今回、厨房喜界食材卸である丸菱の大コンベンションでセミナー講師の立場で参加した。このイベント、九州最大の食材のイベントで、福岡や鹿児島からわざわざ長距離バスで業界関係者が参加する、注目度の高いイベントなのだ。だから、出店ブースも大手メーカーのものだけではなく、九州一円の佳いものが並んでいる。
ひやかしていてオオッと思ったのがこの「地あぶら」だ。 「地あぶら」というと僕は過去ログに、岩手県の大東町で菜種の圧搾絞りで素晴らしいあぶらを絞っている「工房 地あぶら」のことを書いた。
■日本が世界に誇ることができる圧搾菜種油の中でも、岩手県大東町の「工房地あぶら」のものは屈指の美味しさ。
http://www.yamaken.org/mttest/archives/2011/09/post-1781.html
http://www.yamaken.org/mttest/archives/2011/09/post-1783.html
http://www.yamaken.org/mttest/archives/2011/09/post-1785.html
ここで書いているように、僕はいまの日本の料理界における油の立ち位置に非常に不満をもっている。だってみーんな、美味しい油といえば「オリーブオイル!」というんだもん。
「地域の美味しい野菜を、オリーブオイルでサッと炒めてゲランドの塩をぱらっと振って、、、」
なんてのが一番安易で、僕が大嫌いなパターンだ。なぜオリーブオイル?(しかもなんでゲランド?)あんなに香りが強い油、なかなか他にないぜ。それなのに「この香りが素材の味を引き立てて」というけれども、果たしてそれ以外の油を使って、その中から選んだのかい?そうまでしたなら拍手するけど、ほとんどの人は油に関してはそれほどの追求をしてない。
菜種油はみなが「匂いがきつくて使いにくい」という。けど、それホント?オリーブの「香り」はよくて、菜種は「匂い」なの? 本当に丁寧に焙煎して圧搾された菜種油を味わったことがあるの?と言いたいのだ。
菜種は大根やキャベツと同じアブラナ科作物である。この種子を煎った時に立ち上る香りは実に香ばしく、中華料理屋でキャベツをグワッと高温で炒めるときに立ち上るあの美味しそうな香りそのもの。これに、具合によってはハチミツのような綺麗な香りが立つ。クチに入れるとさらりととけるのは、オリーブと同じく不飽和性脂肪酸が多いからだ。
で、ぼくは工房地あぶらを応援しているわけだが、この九州でまた同じように、小さい規模で地域の菜種を圧搾絞りしているメーカーに出会えるとは思っていなかった。
「じつはうちでは、菜種の栽培も自分たちでやってるんです」
マジ!? そいつはいいな、本当にここ熊本の味ということじゃないか! 細かく言うとこの堀内油屋は熊本の八代市にあるメーカー。60年前に彼のおじいちゃんが始めたそうだ。その頃から使っている圧搾機で、化学溶剤を使わない昔ながらの絞り方を続けてきたそうだ。絞った油は温水洗いをして不純物をとり、和紙で濾過するだけで、それ以外の香りをいじったり抜いたりすることは一切していないという。
「工房地あぶらさんのことは知っておりまして、油の名前に地あぶらという言葉を使うのは怒られるかな、とも思ったんですが、、、」
いや、向こうの場合は商品名が「まごどさ」とかだから、いいんでないの?そんなことより同じ三十代なんだから、仲良くして東西でいい油を追求してくれればいいのだ。第一味わいに大きな違いがある。東北の油はもっと花の香りが立つ。熊本の油は味わいがドンと拡がるフルボディ、しかし舌に油べっとり感は全く残らない。
宮崎からこの日来てくれた有名ケーキ店「ゴローズ」のマダムも、「これは油って思えないです、すてきな香り!」と感心していた。
そうしたら! 今回のフェアのヘルプをしてくださっていた、ホテル日航熊本の千々松シェフは「前から使ってるんですよ、とても魚介との相性がいい!」とおっしゃるのだ! そんで、前日夜に他のブースからいただいていた石鯛(これまた絶品)のカルパッチョをやってみようということに。
そのとき岸本さんはこう言っていた。
「刺身に醤油っていうけど、醤油の味って濃いから、魚の旨さじゃないですよね?カルパッチョのほうがオリーブオイルに塩で、素材の味が引き立つよね」
え、それじゃ、菜種油使ってみませんか、きっとオリーブより合うはずだよ、だって日本の油だもん。そういう話をしていたのだ!さて、実験実験。
手前の、薄くひいた石鯛を醤油につけていただく。ブリンブリンと身がいかって歯触りがいいのに加えて、一日寝かせたことで旨味も適度。しかし、やっぱり醤油はそれ自体の個性が強すぎる。
次にオリーブオイルをかけて塩。オリーブの果実味がさわやかで美味しい。けれどもその香りは確実に魚とは異質。旨いけど、魚の味は消していると思う。
さあそしてこの菜種油。
やっぱり読みはあたった! アブラナ科特有の香りは魚の香りや味わいを邪魔しない!すっとなじむのだ。それはそうだろう、江戸時代から日本人は、行灯の火をともすときにこの油の香りをかいできた。つまり慣れ親しんでいるのだ。
「いやー 菜種油が無茶苦茶あうね!」というのが全員の一致した意見。
そういえば先日、イギリスのジェイミー・オリバーが番組でスモークしたサーモンをほぐし、クリームチーズと混ぜたディップを造り、その上にちょいと強い黄色の菜種油をかけて出していた。それをみて僕は嬉しくなると共に恥ずかしくなった。なんで日本ではこれをやらんのだ。
ちなみにその際に千々松シェフが「油でしゃぶしゃぶするとまた旨いんです。一分だけ石鯛を油に漬けてみてください」と、58度設定のオイルバスのなかに切身を入れる。
引き上げてみると、生っぽいのに火が通っているような感じ。口に入れてビックリ!身の弾力はそのままで、旨味がものすごく大きくなっている。でも火が通っているという感じではなく、生っぽい感覚は残っているのだ!
これはおもしろい~! 最近、料理の世界では50度洗いとかいろいろ温度の妙ともいうべき革命がいろいろ起こっているが、もっと奥が深そうだ。
堀内君は三代目、30代なかばでこれからを担う。ごま油やエゴマ、椿なども絞っている。これからが楽しみだ。九州のハイクラスのレストランでは、この九州の香りをどんどんつかって欲しいと思う。
堀内君、こんど絞るところを見せてね。
このWebはいわゆるグルメではありません。味や価格だけではない「よい食事」とは何かを追求するためにひたすら食い倒れる記録です。私の嗜好に合う人しか楽しめないと思いますがあしからず。
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