2015年12月27日 from 日本の畜産を考える
さて、ブラウンスイスのお肉と時を同じくして出会ったのが、愛媛県宇和島市、といっても限りなく高知県に近い側の山間部にある山本牧場である。
実はこことの出会いは、愛媛県松山市でオーガニックカフェ「ナテュレ」と「ブルーマーブル」を経営していた藤山さんの紹介だ。
■愛媛県松山市最大の待ち合わせスポットであるラフォーレ原宿・松山の閉館を悼みつつ、目抜き通り「大街道」を歩き、愛媛を代表するオーガニック系カフェ「Naturel」を訪問する!
http://www.yamaken.org/mt/kuidaore/archives/2009/05/naturel.html
■愛媛県きってのオーガニックカフェ・松山市のブルーマーブル 藤山さんイチオシの麦コーヒー! 豆乳との相性絶品なり
http://www.yamaken.org/mt/kuidaore/archives/2010/02/post_1442.html
藤山さん、ちょっと体調を崩されてしまい、両店とも閉じたのだが、いまは復帰し、専門学校で教えたり国際関係の仕事をしていたりする。
その藤山さんから「山本牧場という面白いところがドライエージングをやりたいというので、アドバイスして欲しい」という依頼がきたのだ。きけばまったくドライエージングのドの字も識らないのだけれども、彼らがやっている畜産の解答としてはこれしかないんじゃないか、と思ったという。
僕は日本におけるドライエージングの黎明期から関わっていることもあって、企業がドライエージングを導入する際の支援を仕事としてもやっている。その経験からいうと、ちゃんとしたドライエイジドビーフを食べたこともないのに「ドライエージングは儲かりそうだ」という輩が非常に多い。そういうのは大概、難易度の高さに辞めていくのだけれども、今回もそういう手合いかと最初は思ってしまった。
でも、藤山さんの頼みだしなぁ~ということで、とりあえず東京に出てきてDABのことを教えてほしい、そして勉強をするために食べるべき店を教えてほしい、という依頼を受けることにした。
こういう場合はとりあえず、日本におけるNY式ドライエージングを初めて成功させた「さの萬」の肉を、東日本でおそらくドライエイジドビーフを焼く能力にかけてはピカイチといえる高山シェフが焼いてくれる「カルネヤサノマンズ」に誘うことにしている。
ランチタイム、待ち合わせに現れた山本牧場の兄弟二人は爽やかに引き締まった好青年達だった。DABとはどんなものなのか、実現するのがどれだけ難しいかと言うことを話し終えたあたりで、タイミングよくさの萬熟成のホルスタインのステーキが運ばれてきた。
一口食べて彼らは絶句した。
「こ、これがドライエージングなんですね、、、」
想像以上に香りがよく、柔らかく、そして美味しいものだと感動したようだ。その日は泊まるので、夜も勉強のために、今度は失敗例を食べておいで、ということで、六本木の某店などを指定した。一店は満席だったようだが、もう一店には入ることが出来て、もくろみどおり「まったく美味しくないし、香りも柔らかさもありませんでした」ということを理解してくれていた。
そして、やはり自分達の経営でドライエージングをとりいれるべきかどうか、試験的に熟成をしたい。ついては、信頼できる熟成業者さんに任せたいのでコーディネートして欲しいという依頼を受けた。彼らの牛の肉の熟成はなかなか難しいことになるだろうと思いつつも、可能性を感じたので受任することにした。
いったい何が難しいかというと、彼らはある時点までF1の繁殖生産をやっていたそうなのだが、最近はそちらはやっておらず、牛たちは牧場内に放牧されている。じゃあ何やってるのかというと、観光牧場が主体なのである。
実は山本牧場の土地には、芝桜がすごい範囲で咲き乱れるらしい。それをみたいがために、春の一時期に数万人が押し寄せるのだという。そこでソフトクリームや軽食を出してということをしているだけで手一杯なのだそうだ。
「けれども、やっぱり僕らの牧場らしい食べものを出したいという気持もあるんです。それで、僕らが育てた牛をステーキにして出したいと。けれども、穀物なんて与えませんし、走り廻ってますから、真っ赤な肉にしかなっていないと思います。それを美味しくするには、ドライエージングしかないんじゃないかと思いまして、、、」
ということなのだそうだ。うん、目の付け所は正しいと思う。ただ気になるのは、放牧であることと穀物飼料を一切与えていないということだ。完全なる放牧だと筋肉質な牛になってしまい、食べる部分が少ない。だから、最後に3ヶ月くらいでもいいから繋いで運動させないようにして、安い配合飼料を買ってきて食べさせて太らせたら?と言ってみた。
「うーん、、、 僕らの牧場以外のものを与えたくないんですよね、、、」
おっ!
