さあ、いよいよ肉だ! 当面、土佐あかうし一本でいくというこの店の厨房で骨付きロースとご対面。ご覧の通り赤身度合いの強い肉!これ、A2ですね。しかもあまり熟成してない若い肉ですね。
「はい、A2でもとてもいいですね! それとうちではあまり熟成しないでお出しします。これは15日目くらい。熟成した肉の美味しさもありますが、フレッシュな肉の美味しさを出すのが、土佐あかうしのよさを識っていただくのにいいと思うんです。」
実はこの肉を手に入れるまではかなりイリーガルな方法をとっている。通常、高知県内の生産者が出荷した牛は高知市内の食肉処理施設でと畜され、枝肉の状態でセリにかけられる。ヴァッカロッサに納入している業者は僕のブログでおなじみの三谷さんだが、渡邊シェフの強い思いである「骨付きロースが欲しい」という要望に、高知県内の処理施設では応えられない。そこで、その処理が可能な他地域の処理場を経由してお店に肉が届くのである。さきごろBSEリスクに関する日本国のステータスが上がったので、今後骨付き肉も扱いやすくなるだろうが、いまはそうやって骨付き肉を入手しているのである。なぜ骨付きなのか?
「骨があることによってはっきり味が変わりますね。焼いている間に肉が縮むのを防ぐということと、それによって肉汁が肉の内部で流れる動きが変わるというか、旨みが増すと思います。」 といいながら、まずは包丁で肉の部分に切れ目を入れ、、、 骨部分は肉切り斧を大胆かつ繊細に使ってカット! そこから生まれた厚さ4cmの肉塊の表面を、肉タタキで少しならすように叩く。カット断面が毛羽立っているのを押さえたのだろう。 メニューには4cmと書かれているが、これはだいたいの目安であって、肉のコンディションによって多少増減する。 「僕はつねに"同じ食べ心地になってもらう"ことに注力しています。肉が変われば食べ心地も変わってしまうものですが、それを火入れと調理の技術で調整します。厚みによっても食べ心地は変わるので、ご理解をいただきたいと思っています。」 この「食べ心地」という言葉が、実際に肉を噛みしめたときにまざまざと実感されることになるのだが、それは後ほど。さて切られた肉塊に塩はしない。その理由も後ほどわかる。そしていよいよ薪が燃えさかる焼き場へ。焼き場は二つに区切られており、右側は耐熱レンガで深く掘られた部屋になっており、薪が勢いよく炎を上げている。
左側はレンガの蓋がされており、その上に右側の薪が熾火(おきび)状態になったかけらを敷き詰める。そこに鋳鉄製だろうか、グリルの網を下ろして肉を焼くスペースとなっている。
「ここは一見すると単なるレンガで組んだ窯としか見えないと思いますが、ものすごく高機能な焼き場になっているんです。右側の炎の上はとんでもない高温になっていますが、左側のグリル上部に手をかざしてみて下さい。それほど熱くないんです。」
と手をかざすてみると、下で熾火がじぶじぶと燃えているのにも関わらず、それほど熱さを感じない!
