2015年9月30日 from 出張
さて、イギリスに来てます。博士論文のための調査なのだけれども、そのテーマの一つにイギリスにおけるミルクの価格についての問題が含まれているのですね。
いま、日本では基幹作物と言われ続けてきた米の価格が大幅に下落して、このままだと農家が食べていけなくなるという水準に到達しようとしてます。それと同じことが英国では牛乳で起こっている。日本人には想像しづらいかもしれないけれども、英国では牛乳こそが国民にとってもっとも重要な農畜産物なのですね。それが、2年前からどんどんと価格が下がり始めて、今の水準は昨年の2/3以下になりつつあるといい、危機的な状況だとのこと。
多くは乳業会社との年間契約でやっていて、価格も向こうが決めるのが普通なので、どうしようもないという農家も多い中、「こうなったら自分で消費者に売っていこう」と決意する農家も多いわけです。
今回のヒアリング相手のトップバッターがそんな風に決意してアクションを起こした酪農家。家族経営を営むスモールデイリーファーマーで、ハンプシャー州のウインチェスターにある「ピークハウスファーム」というところにお邪魔したのでした。
あまりに美しい木立の中にある小さな家。素敵です。
祖父祖母、父母、息子二人というじつに模範的な家族経営農家ですね。
頭数は100頭前後でそれほど多いわけじゃないのだけれども、搾乳牛はすべて放牧が基本。一日二回の搾乳時にはこの農園に帰ってくるようにしつけているわけだけれども、その際に与えるサイレージ(発酵飼料)が実に素晴らしかった!
一緒に来ている北大の小林先生が「こ、こんなサイレージ初めてですよ!」と嬉しそうにいうのです。
サイレージっていうのは、冬など草が生えない時期のために、たくさん草が穫れる時に大量に刈り取り、乳酸発酵させて長期間保存ができるようにしたもの。日本人の大好きな発酵食品です。
こちらは国柄か、麦類のサイレージが多いそう。もちろんメイズ(トウモロコシ)のサイレージも作るが、こちらのほうがメイン。
で、これを手にとって香りを嗅いでみたんだけど、、、
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
なんじゃこの香り!?ビックリした!
ふつう、サイレージは糠漬けのような香りがする。乳酸発酵だからね。ただ、その発酵の加減によって、藁にもともと含まれているバニリン(バニラ香のもと)の香りが出たりするんだけども、ここのサイレージは酸っぱい糠漬けの匂いがそれほど無くて、代わりに「お菓子か?」と思うような甘い香りがするのだ。
小林先生は北海道の酪農の研究をしているので、それはもういろんな酪農家のサイレージの匂いを嗅いでいる。僕もそこまでではないけれども、サイレージは肉牛にも与えるので、自分の短角牛のためにいろんなサイレージを実際に食べてチェックしている(植物体のセルロースは人間には消化できないので、味わったらペッとはき出すけどね)。
しかし、小林先生も僕も初体験のあまいあま~い香りに、心の底から驚いてしまった!しかもこれが伏線となってあとでまた大きな驚きに発展する。
生産者のマークさん。50代前半くらいでしょうかね。淡々と説明してくれた。サイレージのことを褒めると「とくに特別なことはしてないけどね」とこれまた淡々。イギリスはやっぱり、普通につくっても酪農向けの飼料などが簡単に良質にできるようになっているのだろうか。
さて、放牧されている牛さん達に逢いに行く。
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これですよ、これ、、、こんなだだっ広い空間! この丘を登ると、いましたいました!
この子達が、じつにフレンドリー!ほぼ人間を嫌がりません。それどころか、、、
ずんずんと近寄ってきます!
ここで育てているのはホルスタインだけではなくブラウンスイス種、そしてハンガリーレッドという品種もいるそうだ。そしてそれらのクロス(F1)もやっているという。雑種強勢で一世代目はいいとこどりになるのだそうだ。
この左端の子がそのブラウンスイスとホルスのF1。なるほど見た目からしてそんな感じだ!
それにしてもこの恵まれた環境をみるとうらやましくなる。牛を放牧でそだてるには1頭あたり1ha必要といわれるのだが、日本では到底難しい面積だ。
日本のどんな酪農家もこの風景をみると「あーあ、いいなあ」と思うだろうなあ。
さて、ではこの一家の育てる牛の牛乳の味は!?それを試すときが来た!
彼らは消費者に直販をはじめて数ヶ月なのだが、このエンブレムをみて欲しい。「RAW MILK」と書いてある。これ何の意味かおわかりだろうか?
