全国的に黒毛和牛の生産は、市場で高く評価されるA4,A5以上の霜降りを目指して生産するのが普通だ。市場出荷をした際に、どうしても格付によって価格が左右されるからである。
それに現在、子牛の値段が高くなっていることと、毎日与える餌の穀物が高止まりしていることがあって、農家は収益が悪化している。子牛を購入して太らせ、肉牛にして出荷する「肥育農家」にとってはダブルパンチなのである。少しでも高く売りたい。ならば目指すは自動的にA4以上になるわけだ。
ちなみにどこの産地でも、A5のサシはちょっと異常だねという認識はある。生産している農家さんよりも、流通業者の中からそういう声が聞こえてくる。そして肝心の消費者からも「あのサシはちょっと、、、」という人も増えている。一口目は美味しくても、たくさんは食べられないからね。
しかし、だったら、そんなにサシを入れなければいいじゃん、と言われるかもしれないが、そうなると「そのサシの入ってない肉をいくらで買ってくれるの?」ということになる。堂々巡りだ。
そんな中、「じゃあ、今までに無い美味しさの和牛を生産しよう」という試みもまた出てきている。例えば放牧飼育をして、サシのあまり入らない肉にするとか、粗飼料中心の餌に、食物残渣などを与えるエコフィードが試されたり。
そんな中で、この都萬牛の取り組みは少しだけ耳に入ってきていた。長いこと和牛の獣医師を務めていた矢野さんが、これまでのサシ重視の黒毛ではなく、生産者の収益が少しでも上がり、かつ肉としても無理のない美味しさを呈する育て方はないかと模索しているという。
しかもなんと、経産牛の再肥育にチャレンジしているというのだ!マジ?
経産牛とは「お産を経た牛」つまり母になった牛だ。通常、母牛は5~6産、長いものでは10産以上、子牛を産んでもらい、その後は失礼なことに「廃用牛」などという名前で市場に出荷され、二束三文で取引される。そりゃ、何産も子供を産んだ後の力尽きた身体をすぐに肉にしたのでは評価が低いのも仕方がないかもしれない。
しかし!
多くの、実に多くの僕が会ってきた肉牛生産者がいうのだ。
「通常出回ってる未経産牛よりも、経産牛の方が旨い」と。風味が増し、香りがコクなり、脂の質もサラッとするということを言う人が、非常に多い!
そして僕もそう思っている。経産牛の方が断然旨い。ただし、お役御免になった後、半年ほど餌を十分にあげて肉を造るようにしたうえでの話ではある。これを経産の再肥育という。
個人的に僕が大好きな赤身肉品種といえば短角やあかうしだが、経産牛に関して言えば黒毛はマジで旨い。そして宮崎県西都市にある「都萬牛」は経産肥育だという。では行ってみましょうということになったのである。
■都萬牛の公式WEB
http://toman-gyu.com/index.html
都萬牛のための精肉加工処理と販売を請け負うミート工房「拓味」を開いたのは、なんと獣医師の矢野さんの息子さん。きけば、山形県の米澤佐藤畜産で修行してきたという。
※当初、修業先を間違って記載していました、申し訳ありませんでした。
「やまけんさんのことはいろいろ専門誌や新聞で拝読していて、いちど私たちの肉を食べていただきたいと思っていました」
マジですか!いえこちらこそ喜んで。ということでみれば、色んな部位を用意していて下さった。
このサーロインのしっとりした肉の色と、ほどよいサシ。部位もあるかもしれないが判はそれほど大きくない。A3ですね。こんくらいのサシならok。しかも室温になじませておいてくれたので、すでに脂が溶けてきているのがみてとれる。
他にもこんなに色んな部位が。すべて同じ牛の個体ではなく、サーロインとカルビが同じだったかな。
「やまけんさん、自分で焼かれますか?」 おっ そうですね、出来れば自分でコントロールしたい!ということで、キッチンで焼かせていただきました。
上モモ肉、焼いている時点で立ち上る香りが実に濃い!そして塩を少量つけて食べてみると、しっかりとした食感、嫌みのない肉汁の旨さ、そしてなにより香りの濃さがある!これが経産の味わいだ。
カルビというかバラ部分も、脂の融点がはっきりと低いため、くどさを感じない。実に質のいい経産牛である。ただし嫌みがないということはパンチがない、あっさりしているということでもある。だから「これをたべて、あまり食べた気がしないって人もいます」と矢野さんも言っていた。
この辺はホント、受取り方と好みの問題なのだ。肝心の僕は、この肉質と脂質、素晴らしいと思う。
ミスジ。焼肉屋に行くともう本当にいやだーーーーと叫びたくなるよな、ピンクというより白色に近いミスジを出してくるところがあるけど、いや都萬牛のミスジは実に美味しいですねぇ。
さてそしてサーロイン。表面はばりっと焼き目をつけ、アルミホイルに包んで保温、その間に他の肉を焼いて、10分ほど置いておいた。再度表面だけ火を入れるところだが、ヤワヤワな温度で食べたかったので、そのまま切り分けた。
なんだかんだいって、ベンチマークをするときにはサーロインが最適だ。筋繊維の質や、一番いい脂を味わうことが出来る。
都萬牛の餌の配合をきくと、実はけっこう穀物飼料は与えている。もちろん通常の肥育牛ほどではないが。なので、やはり脂質の旨さが最初に来る設計になっている。ただし、その他の餌として地元でとれる茶葉を相当量、そして焼酎粕を与えている。この二つに関しては、他所で与えているケースで肉質に相当いい影響がでることを僕も知っているので、合点がいく。
脂のシツコサがないのは経産肥育であるということと、この設計のたまものだろう。
「あ、そうだ、ホルモンもあるんですよ」
ガビーン!!!!!!!!!!!!!
このホルモンがすげぇ旨い!
炒めて塩つけるだけ。臭みが一片もなし!
「結局、牛の匂いって排泄物の匂いです。飼い方によってそれが肉や内臓に廻りますから、それがないように育てるのが都萬牛のよいところでもあります」
と静かに言う矢野さん。いや、この無臭でうっとりするぐらいに美味しいホルモン喰ったら、みなのけぞりますよ!
そして「こんなのもやってます」と出してくれたローストビーフ。
、、、こいつが異様に美味しいのだ、、、俺の焼いた肉とか吹っ飛んだ。スチコンも使わず、普通のオーブンでじっくり時間をかけて火入れした、塩コショウだけの味付け。参りました。細やかなサシがホロッと溶けるので、堅さも感じない。
いや、本当に美味しい。ただしこの都萬牛、生産頭数が少ないので、まだまだ軌道に乗った安定取引が出来ているわけではない。
「でも、サシばかりを追わず、牛の健康を損なわない買い方をしていきたいんです」
という、獣医師ならではの矢野さんの優しいまなざしがそのまま味に出たような都萬牛。この黒毛、相当に美味しいですよ。俺的太鼓判を押しておきます。なにより、和牛王国である宮崎でこんな動きが出てきていることが興味深い。時代は着実に、進展しているのである。
このWebはいわゆるグルメではありません。味や価格だけではない「よい食事」とは何かを追求するためにひたすら食い倒れる記録です。私の嗜好に合う人しか楽しめないと思いますがあしからず。
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