2013年3月29日 from トルコ Republic of Turkey
さて、ようやく彼女のことを書ける。 セデフ・クバンチは、昨年のロイヤルパークホテルでのトルコ料理フェアの際に、イスマイルと共に来日した女性シェフだ。
■ロイヤルパーク汐留タワーにて、本場のトルコ料理を食べることができるフェア開催。阿佐ヶ谷「イズミル」エリフに連れられて、まだ食べたことのないトルコ料理も食べてきました!
http://www.yamaken.org/mt/kuidaore/archives/2012/06/post_1063.html
このイベントのあと、阿佐ヶ谷イズミルに出かけたらなんと彼女がやってきた。仲良くなったあと、ぜひトルコに行きたいと言ったら「ぜひうちのホテルに泊まりに来て!」と言ってくれた。それが今回実現したのだ!
そして彼女の料理が、僕の中のトルコ料理の標準値となったのである。
サルキョシュクから帰り、一時間だけ休みを取って(笑)スーツに着替え、ホテルのレストランルームへ。あれ?お客さんがいないじゃん、、、
「今日はね、あなたたちのために貸し切りにしました。」
ええええええええええええええええええええええええええ
そんなことしちゃっていいの!?
「それとね、今日のディナーはぜんぶ、助手に手伝わせないで私が仕込みました。だからぜんぶ私の味です。」
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
何というのだろうか本当にトルコ人の愛情、ホスピタリティの発露は、日本人のそれを大きく上回っているように思う。ぼくら3人のためにそんなことをしてくれるなんて、、、
しかもご覧のようにいちどに料理を並べてくれていたのだが、これはすべて撮影用。僕らが食べたのは、その際に温め直したものだ。雑誌などに掲載する料理撮影ではだいたいそのように、撮影用を特別に準備するのが普通だけれども、まさか今回もそうしてくれるとは思わなかった。ありがたくて、気合いを入れて撮りました。
阿佐ヶ谷イズミルでもメニューに載っている、チョバン・サラタスかな?
でも僕が観てきたものよりも素材がかなりこまかく刻まれている。シンプルにオリーブオイルと塩、レモンの味付けをされているが、なぜかトルコのこれは味わいが深いのだ。
お次は、出ました前菜盛り合わせ。
手前からブドウの葉でピラフを包み込んだドルマ、アーティーチョークのオイル煮、そしてナスの重ね焼きだ。
ドルマの中には羊肉だろうか、米といっしょに炊き合わせてあった。さまざまなドルマがあるようだが、一般に肉の入ったドルマは暖かくして食べるもので、肉抜きの場合は冷たい状態で食べることが多いらしい。なるほど、脂が固まると美味しくないからだろうか。
それにしてもこのドルマは日本人にとても相性の良い料理だ。米だし、味付けが塩ベースでほのかな味わいなので、しつこくない。ブドウの葉は桜の葉のような食感で、香りはもうすこし控えめなので、これまた食べやすい。
サルキョシュクでも二種でてきたアーティーチョークのオイル煮、これは本当にトルコの母なる味のようだ。
「レモンとオリーブオイル、酢と水でアーティーチョークを煮るんです。」
付け合わせはニンジン、ジャガイモ、タマネギ。これが角切りだったり、セデフのように丸く整形したり色んなバリエーションがあるのだが、基本形はこの三種のようだ。オイル煮というように、皿の底に油が溜まるような感じの皿をよくみかけたが、セデフのそれは実にしつこさがない。けれどもオイルの香りはほのかに感じる。
あ! セデフの味覚の繊細さは、日本人に近いものがあるんだ!と合点がいった。そう、ここからドドドドドンと色んなトップシェフ達の料理を食べるわけだが、帰ってきて思うのはセデフの料理の繊細さだ。塩味とオイルの使い方、スパイス使いのおくゆかしさ、そして火入れ技術がとても際立っていたのである。
だから、しつこくなりそうなナスとトマトソースのの重ね焼きも、あっさりした味わいだ。
かといって物足りないことは全くない!実にちょうどよい塩梅なのである。
あー、トルコの料理人協会がセデフを日本に寄越した理由がよくわかった。日本人が好む味付けを彼女は自然に体現しているのである!
