間の体温では溶けない。マグロは溶ける。従って牛は生で刺身で食べると旨くないはずなのだ。しかしこの牛トロ寿司は、舌にロウがかぶさるような嫌味が全くないどころか、、、いやマジで旨いのだ!あの魅惑的な謎のミソの味が、噛んでいるうちにどんどんと染み出てくる。
「どうだヤマケン!帯広の寿司は旨いだろ?」byノムさん
「、、、はい、初めてです、こんな旨いの、、、」
岡坂さん、ノムさんは満足げに微笑んででおられる。
「俺たちもここんとここの店ばっかり通ってるもんな!」by岡坂さん
「はい、岡坂さん野村さんは、この店の常連ベスト3に入ってます!」byケンちゃん
そう、そういうことなのだ。今回の組み立ては、店に通い詰めていないととうてい辿り着けない。例えば、牛トロ巻の後にいったん穴子を挟んでリセットしてから牛トロ寿司にいくあたりなんぞ、観光客には絶対にまねできないだろう。
岡坂さん、ノムさんはご家族の分を包んで貰っている。お二人の心根の優しさがビシビシと伝わってくる。
「ヤマケン!旨かったか?」
「はい、もう最高っす!」
それしか言えない。ここでお二人とお別れ。僕も通常ならもう少し何かを食べに行くだろう。しかし、、、そうする気になれない。今日はこれで心の満足を持って打ち止めにしておきたい。それほどまでに素晴らしい寿司だったのだ!
お二人とお別れする。本当にありがとうございました。しかしこのお二人を上京時にはどこへお連れすればいいのだろうか。悩みが増える今日この頃であった、、、
明日は帯広を発ち札幌へ向かう。その前にまたもや帯広インデアンカレーを襲撃する予定なのであった。