2011年9月 6日 from 首都圏
ウナギを食べるなら2000円以上して当たり前、だって貴重な魚なんだもん。極端に安い価格で出すお店には行っちゃダメ!本当にそう思う。だってウナギはいまや絶滅危惧種になりかけているんだから。
しばらくまえ、料理人の会で講演を頼まれた。いつものごとくに言いたい放題やったのだけれども、水産物や農畜産物の世界にもこれからは「エシカル=倫理的」という評価項目を入れなければダメだという話をした。
欧米はすでに畜産物や水産物に対して、美味しさや安全性以外にも重要な基準を設定するようになった。例えばここに書いたホールフーズの畜産物の5ステップや、以前ここで書いた、サステイナブルシーフード研究会でやっているような水産物の話など。
日本は道徳観や倫理観の強い国と思っていたけど、いまのところ食資源についてはこうした発想が遅れ気味だ。そういう話をしたのだけれども、全体の食いつき自体はそれほどよくなかった。
しかし! 講演中からズーッと強い目線をくれていた人が居て、終了後に積極的に話しかけてきてくれた。それが日本橋の老舗鰻屋「いづもや」の若旦那である岩本公宏さんだ。
「やまけんさん、今日の話はすごく参考になりました!でも、、、僕のやっている商売は、実はサステイナビリティが確保されていない分野なんですよ、、、」
ああっ そうか、ウナギかぁ、、、 これは非情に難しいテーマだ。
識ってる人はよく識っていると思うけれども、ウナギはいまやその資源枯渇が危ぶまれている魚だ。
日本人が昔から食べてきたアンギラ・ジャポニカと呼ばれる日本ウナギは、いまや養殖で食べられることがほとんどだ。現時点ではその養殖の方式は「稚魚を捕ってきて、大きくなったら食べる」というもので、これは資源枯渇につながりかねないものだ。本当は「稚魚を捕ってきて、産卵させてから食べる」という方式にしなければいけない。
つまり、魚が自然に卵を産んで孵らせて、成魚になるまでのサイクルを壊さないように、適度に獲る分には資源は減らない。問題は、いまの漁船や網の性能は非常に高くなっていて、小さな船でも広い海域の水産物を根こそぎ獲れてしまうくらいになっているということだ。網も、その網目の大きさなどを小さくすると、本来は来年獲るべき稚魚まで獲れてしまう。でもそうした小さな魚は商品にはならず、むざむざと捨てられる運命にある。
ちょっと横道にそれたけど、ウナギはその最たるものだ。残念なことにウナギの完全養殖はビジネスとして成立する段階にほど遠いらしいのである。なんつったって生態がよくわかってない。先日、ようやくマリアナ海溝付近でニホンウナギの稚魚が孵化しているということがわかったくらいなのだから。
ちなみにEUでは、ニホンウナギとは違う種のウナギがいるわけだが、これがもう枯渇しそうな状況で、積極的な保護政策をうちたてている。もちろん、ヨーロッパウナギが減少した大きな理由の一つが、日本の企業がヨーロッパウナギを中国に持っていって養殖し、安い蒲焼きなどで販売していることである。日本は、ビジネスとはいえかなり他国の水産物に迷惑をかけている。原発事故による海水の放射能汚染まで含めると、本当に日本は水産国といえないような所業をしてしまっているといえるのだ。
「そういう状況なんで、私たちも本当は漁獲制限をするとかした方がいいとは思っています。けれども、そうなって販売量が少なくなると、我々ウナギの業界としてはすごく困ってしまうと言うのも事実なんです」
ふうむ、、、ホント、これは大変なことだ。
減少した水産資源は、しばらく獲らずにおけば復活する。秋田県民が大好きなハタハタという魚は、1980年代に乱獲による影響で漁獲量が減ってしまった。そこで、90年代に3年ほど全面禁漁を行った。とはいえ、近県である新潟や青森では獲られていたわけだけど、それでも資源はかなり復活し、いまは心配なく食べられるようになっている。
けど、その間、ハタハタを原料とする仕事をしている企業は大変だったはずだ。僕もこの時期、秋田に講演に行った際に料亭でハタハタの塩焼きをいただくときに「これは今や高級魚です。一匹2000円します」と言われて、思わずへへーっと平伏しそうになったことがある。これが、日本全国津々浦々で愛されているウナギになったら、、、鰻屋さんはやっていけない!
