2013年8月16日 from 首都圏
横浜駅近辺に旨い店があんまりないなあ、とお嘆きの皆さんに朗報だ。JR横浜駅の東口から徒歩8分、こんな場所にレストランが?と思うようなエアポケットのような場所に、とびきりの美味しい店が誕生した。
その店は、数々の料理ジャーナリストを魅了してきた孤高のイタリアンシェフ・佐藤護さんがオーナーシェフとして出店した「トラットリア・ビコローレ・ヨコハマ」だ。開店してまだ一ヶ月経っていない今、すでに佐藤シェフに惚れ込んだ多数の料理ジャーナリストが来店中で、来月発売の料理雑誌の多数で掲載されるはずである。おそらくそうなったら予約はしばらくの間、とれなくなる。いや、すでにもうとりにくいのだ。
ということで、もし横浜近辺でイタリアン好きなら、すぐさま予約を入れて足を運んでみることをお薦めする。
■トラットリア ビコローレ ヨコハマ Trattoria BiCOLORE Yokohama
神奈川県横浜市西区平沼1-40-17 モンテベルデ横浜101
JR「横浜」東口駅前広場地上階段出口より徒歩約8分
TEL: 045-312-0553
Lunch 11:30~15:30(LO 14:30)、Dinner 18:00~23:00(LO 21:30)
定休日: 月曜日
社会人になってすぐ、僕は横浜市民だった。日吉の社員寮から保土ヶ谷の会社まで通っていたが、JR横浜駅はその中間にあり、一番の遊びスポットであったのはいうまでもない。けれども、横浜駅周辺ってあまり美味しいお店の記憶がないのだ。だから、今回の佐藤シェフの出店は「実にいいチョイス!」と思った。あれほどの乗降客がいるのだから、味が良ければ絶対に流行る!
実をいうと、佐藤シェフの料理を食べるのはこれが初めてである。当の佐藤シェフとは面識があって、赤肉サミットに参加していただいているし、それ以外の機会で顔を合わせることもあった。しかし、ご存じの通りあまり東京にいない僕が、彼のお店に足を運ぶチャンスがなかったのだ。
けれども、噂には聞いていた。とにかく料理関連のジャーナリスト達が「あの佐藤シェフが、、、」という料理人なのだ。
その料理ジャーナリストというのも、にわかジャーナリストではなくて、一定の時間この業界に身を沈めて経験を積んでいる人達だ。料理人が読む料理雑誌や、ハイエンドのコンシューマー向け誌に書いている人や、編集者たち。そんな人達が「佐藤シェフがね、、、」と特別な言い方をするのがこの人だったのである。
そうしたら、なんと僕の近しい人がこのお店に関わることになった。
「じゃあ、ぜひ俺も食べてみたい!」
ということで、遅まきながら佐藤護を初体験なのである。この日に先立ってオープニングパーティーにも呼んでもらったんだけど、その日は佐藤シェフは挨拶のためにフロアに立ち、料理をしているのは佐藤シェフを尊敬する兄弟弟子の人達というかんじだった。その、「みんなが佐藤シェフのこと大好き!」という愛が伝わってくるパーティーは素晴らしい雰囲気だったが、肝心の佐藤シェフの味はまだ未体験だったので、本当に愉しみにこの店に来た。
店内に鎮座まします、赤いポストのようなこの機械。これは生ハム類を手切りする機械で、横浜にはここにしかないのだそうだ。
これで店内でカットした生ハム・サラミは、あらかじめプリカットされてくるものとは段違いの味なのだそうだ。それはそうだろうなぁ!
