北海道は十勝の清水町において、十勝若牛(とかちわかうし)という、なかなか他にない、面白い牛肉の取り組みが実を結ぼうとしている。
十勝若牛はホルスタインの肉だ。この日本で育てられている肉牛の25%程度がホルスタイン、もう25%がホルスに黒毛の精液をつけたF1だ。つまり、赤身の多い国産牛を買うと、ほぼそれはホルスタインか、半分ホルスの肉ということになる。日本で最も食べ慣れた肉、といっていい。
しかし十勝若牛は、普通のホルスとは違う。若牛というだけあって普通より若い月齢で牛を肉にする。乳用の牛であるホルスは生育が早く、早ければ20ヶ月齢くらいで出荷できるようになる。黒毛でよいものを出そうとすると25ヶ月以上はかかるので、ホルスはかなり早いわけだ。そして、十勝若牛はさらにもっと早く、14ヶ月齢で肉にしてしまうのだ。
そんなに若い牛だと、味けがないのではないか?と思う人もいるだろうが、そこが面白いところ。14ヶ月というのは絶妙なバランスのとれた月齢で、写真をご覧になって驚くと思うが、意外にサシが入り、肉としての旨味もしっかりある状態なのだ。
そして、大きな違いとしては「クセがない」ということ。牛肉にはクセがある。そしてホルスタインには独特の癖があって、それを好まない人も多い。しかし、14ヶ月齢のホルスには、そのクセがあまり発生しないのだ!
だから、腹一杯たべても嫌気がささないのだ! 例えばすき焼きをするとき、黒毛のA5の肉なんかだと三枚で嫌になってしまうけど、ホルスなら五枚は大丈夫だとする。それなら、十勝若牛であれば10枚くらいは美味しく食べられる!というわけだ。
ホルスタインは乳用種だから、オスが生まれてきても乳を出してくれない。だから、すぐに肉牛として肥育する農家のところにもらわれてくる。ホルスの子も生まれたばかりだと本当に可愛い!
ちなみにこの農場は、十勝若牛の生産者のなかでもバキバキに尖ったかっこいいオヤジ、表(おもて)さんの牧場だ。
このとおり怖そうな人だが、じつはとっても優しいおっちゃんなのである(笑)
牧場は広大で、ここで1000頭クラスの十勝若牛の生産をしている。
さっきあんなに可愛かったホルスの子が、10ヶ月前後でこんな迫力のある牛になるのだ。
ちなみに乳用種の牛は、なんとなく小さいのではないかと思うだろう。けれどもホルスタインは黒毛よりもドカーンと体高がある。肉牛は骨が細く、どちらかといえば横に太る感じ。ホルスタインは骨太で上に伸びていくかんじだ。だから、けっこう威圧感があって怖い(笑)
興味津々でこっちをのぞき込んでくるんだけど、ド迫力なのだ!
この十勝若牛を一手に引き受けるのがJA十勝清水だ。北海道のJAは独立心が強いところが多いのだけども、ここ十勝清水のチャレンジスピリットもすごい。極真空手の猛者でもある岡田部長がいるからだろう。
岡田さんとは、京都の焼肉南山で出会って以来だが、実に素晴らしいお人柄。自分の管内の農家のために、どうしたら負担を減らしつつ商品性の高い肉を作り出せるか。それを追求して、この十勝若牛に至ったのだ。
JA十勝清水は巨費を投じて処理施設を自前で作った。だから、十勝若牛は100%、専用の工場で眼に見える形で処理されている。
この十勝若牛を美味しく食べられる店が、、、清水町の中でたくさんある!まずはその一店である「韋駄天」へ。実はここは蕎麦屋さんなのだが、、、
出てきたのは、蕎麦ではない!(笑)
まずは若牛を炙った握りを食べて驚くしかけだ。なんといっても牛肉のあの強い、いいようによってはくどい風味がない!寿司としてあっさり食べることができる肉質。でも、旨味は十二分にあるのだ。
これを、豆乳鍋にするのももちろんよく合う。
しかし一番感動してしまったのはコレ。
この店が十勝若牛のために独自に編み出したすき焼きだ。これ、一枚一枚を割り下で、火の通り具合をみながらやる必要がある。というか初めてだと無理!仲居さんにお願いするのがベスト。
この十勝若牛すき焼きの鮮烈な美味しさには、本当に驚いてしまう! 若牛はそのイメージ通り、とても柔らかい。口に入れるとクンニャリと心地よい感触、そして噛むと旨味のジュースと割り下の醤油味が合わさる!しかし、普通の牛肉ならここで「クセ」も出てくるので、それが蓄積されていってある時点で「もういいや!」となってしまう。この若牛にはそれがないのだ!永遠に食べ続けた~い!!!!!!!