だから、乱暴だけどこう思う。
ウナギの完全養殖技術が軌道に乗り、また天然ウナギの資源量が回復するまでは漁獲制限するべきだ。ただし前面禁漁ではない。その間、一定量のウナギ獲るものの、それを取り扱いできる人・店を制限する。それはモチロン、これまで長くウナギ専門に商売をしてきた飲食業者であって、安い輸入養殖ウナギを量販していた小売店や外食チェーンはダメ。
当然、ウナギは高くなる。けれどもそれは当然のことじゃないだろうか。ものの値段は少なくなれば高くなる。ウナギはもうそういうレベルになっているのだ。
「庶民には手の届かないものになってしまうではないか!」
と言う人が必ず出てくるけど、庶民とか関係ないですよ。そうでもしないと絶滅しちゃうんだもん。ただし、目標として設定した資源量の回復が認められたら、それに応じて価格が安くなっていくように誘導するという何らかのオプションをつけることは必要だ。
と、僕は現時点ではそう思っている。思いつつ、ありがたくウナギを食べてますゴメンナサイ。その代わり、ちゃんとした店でそれなりのお金を払って食べること、これが自分の戒めにもなる方法だと思う。
で、「いづもや」だ。
日本橋の三越本店に行く人なら、地下一階のイートインブースに「いづもや」が入っているのを知っているだろう。あの本店が、三越をでて神田側に歩き、通りをひょいっと曲がってしばらくのところに本店がある。
本店は座敷のみで、テーブル席は横に廻ったところに入り口がある。
実はこの日は奈良のイ・ルンガのオーナーシェフ・堀江純一郎君が東京にいるというのでメシを誘ったのだ。
座敷にて岩本さんをご紹介。
奈良市というロケーションにもかかわらず、いまだに店は絶好調。近くの商業施設内にカフェも併設したらしい。もちろん料理からお茶に至まで、できあいのものは一切使わず。ジェラートだけは信頼できる業者さんのところで製造してもらっているそうだが、それもばっちりレシピや素材を自分でセレクトしているとのことだ。
「よくカフェに入るとさ、アイスティー頼むと紙パックからチョロッと入れて600円とかだろ?あんなのふざけんなだよ!」
いや全くその通りです。こんど食べに行くわ。いつかこいつのカレーを食ってみたいと思っていたんだけど、カフェメニューにはばっちりあるらしい。
「もちろんスパイスから俺が調合してるスペシャルだからね」
うん、うん、そうだろうな。
さてこのエントリは堀江君エントリではないんであった(笑)
この店のウリである、あっさりしつつも静かなコクのある、おちついたタレの重ね塗りによる肝焼き。
そして、ここにきたらこれを食べなきゃダメ、がこの「生醤油焼き」だ。
蒲焼きではなく、白焼きでもなく、香りと旨みの強い生醤油をさっと塗って焼いたこれが実に美味しい。
蒲焼きのタレはは醤油に酒やみりんといった、それだけで旨みの濃いものが原料であり、これに毎日焼いた蒲焼きをドボンと入れることで、ウナギの焼き汁がどんどん入っていって熟成されていく。だから変な話、タレだけご飯にかけたって美味しい。
けどこの生醤油焼きは、白焼きよりもウナギの個性がわかるようなそんな焼き物になる。常連さんの多くが「生醤油焼きをご飯に載せてどんぶりにしてくれ」というらしいが、それもよくわかる。甘さがない分、先鋭的な味になるのだ。
う巻きを挟んで、でました鰻重!
写真はリコーGXRで撮影しているが、他の日に撮ったニコンD700の写真も掲載。
そういえばこの時D700につけていたレンズはツァイスのマクロプラナー50mmだ!圧倒的にウナギが色っぽいぜ、、、
なんか、本当に大切なものをいただいています、という感じがする一品。タレはあっさりしているので、インパクト重視の人には他の店の方がいい。けれども、鰻の持つ滋味をじんわりじんわりと味わうのなら「いづもや」がいい。
美味しゅうございました、、、
実はこの「いづもや」岩本さんが密かに温めている、ある食べ方がある。食べ方というか料理というか調味料というか、、、その試作品を僕は食べさせてもらった。驚愕した! 通でもないのに鰻の歴史に新しいページが加わるのではないか!?と興奮してしまったくらいだ。
その料理が日の目をみることができますように、、、それには鰻の資源が回復しなければならない。
安い鰻を買うのはやめよう。牛丼チェーンなどで廉価な鰻丼を食べるのはやめとこう。だって買うと言うことは、その商品の背景を肯定し、サポートすることだからだ。たまに、お金出してよい鰻を食べるにとどめよう。もはや食べること自体が罪に近いけど、食べることはやめられないから。鰻は元来、ありがたい食べ物。滋養に満ちたこの魚、あるべき価格で支持しよう。と、そう思う。
このWebはいわゆるグルメではありません。味や価格だけではない「よい食事」とは何かを追求するためにひたすら食い倒れる記録です。私の嗜好に合う人しか楽しめないと思いますがあしからず。
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