日本が誇る発酵食品「漬け物」。しかし、ここのところ浅漬けブームで、ホンモノの漬け物があまり出回らない。スーパーに売っているのは、殆どが野菜を調味液につけて数日のうちに食べる「浅漬け」ばかりである。漬け物とは本来、冬季の農産物が収穫できないシーズン用の食べ物、つまり保存食として発展してきた経緯を持つ。長期間保存可能とするために、微生物による醗酵の力を借りる。乳酸醗酵に代表されるような醗酵の過程を経て、野菜は全く別の味わいへと変容する。それが「古漬け」や「本漬け」と称されるものである。
でも残念ながら、昨今、古漬けは売れない。消費者の好みが、よりあっさりした浅漬けに傾いてしまっているのだ。インパクトのない、調味液の味を食べるようなもので、僕は浅漬けはそれほど好きではない。乳酸醗酵してすっぱみが出ている本漬けが大好きなのだが、、、
ま、そんな文句を並べ立てたいわけではないのだ!今夜は、日本を代表する素晴らしい漬け物を、その本場で食べたのだ!それは、北陸が誇る「かぶら寿司」という漬け物だ。
寿司と言うだけあって、そのネタは非常に豪華。聖護院系の大きな蕪(カブ)をハンバーガーバンズのようにものをはさめるようにカットし、軽く塩漬けする。そこへ、北陸の海で水揚げされた寒ブリに塩をし、挟み込む。ここに麹(こうじ)と大根、ニンジンなどの酵素が強い野菜もはさみ、重しをして漬け込むのである。どのくらいの期間つけ込むかは知らないが、そうしてしばらく麹と野菜の酵素の力で乳酸醗酵させた蕪とブリは旨味を増し、上質な酒のような深い芳香を発散する。円形のそれを4つに割って断面をみると、漬け込んでいたとは思えないほどに深紅の美しいブリの断面が見て取れるのだ。
僕は漬け物大国・日本の中でも、このかぶら寿司は一、二を争う代表的な美しい漬け物だと思う。これに匹敵するのは、 北海道の厚岸にある大根と鮭のはさみ漬け(素材が変わるだけで作り方はほぼ同じ)位ではないだろうか。
で、食べに来てしまったのである。東京からはるばる金沢へ!遊びではないよ!明日、農水関連の団体のセミナーに、講師として参加するのである。山本センセイなのである。小松空港からバスで金沢駅まで40分、ホテルにチェックインして招聘元の皆様とおちあい、夕食をと言う運びに。あらかじめ事情通が教えてくれたのが、金沢港のすぐ近くにある有名な老舗「宝生寿司」だ。
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宝生寿司
http://www.housyouzushi.co.jp/cos/main.html
■所在地 :金沢市大野町 4-58
■TEL.076-267-0323 (フリーダイヤル :0120-100323)
■営業時間 :11:00~22:00
■定休日 :毎週水曜日
※金沢駅東口からタクシーだと2000円強程度。
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老舗旅館風の落ち着いた佇まいの引き戸を開けると、天井までの吹き抜けが心地よい、カウンターと座敷席が並んでいる。カウンターに正面腰を落ち着ける。後でわかったのだが、どうやらこの店のマスターの前に座れたようだ。ラッキーである。
地魚で決めるおまかせコースが、12貫でなんとたったの2500円!東京もんとしては金沢の物価指数を疑わざるを得ない。そうして官能のひとときが始まったのだ。
まず出てきた鯖は 「これは生鯖だからネ。」 えー生でっか?口に運ぶと、臭みなどというものは全く無縁の、ただただ綺麗な香りと脂がシャリと合わさって溶けていく。白身はおそらくヒラメだが、申し分ない。しかし、何と言っても旨いのは甘エビだ。
ご存じだろうが、金沢は海老の宝庫だ。「今日は3種類しかないけど、多い時は8種類くらいの海老があるよ。」というくらいなのだ。東京ではあえて食べたいとも思わない甘エビ、しかし金沢で食べると、本当に濃ゆい甘みがトロケルのだ。
鯵も旨かった!バイ貝も旨かった!貝類も豊富で、まんじゅう貝という、江戸前では余り見かけないようなネタが多数あった。
そして、クライマックスがやってきた。
写真の右端にある軍艦巻きにしてある握り。これは、「じゃ海老」という、変な名前の小さな海老を数匹分軍艦に盛ったものだ。
■↓これネ!