「この窯の設計で、輻射熱がこもらないようにしてあるんです。これが熾火でビステッカを焼くポイントです。オーブンなどでは輻射熱がまんべんなく素材に当たってしまいます。そうすると肉には熱の圧力からの逃げ場が無く、肉汁が内部に集まってしまう。だからある時点で外に出して休ませるなどしなければならないわけです。」
そう言って熱さ4cmの肉塊をグリルにのせる渡邊シェフ。
「けれどもこの焼き台だと、上部からは熱があたらないようになっています。ですから下面から熱が当たって、肉汁は肉の上へと循環してくれる。
ああ! それって、神楽坂の「カルネヤ」高山君が炭火で肉を焼く理論と同じなのではないか!? 彼は肉を休ませたりせず一気に焼く。「だって、下を焼いてるときに上は休んでるんですから。わざわざ火から下ろす意味なんてそんなにないですよ」というのだが、彼のビステッカを食べると、火入れ具合はバツグン、しかも噛んだときに口中に弾ける肉汁に「動き」を感じるのだ。
渡邊シェフはさらに炭火ではなく、薪の熾火で焼く。
「炭火ですと、高い温度の熱が上に向かって一直線に昇ります。しかも水分が飛ぶような熱になります。薪の炎は水分を含んでいますから、肉の表面が乾きにくい。僕の目指すビステッカにはこの火が必要不可欠なんです!」
肉を返すと、グリルの焼き目がついて美しい。それにしても観ていると比較的短時間で肉を返していく。
「僕の場合、美味しい焼き目を何層にも重ねていくというイメージで焼いていきます。同じ色に仕上がったとしても、じっと焼き続けてできた茶色と、何回も薄い焼き目を重ねて出来た茶色では質が違います。最適な美味しい焼き目を何層もつくっていく。これがビステッカの美味しさなんです。」
なるほど! タンパク質がカラメル化し、美味しいアミノ酸を生ずるメイラード反応によってステーキは魅力的になる。その焼き目の作り方にもバリエーションが存在するわけだ。よく「一度焼き始めたら、肉に触らない!」という言い方がある。焼き目がじっくり醸成されるまで火を入れ続けるという考え方だが、僕もどちらかというとそうして肉を焼いてきた。しかし渡邊シェフの肉焼きは違ったのだ。
ちなみにこの肉が焼き上がるまで「だいたい25分程度でしょうか」という時間がかかっている。熱さ4cmはだてじゃあない。
厨房の外に出て最後の段階をみていると、ようやく粒の大きな塩をバラリばらりと肉にふり始めた。なるほどな、肉と何回も返しつつ焼き目をジワジワと重ねていく方式では、塩分の浸透圧で肉の水分が出てきてしまうのは邪魔になるだろう。また、これだけ肉の中を対流する肉汁を重視しているのに、それをわざわざ外に出してしまう塩ふりを事前にするはずがないのだ。
ステーキというのはどれほどにも奥が深いな!どんな肉をどんな道具で焼くかによって、最適解はいくつもある。また一つ勉強になりました。
「さあ、焼き上がりました!」
客室に持ってきてもらい、その勇姿を撮影。ど迫力の肉塊は骨を除けば800g程度か。
骨に沿ってズバンと包丁を入れる。
そして繊維を断ちきるようにカットする。瞬間に、肉汁を湛えた断面がお目見えした!
熾火の熱は実に柔らかに肉の内部をかけめぐり、おだやかなピンク色に筋繊維を染めている。
厨房内に戻って最後の仕上げ。
付け合わせはなんとしっかり焼いたキュウリに、アルミホイルに包んで薪が燃えさかる中に入れておいたジャガイモ、そして豆の煮込み。
これが土佐あかうし骨付きロースを熾火で焼いた、「ビステッカ・アッラ・トサーナ」の勇姿だ!
注目すべきは肉の筋繊維のあいまから染み出ている肉汁である! まさに内部からこんもりともりあがって染み出てくるという感じ。そして肉の焼き目の部分の、こんがりと焼き上がったパイ皮のような仕上がりを観て欲しい!カリンと音がしそうな焼き加減。これは一枚のパイ皮ではなく、何層にも旨みがたたみ込まれた多層構造の焼き目なのである!
この写真はストロボをセッティングした別テーブルで撮影しているので、ナイフを入れた瞬間がないのはゴメン。でも、早く肉にかぶりつきたいと急いで席に戻り、肉切りナイフを赤身部分にザクリと入れると、やはり芳醇な肉汁が染みだしてくる。うわー逃げるな汁よ!俺の口に入ってくれ!と肉を口に運ぶ。その瞬間、焼き目部分の旨さよりも、こうばしさよりも先に感じるのが、熱い汁!肉汁が実に熱いのだ!
