実は数ヶ月前に高知県の「泣く獣医師」公文君から、話は聞いていた。あの名店ベッカッチャの渡邊シェフが、ビステッカ(イタリア風のステーキ)の素材として土佐あかうしにご執心。しかも熱源は炭火ではなく、薪(まき)の熾火(おきび)。この組み合わせが、キアーナ牛を焼くビステッカ・アッラ・フィオレンティーナに匹敵するほどの旨さだという。
そこからの展開がすごくて、渡邊シェフ、名店のステイタスを築いたベッカッチャをいったんたたんで、同じ赤坂に新しい店をオープンしてしまった。そのお店の名前が「ヴァッカロッサ」。これ、直訳するとなんと「赤い牛」つまりあかうしのことなのである!この店ではメイン料理に土佐あかうしのビステッカ(ステーキ)をフィーチャーするという。これはまた思い切ったことを、、、
しかし、どーして土佐あかうしにそこまでのめり込まれたのだろう?と思っていたら、同じ高知県の外商公社に勤める山崎さんが、
「渡邊シェフが土佐あかうしと出会ったのは、赤肉サミットらしいですよ」
と。
えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ
そうか!そうだ、うちの会社が自主イベントとして主催している「赤肉サミット」の第一回、第二回では、ベッカッチャさんにお声がけしていたのだ。しかし渡邊シェフはでられなかったこともあって、肉担当の方が来場されていたので、僕の記憶の中に渡邊さんの顔が浮かんでこなかったのである。
これはもう行ってどんなビステッカが出るのか確かめに行かなくちゃ!ということで、山崎さん達と共に伺うことになったのだ。写真撮っていい?と聴いたら、なんと「いいですよそれじゃあ貸し切りにしますから」とのこと。席数訊いたら30席!そんなお店がたかだか5人のために貸しきりにしてはいかんでしょう!?シェフにも連絡したんだが、「今はまだオープンまもなく、試運転状態ですし、この際お話しもしたいですし」と言っていただいた。ということで、厨房まで覗かせていただくことができた、完全リポートである!
VACCA ROSSA
〒107-0052 港区赤坂6-4-11 ドミエメロード1F
03-6435-5670
OPEN 11:30~13:30,18:00~22:00
店内はできたてほやほや、白を基調としたシックな内観だ。
そして、店の真ん中には厨房をのぞくかたちの窓があり、そのむこうには主役である薪をくべる窯(かま)がある。
この炎のように燃える渡邊シェフ、45歳。人生の第二段ロケットに着火!という感じだろうか、もう食材に対する愛情がものすごい!
「わたしは赤肉サミットに行けませんでしたが、行った人間からいろいろ話を訊いて、土佐あかうしを試してみようとサンプルをいただいたんです。そうしたら実にすばらしいではないですか!そこで、県庁畜産課の公文さんに御願いして産地を廻らせていただきました。現場を観ると、高知の自然の中で育てる環境が素晴らしく、その育て方も実に愛情深い。
これまで20年間ずっとビステッカをやってきましたが、この牛なら、日本がイタリアや世界にむけて『日本のビステッカは旨いんだ!』と胸を張れるものができると思いました。」
なんと!土佐あかうしべた褒めではないか!
「実にね、肉質が緻密なんですよ。黒毛和牛はちょっと粗いし、サシが入っているから焼き方を調整しなければならない。短角和牛は赤身ですが、やはり僕の感覚からすると粗い。土佐あかうしの緻密さ、細やかさはすごいんです!」
と、土佐あかうしとの出会いがヴィビッドだったようだが、その先がまだあるのだった。高知の魚との出会いである。
「高知を廻った時に漁港の、うでこきの仲卸さんに連れて行ってもらったんですが、ビックリしました、、、あんなに丁寧な仕事があるのか。そして、東京に送ってもらった魚の素晴らしいこと!鮮度がよいまま、うま味は引き出されている。ですからうちは肉も魚も高知ですよ!」
なんと、土佐あかうしをきっかけにして、高知県の食材をまるごと気に入ってくれたらしい。もちろん野菜に関しても、岡崎農園のフルーツトマトなど、僕も訪ねたおきまりコースのものがかなり使われているようである。
「前菜では魚をたべていただきましょう。カルパッチョなどいろんなものを盛り合わせにするのと、ほんのぬるめに温めるかんじで火を通したものも食べていただきたいと思います。イタリアでも、火を通すか通さないかのギリギリの料理があるんですが、なんと高知でもこれをやると。猟師さんが「ぬるく温めると旨い」と教えてくれたんで、ビックリしたんですよ!」
ということで、前菜はお任せ、パスタはロッソとビアンコおまかせ、そしてビステッカ・アッラ・トサーナをロースとヒレで。レバーもあるというのでいただくことにしたのである。
メニューはこちら。
ビステッカ・アッラ・トサーナは厚さ約4cmとなるので、そのぶん肉の体積も大きくなり、一人で注文するのはむずかしいかもしれない。今回5人でほどよく食べられたというか、僕的にはもう少し食べたい!となったので、3~4人でいくのが吉かな、と思う。
さあて、料理の始まりだ!
