最近、牛肉業界で僕がいちばん注目しているのが、荻澤紀子さんという女性だ。
昨年のドライエージングビーフのNYツアーにご一緒したのだが、彼女は牛の飼料メーカーに務めている。飼料メーカーはどんな餌を与えるとどんな風に育つということを把握しているプロだが、彼女はなかでも「肉の味わい」の部分にものすごく関心があるようで、いろんなところに飛び込み、実験をし、美味しい肉を追求している。
その彼女が最近取り組んでいるのが「吊るし短角牛」だ。通常、牛はと畜されると、一頭を半分に割った「枝肉」と呼ばれる状態でつり下げられ、A3とかA5だとかの格付をされ、買手の手に渡る。その間長くても3~5日間程度。そこから部分肉にカットされて真空パックに包まれ、冷蔵熟成される。
しかし、本当は大きな塊のままで真空をせずに庫内熟成をした方がいい、というのは誰もが思っていること。できれば枝の状態で一週間以上おいといた方がいいと言われていた。昔は真空パックがなかったからどこでもそんな状態だったというわけだ。
これに彼女は取り組んだ。久慈市で育てられた短角牛を成体で芝浦市場に上場し、と畜したあと冷蔵庫にて40日間熟成させるというすごいことをやってのけたのだ!
■40日間・吊るし短角牛
http://ameblo.jp/houzan-tokyo/entry-11525271546.html
この貴重な肉を分けていただいた。
この写真、シマリがないように見えるだろうが、肉を常温に戻した状態なので脂もすでに弛緩してます。田村牧場では粗飼料中心、それも自分のところで栽培した牧草、トウモロコシ、稲藁を中心に与えているという。それだけあって脂身に黄色みがかっている。僕に乗っては好ましいけど、一般的には理不尽にも価格を引かれてしまう要因。対して筋間脂肪はあまり色がついていない。
肉色は鈍く見えるが、ペーパータオルでドリップを拭き取っているから、艶がなく見える。ほんとうはちゃんとしっとりしています。
個体識別番号によればH22.8.26生まれのメス。田村牧場で生まれて出荷された、一貫肥育という形態だ。それにしても赤身度が高い!筋肉中のサシはほぼなし。ぞくぞくするほどに赤身だね。田村牧場では岩手県で普通の「夏山冬里」ではなく、冬も小屋と牧野を行き来できるようにして、半分放牧しているとのこと。冬はもちろん雪なので、草などはトラクターで与えることになるらしいが、放牧度が高いのでこんな赤身になる。
「40日熟成といっても、ドライエージングとは違いますから、純粋に赤身の美味しさを追求した肉として食べてみて下さい~!」
ということで食べました。
ガッツリ焼きました。真っ赤っかの赤身は、サシが噛んでないので、柔らかくはなりにくい。サシが入った肉は、加熱するとそのサシが溶けて、赤身がスポンジ状になるから柔らかくなるのは至極当然の物理現象なのだ。
しかしこの吊るし短角、肉の線維はとても柔らかくなっている。酵素と微生物の力でめったやたらと柔らかくなるドライエージングまでではないけれども、赤身肉部分だけとは思えないほどに柔らかくなっているのだ。
しかも、僕がいつも熟成の指標にしている部分が、かなり柔らかくなっていた。純粋に牛が持っていたたんぱく分解酵素の作用だけでこんなふうになるんだね、とちょっと感動。
味わいについても、風味が増していると思う。こればかりはウェットエージングにしたものと並べて食べ比べしないとわかりにくいけど、僕のベロメーターで考えても、旨み十分だ。
ただし、僕がこういう仕事をしているせいで短角牛を食べ慣れたうちの嫁さんは「この肉はちょっと苦手」と言っていた。僕よりも香りに対する感受性が強いので、長期間吊るしたことで発生した香りが「匂い」として働いたのかもしれない。今回の40日間はそういう意味でギリギリという感じはした。30日間だとより一般受けする味になるのではないだろうか。
とはいえ、僕にはこの40日間熟成はバッチリです。
さて、この吊るし短角牛はわざわざ東京の芝浦に持ってきて熟成を行っている。そんなことしないで岩手県内の食肉センターでやればいいのに、と思うかもしれないけど、やってくれないんですね、こういう手間のかかることは。あんましいいたかないけど、岩手の肉業界の関係者は、自分とこの牛の価値を高める努力を惜しみなくする人と、そうでない人が入り乱れている。その一番フロントにいるのが、食肉センターだったりします。名前は言わないけど。
県外で、しかも黒毛和牛の餌を売ることをなりわいにしている荻澤ちゃんがこんな取り組みをしてくれているのが、なんだか申し訳なく思うこの頃です。もし興味のある人は宝山東京事務所の荻澤(おぎさわ)さんまで。
■宝山東京事務所
http://houzan.info/tokyohouzan/index.html
ただし料理人さんや精肉店など業者さんに限ります。個人向けは対応しきれないと思うので、ご理解くださいませ。
「吊るし短角牛は、今年の頭から試験的に始めたのですが、今は徐々に実売フェーズに入っています。当初は月1頭だったところから、今はやっと月2~3頭といったところです。
が、正直、今は使って頂いた方の声を集めながら、吊るし日数にしても、牛の月齢にしても、雌・去勢にしても、ベストを尽くそうとしているところなので、試験的な面も正直半分以上残しながら、ですね。(最初は30日と決めていたのですが、今は牛の状態によって、日数調整していくところが一番今、目の前の課題です。)どうぞよろしくお願いします!」
荻澤ちゃん頑張って!
このWebはいわゆるグルメではありません。味や価格だけではない「よい食事」とは何かを追求するためにひたすら食い倒れる記録です。私の嗜好に合う人しか楽しめないと思いますがあしからず。
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