「おそらくこの辺で一番甘い海老がこいつだよ。小さいけどね。」
というそれを、少しだけ醤油を漬けて口に放り込む。途端に、ショッキングなほどに甘く、濃厚でネットリとした香りと食感が襲ってきた。旨い~。眉間にしわを寄せ、3分ほど噛み続ける。マスターがこちらを見て笑っている。
「旨いっしょ?」
旨い! こんなに素晴らしい海老は初めてだ。
ちなみにその隣にあるのはこれまた江戸前ではお目にかかれない「ガス海老」というもの。これも実に濃厚な旨味があり、旨い。けど、ショック度では「じゃ海老」が遙かに上だな。とにかく感動してしまった。
おまかせ12貫はこれで一回りだが、勿論食べ足りない。大将と相談しながら、白身の王様、クエとマンジュウ貝、そして椎茸の握りをお願いする。
このクエが実に最高。しっとりふっかりしたペルシャ絨毯のような食感と、のってりとした濃厚な脂分、そして上品なコク。どうしてこんなに旨いのか。マンジュウ貝は名前に反してあまり印象に残っていない。それより印象に残ったのは椎茸115という握りだ。実は日本海側には椎茸の面白い産地がいくつかある。その総本山は鳥取なのだが、金沢にもすごいのがあったのだ。この写真を見て欲しい。
でかい、分厚い、そしてずしりと重い。これを焼いて、握って貰うわけだ。椎茸の強い香りと、何とも言えない火を通した茸(きのこ)の優しい柔らかさが、実に素晴らしかったのだ。
この店、酒も実に素晴らしい品揃えだ。メインは地元の福光屋の「福正宗」だ。この福光屋はものすごい酒造で、2万石という堂々たる生産量にして、しばらく前に全量純米酒へと切り替えた銘酒蔵である。これはものすごいことなのだ。首都圏ではメインの福正宗よりも「黒帯」の酒造と言えば分かり易いかもしれない(「黒龍」や「黒牛」とは別モノです)。
「黒帯」の燗を頼み、寿司と合わせると、実にベストマッチだ。さらに、この宝生が特別に作ってもらっている、その名も「宝生」という酒がある。つい勢いで頼んでしまって後悔したのが、これは大吟醸であったのだ。酒米を30%以下の歩合に精米し、米の中心部のみで醸したのが大吟醸だ。とはいっても、やたらと香りばかりが強くたつ大吟醸が多く、食中酒としては飲みたくない。
ところが運ばれてきた「宝生」を一口飲んで唸ってしまった。余分な香りは全くない。いや、香りはとても強い。しかしそれはあくまで米と麹の香りだ。磨き込まれた酒米からしか醸せない、雑味を極限まで排除したストイックにして芳醇な味と香りが、酢飯で痺れた舌をうっすりとリフレッシュしていく。素晴らしい!
そうそう、書くのを忘れていたが、勿論「かぶら寿司」を頼んだ。この美しい切り口を見て欲しい。惜しいが一口で食べる。かぶらの「クニュ・シャリ」としたどっちつかずの食感の後、ブリが歯の上に認識される。漬け込み時間を経てもなお弾力に富み、噛み込んだ歯を心地よく押し返してくるブリから、パッと凝縮された旨味が弾けるのだ。麹の香りが濃いので、醸造系の味が好きでない人には勧められないが、とにかく一度は食べてみて欲しい一品である。
もう一つ、大根寿司というのも頼んだ。カブを大根にしただけと思ったら、切り身の魚の食感が違う。少々堅めで癖のある香りは、なんとニシンであるそうだ。これまた実に旨いのであった。
さて、寿司を都合15貫にかぶら寿司と大根寿司。そしてビール、純米酒、そして大吟醸と食べ・飲んだ。一体いくらになるのだろう、、、と勘定書を覗くと、なんと4人で18900円。ひとり5000円でおつりが来てしまう。何たることなのか?
しかしそれでもタクシーの運転手さんが、「我々庶民からすると、あれは高い部類だよ」という。うーん 素晴らしい。ビバ!日本文化!ビバ、金沢! 将来引っ越してもいいかなリストに加えてしまおうか。
ただ、一つだけ気になったこと、、、入店の際も、会計の際も、女将さんかどうかはしらないが、女性の方の対応が非常に覇気が無く、それだけならよいが、客を迎えるという心づもりがみてとれないのが残念だった。板前さんたちが快活なだけに、惜しい。
本日、食べ終わってホテルに帰り、速攻でこれを書いている。やはり食倒れ日記は冷静に書くなどできないのだ。酔っぱらって気分よく高揚している時が一番勢いがある!
さて明日は昼飯に何を食べようかなぁ、、、