その意気や良し。 そこまで意地を張れるなら、最後まで張った方がいいよね。
ということで、どこのドライエージング業者さんにお願いしようかと思ったのだが、今回は東京の小川畜産興業さんにお願いすることにした。消費者だとこの名前を識らない人も多いだろうが、関東の超大手精肉企業である。そして、熟成をてがける高木さんは一緒にニューヨーク視察にも行って、日本ドライエージングビーフ普及協会の認定を取得されている。
ここに、山本牧場のロースを一本入れて、熟成していただくお願いをしたところ、「面白そうじゃないですか!」と言っていただき、実施することになったのである。
さて、山本牧場の牛さんは、数ヶ月の運動制限の後、と畜解体され、骨付きの状態で真空パックをかけずに小川畜産興業に移送され、熟成庫に入った。のだが、当日すぐに高木さんから連絡があった。
「やっぱり濃厚飼料を与えていないからか、とっても小さいですよ、、、」
思っていたとおり、ロースの面積が非常に小さいのだという。ドライエージングは、その程度にもよるが、周りを10~40%削ることになる。小川畜産興業の場合は20~30%くらいがアベレージだと思う。そうなると、元の肉が小さいと、食べる部分が極端に少なくなってしまうのだ。
どれくらい小さいかというと、部分肉の総重量が100kg(笑) ふつうは350~400kgなので、1/3だ。
はたして、僕の試食用に送られてきた肉は、笑っちゃうほどに小さいものだった。
しまった、比較対象を何か置いておくべきだった。でも、いつもならこのバットの上に2枚の肉をおいたら、バットの大部分が隠れてしまうサイズ感である。つまり本当に小さい肉なのだ。
でも、肉からはとてもいい香りがしている。思ったほど脂が黄色くないところをみると、仕上げに何かを与えたのかな。
弱めに焼いて食べてみたのだが、心底驚いた!
とても美味しい、、、 しっとりして、味わいが実によい。粗飼料中心のはずなので、穀物に由来する脂っこさは皆無なのだが、赤身の健全な美味しさと、ドライエージング特有の香りがあいまって、実に美味しい。
素晴らしい肉じゃないか! ただ、やっぱりちょっと小さいんだよなあ、もう少し面積が大きくないと、食べられる人の数だって少ないよなあ、とおしい気持がする。
山本牧場に連絡をしたら、彼らも牛の増体のことは課題と思っているようだ。でも、熟成していない肉と食べ比べて、ドライエージングの効果に関してはハッキリ分かったということだった。
山本牧場は、肉牛の生産をガンガンやっていくという意思はもっていないのだが、なんとなく新しい牛肉生産をやって欲しいなあ、と思ってしまう。というのは、いまどきこんな、採算の合わない牛飼いをやろうという人はあまりいない。でも、山本牧場は観光牧場の他部門の売上げがあるので、牛肉で利益を出す必要にそれほど追われることがないはずだ。
それならば、完全なる放牧のグラスフェッドビーフを日本でやれる可能性が出てくる。映画「STEAK REVOLUTION」を観た人なら分かったろうが、世界的には牧草を食べさせて美味しい肉を作ろうというのが波なのだ。穀物ばかり、しかも輸入穀物ばかり食べさせている日本の牛も悪いとは言わないが、それ以外の選択肢が無いのがおかしいのである。
山本牧場の牛の肉には、新しい時代の可能性を少しだけ、感じた。春先には、山本牧場に足を運んでみたいと思っている。
このWebはいわゆるグルメではありません。味や価格だけではない「よい食事」とは何かを追求するためにひたすら食い倒れる記録です。私の嗜好に合う人しか楽しめないと思いますがあしからず。
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