さて、この十勝若牛はJAだけが頑張って販促しているわけではない。清水町あげて応援態勢が敷かれている。
北海道上川郡清水町は、十勝管内にある農業の町だ。畑作と酪農、養鶏が盛んといえば、米以外のほとんどのものが盛んに作付けされているということになる。ただし、農業が盛んな十勝では「○○町はナガイモ」、「○○町はジャガイモ」というように得意品目がはっきりしていることが多い。清水町は「何でもできるけど、中途半端」というイメージで見られたりすることもあるらしい。また、来年秋には自動車道が札幌などから伸びてくるのだけど、地域の人たちからすると「通過される町になっちゃう」という危険を感じているそうだ。
「だから、ここで清水町を盛り上げるような、清水町にわざわざ人が来たいと思ってくれるようなことをしなければならないと思ったんですよ!」
と力強く言うのは清水町役場に務める吉田寛臣さん。この人が仕掛け人となって、町を挙げて「牛玉ステーキ丼」というご当地グルメを創り上げたのだ。
卵形の白い丼には、つやつやの白飯にふんわりシットリとじられたスクランブルドエッグ。その上にはなんと、牛肉のステーキを切ったものがドカドカッと散らされている。こんな取り合わせ、他ではみたことがない!
卵と肉片と白飯をつまんで口に運んでみると、、、おおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!卵にはしっかりと味がついているんだけど、それがなんと甘やかな味噌味なのだ。その味噌の旨味とがっぷり組むステーキ肉がまた佳い!口に入れると溶けちゃうような脂ぎったものではなく、噛みしめるとキュワンッと柔らかく歯を押し返してくるような、なんとも魅惑的な食感。その奥から美味しいジュースがシュッとにじみ出てくる。
味噌の風味と卵の美味しさ、そして魅惑的な歯ごたえの牛肉の存在感で、一気呵成に丼を空けてしまった、、、これが、北海道は十勝の清水町で売り出し中のご当地グルメ「十勝清水牛玉ステーキ丼」なのだ。
実は清水町の特産物はすごく幅広い。清水町は酪農の規模が大きいので、ホルスのオスも多く生まれる。だから、道内二位の肉牛産地なのである。そして鶏卵の生産も道内第三位。醤油や味噌の原料になる大豆産地としても有名だ。
「町内の飲食店さん達が集まってメニュー提案を何回も繰り返しました。その結果、牛肉をカットして焼いたステーキと、ふわふわスクランブルエッグを組み合わせた丼に行き着いたんです。味付けは帯広の豚丼の醤油味を意識して味噌味にしました。」
実は牛玉ステーキ丼と名乗るには厳密なルールがある。牛肉は地元の「十勝若牛」のロースを使い、米や鶏卵も地元産。味付けは味噌でし、卵には地元の食材を自由に合わせていい。料金は1000円以下、などなど、、、
「現在、町内の9店舗で牛玉ステーキ丼を食べることができるんですが、発表以来大人気なんです!手間がかかるし、いい材料を使うので儲けが少ないので、どの店も一日に限定数しか出せないんですが、どこも注文数がすごいとききます。」
うん、これは奇をてらったものではなく本当に美味しいから、それは当然ですよ!だってね、立派なステーキ用の牛ロースを焼いて、カットしたものが乗ってるんだから。それで1000円以下なんだから、、、これぞご当地グルメのあるべき姿だ。
ちなみに僕が食べたのは、これまたおそば屋さんの「目分料」(めぶんりょう)というお店。
牛玉ステーキ丼はすぐに売り切れちゃうらしいので、ランチ時に早めに行って注文すべし!
そしてもう一店、十勝若牛を美味しく食べることができるお店が誕生した!
あれっ!?生産者の表さん、どうしたの!?
「いやこれ、石組みの蔵なんだけど、取り壊すって言うんでもったいなくて、俺やダチがみんなで金を出し合って店にしたんだ。みんなで集まる場所になればいいやって。」
なんとも豪儀だよね、、、おれも遊び場を作ってみたいよ(笑)
さてこの石倉家(いしくらや)、中に入るととってもシック!
もちろんメニューには、おもて農場の十勝若牛が!
しかも、200gで1000円ですぞ、、、どう考えても安いです。
まあでもいい加減なものが出てくるんじゃないの?と思う人、いえいえわたくし、確認しました。
えっらく本格的に200gのステーキがどかーんと出てくる!
実はこの店、帯広のフレンチレストランの指導を受けた若い女性がシェフをしている。そのレシピがしっかりしているのだろう、このソースなどが実に十勝若牛の特性を引き出していて、旨い。ご飯が進むステーキなのです。
もうひとつ特筆できるのがハンバーグ。
これがまた、絶品なのですよ、、、世の中、ピンクスライムみたいな混ぜものするハンバーグも多いけど、ここのは一切なし。ぜひ食べてみて欲しい。
ということで、なんでこのタイミングで十勝若牛のことをドドドドッと書いたかというと、JA十勝清水の岡田さんから、二年間にわたる十勝若牛の研究プロジェクトがめでたく終了したという連絡をいただいたからだ。この間、獣医の松本大策さん、帯広畜産大学の口田先生などが関わり、十勝若牛の肉質向上のために研鑽を重ねてきた。その成果がばっちり出ているという。
ということで、この十勝若牛、もっと世に出て欲しい。まだ試したことがないバイヤーさん、飲食店さんはぜひJA十勝清水に連絡を。ちなみに、、、すっごく安いんだこの肉。だから安心して、連絡してみて欲しい。その代わり、JA十勝清水の言い値を叩いちゃぜったいにダメ。そういう人は連絡しないでくれ。
心ある人にのみ食べて欲しい、そんなお肉だからね。
このWebはいわゆるグルメではありません。味や価格だけではない「よい食事」とは何かを追求するためにひたすら食い倒れる記録です。私の嗜好に合う人しか楽しめないと思いますがあしからず。
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