さてこの日ぼくはシェフにすべてお任せすることにしていたのだが、唯一、ロングの乾麺でボロネーゼを食べさせて欲しいということだけは言っておいた。だって好きなんだもん(笑)
さて前菜はパルミジャーノのセミフレッド。
パリパリとしたパルミジャーノせんべいに挟んだチーズとクリームのセミフレッド。美味しゅうございます。
そしてホラ貝とアワビのセロリ夏みかんのサラダ。
手の込んだことをしていない魚介のサラダか、と思いきや、もうここでムムッと唸ってしまった。ホラ貝とアワビの下処理が素晴らしい。くにょんくにょん、シコッという絶妙な柔らかさに、セロリのしゃきんとした瑞々しい食感、そしてセロリの青い香りに甘酸っぱい夏みかんのジュースが絶妙に絡まる。
んーアワビのほやほやした食感がたまらない。
ワインはよくわからないので、お任せして数品、料理にあわせてもらいました。写真は一番最初の、軽い白。これに合わせて出てきたのが、「いかすみのパリパリカッペリーニ」。
イカスミでイカの身を煮込んだなかに、ぱりっと揚げた極細麺が入っている。スペインの、パスタの入ったパエリアを模しているのかということだが、これがまた旨い!
イカのスミ煮込みには肝の味もしっかり入っているのだ。イカスミ系の料理で、肝は外してスミだけ使うことがあるが、僕はアレでは物足りなくてダメ。スミつかうなら肝もいれてくれ~という派だ。なのでこのこっくりした味わいのイカスミ煮はばっちり。でも肝臭さはまったくないのが処理の巧みさだ。
そんで、イカのしくーっと歯が通る食感と、カッペリーニのパリパリの対比が実にダイナミック。さきほどの貝のサラダでもそうだったが、佐藤シェフの料理は食感がきちんと計算されているのではないかと思う。
この時点で店はもう9割埋まっていた。週末だったこともあるが、平日もすでに予約ないと入れない状況になりつつあるらしい。
さてここで僕の大好きな大好きなボロネーゼ!
おおっ この面構え、もうすでに旨そうじゃないか、、、もっちりしてそうな太麺が最高のプレゼンテーションである!
しかし実はこのボロネーゼ、僕が想像していたものを遙かに上回る美味しさだったのである!
見た目はふつうにラグー。しかしフォークに巻いたとき、なにやらぷつぷつしたものが絡んでくる。ナッツである!クルミやアーモンドなどをカットしたようなもの。これを口に運ぶと、鼻腔にいきなり、不思議な香りが充満する!えっ 果実?甘い香りと味?そして肉の旨そうな香りとトマトの濃厚な酸!? その後、歯にはクキッとしたナッツの食感と、よくソースを吸い込んだ太いパスタのみっちりした肉感があたる。
なに、なに、なにこの香りは!? びっくりしながらもフォークが停まらない! 実に美味しい!こんなボロネーゼは初めてだ!!!
溜まらず佐藤シェフにきいた。
「えーと、ナッツいろいろ入ってます。アーモンド、 松の実、、、それとオレンジピールやレモンピール、スパイスはナツメグとか、いろいろ入ってるんですよ。」
いやそうですよねぇ、本当にもう、たまらなく複雑で美味しいボロネーゼ!
実はその後あんまり僕が美味しい美味しいいうので、秘密の一端を教えていただいた。それは、トスカーナ州の郷土の焼き菓子であるパンフォルテというのを砕いて、ラグーに混ぜているのだという。パンフォルテの中に果実のピール類やナッツがはいっているのである。そうか、あのエキゾチックな香りの正体はそれか、そうしてあの上品な甘みも足されているのか。
佐藤シェフの料理を昔から愛する人にはあたりまえのことなのかもしれないけど、僕は初体験である。メニューになかったとしても、この一皿は絶対に食べた方がいい!
パスタは最低でも二種類たべるよ、といっておいたら、手打ちパスタがでてきました。「リコッタチーズのラビオリ」。
青いソースが爽やかなこのラビオリ、中力粉主体のクニュンクニュンと柔らかな食感。
僕は手打ちパスタはうどん的やわらか食感が好きなので、実に美味しい。リコッタもジェノベーゼの爽やかさと美味しくマッチング。
そしてセコンドは、「ジャガイモで米田子羊のロースト ヴィンコットのソース」。
メニューをきく前に写真を撮ったので、最初は子羊の下処理時に一度はずした脂身を巻いて火入れをしたものかと思った。
しかしよーく見ると違う。子羊のロース芯に巻かれているのは、ジャガイモの極細切りにしたものなのである。
それにしてもシェフの火入れ、バツグンである! 柴田書店の肉焼き教本に、焼き手として掲載されたのも頷ける。
このジャガイモが油を吸ってパリンとやけたところの香りと味わいが、ともすれば退屈になりがちな子羊のロース芯をコクのつよいものに変化させている。美味しゅうございました!