右手前が須崎港であがったシマアジ、左は土佐あかうしの生ハム仕立て、奥はナスと生のソバージュだ。列席者全員、シマアジを口にした瞬間に「!」と目が丸に。これはすごい!身肉はプルンプルンと、新鮮そのものの弾力を維持しながら、実に十分なうま味を感じる。そしていやな匂いは微塵もせず、スッキリ品のいい香りが立ち上るだけだ。
「こんなシマアジ初めてですね、、、」
そして土佐あかうしの生ハム仕立ても実に美味しさが濃縮された味わい。豚の生ハムと同じ工程で生産するというのだが、これはアリですね。
おつぎは、例のなまあたたかい魚介である。白身がカワハギ、アサリにヒオウギ貝、そして奥がチャンバラ貝。実に高知的なラインナップだ。
日本酒を呑む時、お燗にするとうまさが倍増して感じるように、人の味覚は冷たいものより暖かいものの方が本来の味を感じやすい。この魚介の火入れは実に微細で、制御するのが大変だったのではないかと思う。
カワハギは刺身ではまったくない、火が通っているけれども、身が有していた水分はいっさいとんでおらずうま味は倍加しているという状態。イカも甘みは増して食感にも心地いい抵抗を感じる。汁の一滴までもパンに浸していただいた。
さてパスタは、ロッソ(赤)は手打ちのピーチを合わせましょうということになったのだが、てっきり作り置きだと思っていた。
「それではいまからピンチを打ちます!」 マジ!?
マジでした!
このピンチ、ピチとかピーチとかいろいろ地域によって呼び名が微妙に違うらしいが、その作り方もかなりちがうらしい。僕は伊勢うどんのごとき太さのピーチが好きだが、渡邊シェフのはまったく違うアプローチだった!
「僕が修行していた町の名物がこのピンチで、ここで生まれたひとなら誰でも作れるし、もし旨く作れないようなら『他の村の出だろう?』と笑われてしまう。そんな名物料理でした。あるとき、ご老齢のおばあちゃんがいきなり僕に『ピンチはね、柔らかくなくちゃいけない』というんです。後でわかったんですが、その方はピンチ造りの名人で、料理人も教わるような人だったんです。僕のピンチはその地域のものがベースなので、材料はうどんとあまり変わりませんが、コシはありません。あってはいけないんです。」
渡邊シェフは、右手に持っているスケッパーで軽く伸した生地を縦にスパッと切る。それを二段階くらいにわけてするすると伸ばしていく。左手に生地を持って引っ張りながら、右手のひらで軽く押して麺の太さを整えている。これを目にとまらない早さでやっていく!
こうしてできたピンチ、触らせてもらうと「みみたぶより全然柔らかい!」のでビックリだ。
「それではこれを茹でて仕上げます。もう、すぐですよ!」
そしてゆであがったピンチを隣のトマトソースと絡めてできあがり。
いやもう、悩殺されちゃいましたね。この食感。
このピンチ、麺の表面から中心までの食感が実に均一である。内部に堅い部分が残っていてコシを感じるということがないのだ。しかしそれでは学校給食に出てきたソフト麺のごとき、頼りないものだったかというとまったく違う!実にクニャンとはんなりした独特の食感があるのだ。それが、ほどよく濃厚なトマトソースに絡んで、実に旨い!柔らかい麺に柔らかなトマトソースが合っている。
そしてパスタのビアンコは、はちきん地鶏のラグーで食べるパッパルデッレ。
このパッパルデッレが実に薄い!
羽衣のように薄く軽い麺にしっとりとはちきん地鶏の身肉から出たブロードが絡んでいる。旨い!
「では、いよいよ土佐あかうしを焼きますね。肉を切るところからみたいですか?」
もちろんみたいみたい! いよいよ核心へと近づいていくのである。(つづく)
このWebはいわゆるグルメではありません。味や価格だけではない「よい食事」とは何かを追求するためにひたすら食い倒れる記録です。私の嗜好に合う人しか楽しめないと思いますがあしからず。
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