焼いて休ませ、焼いて休ませして肉汁を落ち着けたステーキは、切っても肉汁がしたたることなく落ち着いており、まんべんなく美味しさを味わうことが出来る。しかしこんなたぎり立つような興奮は味わえない!ああ、沸騰したかのごとき熱い肉の汁がこんなに興奮を呼ぶとは思わなかった。
そしてやはり見た目のごとくカリリと歯触りを感じる表面の焼き目からは絶妙な旨みが溶け出してくる。内部のピンク部の肉からは旨みよりも土佐あかうし特有の健全な香りと、ぷりんぷりんと細胞が生きているような心地よい弾力が歯に楽しい。
いやあ、素晴らしく旨いステーキ、いやビステッカだ! そうこうしているうちに、もう一つ頼んでおいたヒレ肉が焼き上がってきた。
観て下さいこの繊維感! 肉の線維一本一本がぴんと立ち、切れ目から盛り上がってくる迫力を!
「土佐あかうしの素晴らしさって、まずこの筋繊維の細さだと思うんです。ものすごく緻密なんですよ!」 と渡邊シェフが惚れ込むのも無理もない!
それにしてもこのヒレ肉、ロースに続いて実にフレッシュだ。結婚式なんかでメイン料理として出てくる、「ロッシーニ風」みたいなのに使われるヒレは熟成が進んで、噛んでるのかないのかわからないくらいの軟らかいのが多いが、このヒレは身が活かってる。むちむちしていてかみ切る快感がすごいのだ。
レバーもあるということなので、これまた絶妙な火入れ、魅惑的なタレに浸したステーキが出てきた。これも旨い、旨いのだけれども、ビステッカの塩と薪の炎で味付けされた世界観に僕は気をとられっぱなしである。
いや、マ・ジ・で旨い! ここしばらく食べた肉のなかでもピカイチだったな! 仕事柄、ながいこと熟成した肉を食べることが多かったわけだが、改めてフレッシュな肉を食べてみると、酵素分解で発生したアミノ酸だけではない、健全な細胞がもつ旨さというのもあるんだと改めて実感した。
でもそれも、単に塩ふってフライパンで焼いただけじゃ味気なく感じるはずだ。この焼き場で、計算され尽くした薪の火で焼かれたことによって美味しさが構築されているのである。いやもう脱帽。
ちなみに、手頃な値段でとお願いした白赤ワインもばっちり。白はオレンジのような香り、赤は果実味たっぷり、ベリー類の香りがして、土佐あかうしにとてもマッチする。ナイスセレクト!
僕はじつはまだまだこの時点でも食べられる状態だったんだけど、同席の皆さんが「もう無理」ということだったので、じゃあドルチェするかと。そうしたら「ドルチェも要らない」というひと多し。えっ でもドルチェ準備してくれてるんだぜ!?こんな少人数で貸し切らせてくれたのに、報いなきゃ!ということでドルチェに何があるのか観てみたら、なんと!
ズッパ・イングレーゼがあるじゃないの!?
ズッパ・イングレーゼは、サヴァランみたいに、ケーキとかフルーツをシロップや洋酒でシャバシャバになるようにつけたデザートだ。実は1週間前、嫁さんと結婚8周年を、式を挙げた老舗の「アントニオ」で祝ったのだけどもそのとき目当てにしてたズッパイングレーゼがなかった(涙) これはもうここで喰わねば!
じゃじゃーん! これがヴァッカロッサのメロンのズッパ・イングレーゼ。
こんなにもシンプルにして優美ないでたちに、、、
フォークをいれると、グジュッと中から水分が染み出てくる!うーんビステッカにしてもドルチェにしても、この瑞々しさがポイントだな。
もうね、最高!ぜひ食べて欲しいドルチェです。 でもこれじゃ終わらない。だって「ミルフィーユは焼きたてですよ」っていうんだもん。これねぇ、もう本当にパイ生地の一枚一枚が天使の羽ですよ! ホイップしたクリームのみの味付けなのに、とてつもなくリッチ!一緒に食べた高知県の門田女史もウットリ。
いや、本当に素晴らしいひとときだった!
渡邊シェフ、土佐あかうしに惚れてくれてどうもありがとうございました! ステーキ好きよ、ぜひ恋人や友とここに集い、ビステッカ・アッラ・トサーナを食べて欲しい。感動すること間違いなし、いま一番東京で最上レベルのステーキがここにある。
VACCA ROSSA
〒107-0052 港区赤坂6-4-11 ドミエメロード1F
03-6435-5670
OPEN 11:30~13:30,18:00~22:00
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