ミートソースを小麦の皮で包んで揚げた、シガラ・ボレイのような料理。
断面をよく見ると、色んなものが入っている!挽肉の他には、リーキのような葱だろうか。
ミートソースといっても羊肉と牛肉の合い挽きらしき深みのある味わいの肉を、塩と少量のスパイスで香り付けしたような、実にシンプルかつ深みのある味わい。ヨーグルトをつけていただくと、またすこしパンチが効いた味になる。
そしてメイン料理は、やっぱり羊の肉だ!
羊のモモ肉を蒸し焼きにしたものは、本当に伝統的なトルコ料理だそうだ。
「壺のようななかに羊のモモ肉を入れて味付けをして、蒸し焼きにします。あまり火を通しすぎるとバサバサになってしまい、味も抜けちゃうから、火をどんな風に入れるかが大事なのです。今日、私はこの肉につきっきりでした」
という彼女の火入れは見事だった! ただでさえバサバサになりやすい羊の骨付きモモ肉だが、ほろりと崩れるぐらいになっているのに、肉の線維全体の水分がしっとり保たれている。ゼラチン質がねっとり舌に絡んで絶妙である。
また、羊の脚の煮込みとかは、食べ進んでいくとけっこう飽きてしまう単調さがあるのだが、セデフのこの料理は最後まで美味しく、退屈せずにたべきれた。なぜだろう!?火入れの妙の一言に尽きると思う。実はこのあと数回この料理を食べるチャンスがあったのだが、セデフの一皿を越えるものはなかった!
その肉の付け合わせになっているピラウ。干しぶどうと松の実にシナモン、オリーブオイルにミントを一緒に炊き込んだものだ。この味わいが実に滋味深い。
セデフの味はすべてお母さんの味的なものをベースにしながら、それがガストロノミーの文脈にのせてもおかしくない洗練を経ている。そのことを彼女に伝えると、嬉しそうにこう話してくれた。
「それは私が心がけていることなので、とても嬉しいです。私は8歳でキッチンに立ちました。中学校を卒業する頃には、自分は料理人になると人生を決めていました。高校から料理学校に通い、卒業後はいろんなところでキャリアを積みました。マイアミへ渡り、リッツカールトンなどで働きました。数年後トルコに戻り、ブルサという街でレストランに務めました。次にホリデイインホテルで働き、そしてこのホテルの総料理長になったのです。女性が第一線のシェフになるというのは、このトルコでも大変なことです。私もいろいろな苦労をしました、、、けれども、私は恵まれていると思います。」
セデフの料理、彼女が選んだオイルの風味、すべてが僕の味覚にばっちりとあった。
繰り返しになるが、彼女の料理を食べることによって、その前後のトルコ料理の判断をする基準がバチッと定まった。ちなみにこの感じからすると、直前にたべたサルキョシュクのシェノール・シェフの料理はやはりものすごくレベルの高いものであった。やっぱりそこには料理人の個性が出るとも感じた。
さてデザートは、これまたこの後さまざまなところで食べることになる、トルコのフルーツ「アイヴァ」のコンポートだ。
いったいなんだろう、と思っていたのだが、生の果実を見せてもらって合点がいった。花梨(かりん)である!
上に乗っているクリームチーズのごときものは、日本には輸入されていない激烈美味しいカイマック!ヨーグルトの乳脂肪分を湯葉のようにしたものだという。このコンビネーションが実に最高!控えめな甘さで煮付けられたアイヴァの強い酸味と香りが、カイマックの油分と出会うことでまろやかに膨らんでいく。
最後まで本当に楽しませてもらった!
「今日はあなたに伝統的なトルコ料理を食べて欲しかったので、そういうアプローチをしました。もしモダンな料理を食べたければ、また作りますよ!」
うん、今度はそれも食べたい!
実はセデフは、この旅のあとしばらくして、ホテルの職を辞した。そしていま新天地にて、仕事をしている。阿佐ヶ谷イズミルのエリフと僕は、彼女が日本にきたらぜひ「セデフの料理を食べる会」を開催したいと考えている。
ホンモノのトルコ料理を、本場のシェフが作る会。どうですか?食べたいでしょ?僕が大好きなセデフの料理。いつか実現したいと心から思う。
このWebはいわゆるグルメではありません。味や価格だけではない「よい食事」とは何かを追求するためにひたすら食い倒れる記録です。私の嗜好に合う人しか楽しめないと思いますがあしからず。
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