日本では「無殺菌牛乳」といわれるけれども、つまり「生の牛乳」のことである。牛乳はとてつもなく栄養価の高い液体だけれども、それゆえ、雑菌の繁殖が猛烈なスピードで進んでしまう。だから、搾乳後はバルククーラーという設備で速やかに冷蔵して菌の繁殖を抑え、集乳車というトレーラーが来たときに菌数を調べて、OKならパイプを繋いでタンクローリーに入れる。そして何軒かの酪農家から集乳した後、乳業会社のタンクに入れるさいもまた菌数のチェックが入る。その上で、乳業メーカーで高い温度で殺菌をして、牛乳商品になるのである。
日本でも無殺菌牛乳を販売している主体はある、北海道の更別にある「おもいやりファーム」というところで、きいたことがある人も居るだろう。でもおそらく販売しているのはそこだけだ。
イギリスでもRAW MILKは一般的ではないけれども、日本のように「一軒しかない」という状況ではまったくない。しかも面白いことに、イギリス国内の許認可として、このRAWミルクは酪農家がダイレクトに消費者に売る場合のみ許されるのだそうだ!
これはすごいことで、日本ならまず個人農家などにそんな規制緩和はしないだろう。イギリスではやっちゃっているのがすごい!
しかもそれをできる個人農家の設備がまた興味深い。さきの扉をくぐるとこんなマシンが設置されている。
右がボトルを保管しているベンダーで、左が牛乳を注ぐマシンだ。
あっ 牛乳がなくなっちゃった、ということでマークと息子のトムがタンクをえっちらおっちら取り出す。そしてそれを二人して、キャリーカートに乗せてバルククーラーのところまではこんで、なみなみと注ぐ。
それをまたえっちらおっちら持ってきて設置。そのあまりのアナログなやり方に、思わず笑ってしまった!いいのかこんなアバウトなやり方で!
まずは殺菌された瓶を取り出して、、、
1リットル1ポンドなので、お金を入れる。そして瓶をセットすると、シュッとガスが吹き出して、おそらく殺菌してるんですね、その後に牛乳が注がれる。
注ぎ終わったら、自分で蓋をしめてはい終わり(笑)
なんとも簡単な仕組みだ!
もちろん買って帰ったのだけれども、この牛乳の味が! いままでのんできたどんな牛乳とも違う、素晴らしき味だったのだ!
どんな味かというとですね、、、
まず現実的に甘いんです。よく美味しいものを口にしたときに「甘い!」と言っちゃう安易な表現がありますが、それとは違って明らかに糖質を感じる甘さなのです。ブラウンスイス種の乳は甘みを感じやすいけど、そのクロス種が入っているからだろうか。
そして、無殺菌なのでタンパクの変性がなく、コゲていない(日本の牛乳は超高温で殺菌するのが普通なのでコゲており、特有の匂いがします。僕はこれが大嫌い)ので、実にスッキリしている。
スッキリしては居るのだけれども、コクを感じる。そのコクも爽やかなもので、スッと消えていく。日本の超高温殺菌乳はその余韻というか、匂いが長く口に残るが、この牛乳はスッと風味が消えていく。
そして、飲み終わった後に、さっきまでの乳脂肪由来の風味とはちがう、あきらかに甘やかで花のような?香りが喉の奥から上ってくるのだ!
これは本当に表現しがたい。もしかして僕だけかと思ったが、小林先生も「たしかにやまけんさんが言ってる香りを感じました」と言って下さったので、僕の錯覚ではないみたいなのだ!
これってあのサイレージの香りが関与してる、、、?いやそんな安易に結びつけるのはよくないけれども、でもやっぱりエサの風味が畜産物の味に大きく影響すると言うことは間違いない。やっぱあのサイレージの香りが重要なんじゃないのか!?
いや、素晴らしい! こんなに美味しい牛乳は初めてだ。ちなみに、ちゃんと味わうためにこの牛乳は常温にもどしてある。冷蔵した冷たい牛乳は、なんでも美味しく飲めちゃう。常温でのんだら、すぐに牛乳の味が分かる。騙されたと思って、明治の「おいしい牛乳」を常温に戻して呑んでみるといい。ドンヨリ曇った味がするから。それを高知県のひまわり乳業や吉本乳業のフレッシュな低温殺菌・高温殺菌乳と飲み比べたらてきめんにわかる。
しかしこの常温にもどした無殺菌乳、じつにじつに素晴らしい味なのだ!これをみなさんにのませてみたいものです。きっと多くの人が「牛乳ってこんなだったの?」と驚くはずだから。
とまあそんなわけですが、牛乳の味は僕の研究とはあまり関係ありません。まだまだ調査は続きます。
このRAWミルクを、北大の美味しい酪農研究者、三谷先生にのませたいと心から思ったのでありました、、、
このWebはいわゆるグルメではありません。味や価格だけではない「よい食事」とは何かを追求するためにひたすら食い倒れる記録です。私の嗜好に合う人しか楽しめないと思いますがあしからず。
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