僕の親友の石坂亥士(がいし)が、ソロの太鼓パフォーマンスを開催した夜だった。
■ 11月28日(金)19:00
Dragontone 遥かなる祭禮音風景
於:日暮里 「和音」
亥士と僕は高校の同期生だ。僕の高校は全国でも珍しく、体育の時間に郷土芸能を教える学校だった。和太鼓の躍動感と音に僕たち6人の仲間が溺れ、グループを結成した。高校卒業後も前衛舞踏家と共に即興演奏のパフォーマンスを3時間ぶっつづけで演じたりしていた。僕は高校卒業後、プロの太鼓打ちになろうとっていたが、あるきっかけから食べものの仕事をする方向へ転じた。依頼、太鼓の撥(ばち)は封印したままである。いっしょにやっていた友人はいずれも何らかの形で芸能を続けている。その中で最もストレートに太鼓に向き合っているのが亥士だ。
彼はせんだってメキシコへ招かれ、数回の公演旅行をしてきた。相当に素晴らしい内容だったらしく。あらゆる年齢層の客に大受けをとったらしい。その公演タイトルが「ドラゴントーン」だ。今日はこの凱旋公演である。演奏はとてもよかった。高校時代からずっと一緒に歩いてきた友だからそれ以外にいいようが無い。会場の都合で宮太鼓のでかいのはつかえないのが残念だったが、神楽太鼓での演奏で十分に意気を感じた。
終了後に「和音」でひきつづいて行われた懇親会でサプライズが待っていた。和服のチャーミングな女性が居ると思ったら、亥士が
「このひと、田口ランディさんだよ」
という。メキシコ取材旅行中の彼女が亥士のライブに行き、意気投合し、飲み仲間になってしまったそうだ。驚いた、、、
ランディさんは本のカバーの写真をみるよりチャームがあって楽しいひとだった。話の流れがなぜかモンゴルやトゥヴァの歌唱法ホーミーのことにおよび、なんと彼女は日本ホーメイ協会の特別審査員であることがわかった。僕がホーメイをすることを訊くとまたびっくり。少しだけ音を出したら、
「あたしより上手いからあたしはもうやんない」
と聴かせてくれなかった。残念。今度飲もうと誘ってくれた。楽しみだ。
中々に面白い夜だったが、収拾がつかなくなるので帰ることにした。しかしここは日暮里だ。日暮里といえば、手打ちラーメン「馬賊」だ。すでにネット上ではいろいろな情報があるから見て欲しいが、この店は僕にとっては感慨深い店なのだ。
民俗芸能めぐりを辞め、進学を志して入ったのは、埼玉のとある町にある小さな小さな予備校だった。その予備校はもうない。そこで、一人の激烈な教師に出会ったのだ。古文と論文を教えていたその教師は、予備校なのに学問を教えていた。受験勉強と学問のぎりぎりの境界上のその教えは、僕たち受験勉強の落ちこぼれには極めて刺激的だった。この人の話を聴きに通ったようなものだ。
そしてみな、それぞれの勝ち得た進路に進み、しばらく経った。僕はその教師を忘れられなかった。大手のシンクタンクに就職が決まり、それを報告するため、あるルートから教師に連絡をし、会えることになった。都内の大手予備校で教えていた彼に久しぶりに会うと、「飯をくおうや」と自分のワーゲンゴルフで猛烈な運転をし、つれてきてくれたのが、この日暮里の馬賊なのだ。当時からほぼ綺麗といえない店内だったが、人でごった返していた。
「ここの坦々麺は旨い」
と言っていたが、僕は当時からつけ麺が好きだったので、馬賊つけ麺を食べた。不均一な麺の太さなのに驚くほどコシがあり、透明感のある味だった。
その後、喫茶店でいろいろ彼と話した。今彼が何に関心を持っているか,についての話になって驚いた。僕の手首を握り、
「よく集中しておけ」
というと、さまざまな気を流し始めた。ピリピリ来る気。ビリビリの気。柔らかな気。瞬時に、彼がそっちの世界に足を踏み入れていることがわかった。
「わかるか?俺はゴミ問題と水の問題を、こいつで何とかしたい」
僕にはなんともいえなかった。その世界は大好きだ。けれど、今僕の主テーマではない。
「よっくわかりますけど、俺は違うところでやりたいことあります。」
「そうか、がんばれ。」
その後、彼の消息はつかめないのだ。家族がいたはずだが、、、
そんなことを思いながら馬賊に入る。相変わらず汚い店内は人で溢れている。つけ麺650円は前から変わっていない。運ばれてきたスープはやたらと塩辛いので注意が必要だ。しかし、麺をこいつに合わせると、ビタッと合う味になるのだ。
この店の麺は、よく中華で見かけるような手で生地を引っ張って畳んで、延ばしていく麺だ。店内には「ダーン!」という生地を板にたたきつける音が断続的に鳴り響いている。無論、それに驚く客は一人も居ない。
運ばれてきた麺を塩の効いた汁につけて啜る。やたら下品な汁に上等な麺が絡み、不思議に旨い。それとこの店は餃子が旨い。大ぶりサイズのこの餃子の餡は、どう考えても1日寝かしてあるような熟成味がする。さすが手打ち麺の店だけに、粉モノは強いといえる。
餃子の熱さにしびれながら、本当にいろんなことを思い出す夜だと思った。