しかし、まだまだぜんぜん足りなーい!
ということでパスタ2皿おかわり。
ひとつ目はアマトリチャーナ。
こいつがまた、実にオイルたっぷり使われているはずなのに、油のクセがまったく立ち上ってこない、不思議なアマトリチャーナ。タマネギはよく溶けまくっていて、その甘さと特有の香りだけが口の中で存在感を放つ。一方、太めに刻まれたパンチェッタは塩気とともによく主張する!
アクアパッツァ出身で、西小山に「Y」を出した山崎シェフのつくるアマトリチャーナは、最後にバターとチーズをたっぷりめにモンテして、こっくりした味わいのものだ。しかし佐藤シェフのアマトリチャーナは、オイルをたっぷり使っているはずなのに、それが前面にでてこず、トマトとタマネギ、パンチェッタの風味がギラッと強く主張する。いや、美味しい。
そして最後の〆パスタはあわびの肝のバジリコソースをからめたリングィーネ。
写真を見るといかにもこってりしていそうだが、鮮度の良いアワビの肝の裏ごしは実にまったりしたうま味だけをジェノベーゼに付与している。バジルの香りがコクをまとって、爽やかさではなく、拡がっていくようなうま味のパスタになっている。
リングィーネで大正解。このコクを受け止めるのは太麺だ。そしてここでも食感マジック。アワビのヤワヤワ感が素晴らしく、リングィーネの食感の方がきわだつ。いや、マジでやばい。
満足!したので、ドルチェへ、、、
メニューにあったら絶対に頼むもの、それはズッパイングレーゼ。
ピンクのジュースにロールケーキが浸されたズッパイングレーゼ。これもやはりエキゾチックな香り!
こちらはココナッツのビアンコマンジャーレ。ココナッツ風味のブラマンジェといったところだ。
これも美味しい~!
いや、いろんな編集者さん達が夢中になるわけがわかった。佐藤シェフの料理は、香りと食感と味の組み立てがすべて緻密に設計されているのだ。
まず口に入れたときに鼻を通る香りに、予想していたものと違う要素が必ず一つは入っていて、それで驚く。つぎに歯で噛んだとき、柔らかさと堅さ、しゃっきり感とくんにょり感、といったように相反する要素が並んでいる。だから楽しい。
そして舌に拡がる味が印象的なのだ。というのは、どれもこれも尖った塩味を感じない。オイリーさも感じない。実に丸みを帯びた味なのに、印象に残る尖りがあるのだ。あとでスタッフにきいてみたら「塩はかなりしっかりめに使っていますし、オイルもバッチリ使ってます」というのだけれども、料理になって出てきたとき、それらを突出したものとして感じない。
それはつまり、バランスが完璧だということなのだろう。味と香りと食感がバランスしているから、突出したものを感じない。しかしそれらが極めて高いレベルで拮抗しているので、「美味しい!」という感動的な体験の印象が心にふかく深く刻まれるのだ。
佐藤護シェフ。実にシャイな男である。この一枚をとるのにすごーく苦労した。「え、俺ですか?みんなで記念写真じゃなくて?」といってじりじりと逃げようとする。ある料理ジャーナリストさんが「あんたはシャコか、エビか!?」と言ったそうだが、その意味がよくわかった(笑)
トラットリア・ビコローレ・ヨコハマ。値段以上の価値があることは間違いない。お世辞ヌキで旨い店だ!願わくば予約が完全にとれないってことがないように、、、って、無理だろうな、、、
このWebはいわゆるグルメではありません。味や価格だけではない「よい食事」とは何かを追求するためにひたすら食い倒れる記録です。私の嗜好に合う人しか楽しめないと思いますがあしからず。
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