2011年8月12日 from イベント
さて時間は戻ってサミット当日である。ランベリーの岸本シェフの5種食べ比べの後、キッチンは龍吟スタッフによって埋め尽くされた!
実は山本シェフの誕生日パーティーの夜、ビックリするようなことを言われたのだ。
「サミット当日は店をクローズして、フロアスタッフも全員参加!になりましたからね!」
えええええええええええええええ? マジ? 冷や汗が流れちゃうよ! 世界の龍吟を一日休ませてしまった、、、店の一日の稼ぎからすれば、サミットで支払うことができるのは本当に微々たる報償費である。しかも忙しい中、試作からなにから追いかけて時間をとらせてしまっている。それなのに営業日を一日つぶしてくれるなんて、、、これを聴いた日は本気で身震いしてしまった。
だからこの当日、白い調理服に身を包んだ調理スタッフ以外に、龍吟の店内でみかけるあの黒服の人達までもが、配膳のためにやってきてくれたのである。
さて、今回彼らが料理してくれた部位はシンタマ。牛の大きなモモ肉の中では硬い方に入る部位だ。これを山本征治がどのように料理するのか?岩手県も高知県も熊本県も、みな「本当にシンタマを使ってくれるんですか?」と念押し。それほど意外なチョイスといえる。ちなみに先頃、僕の短角牛である国産丸を食べる会を開催してくれた東京バルバリの小池シェフも、シンタマの料理に最も気合いが入っていたと思う。料理人にとって、これをどう食べさせるかということはかなり意欲をかき立てられるということなのかもしれない。
そのシンタマに山本シェフがどう向き合ったか。料理メニューが決まった、という連絡が、シェフ自身からもたらされた。
「あの~やまけんさん、松茸使ってもいいですか?」
むむっ松茸!?実は先にスーシェフから試作段階の料理の写真が送られてきた(きちんとライティングされた、綺麗な写真であった!さすが、自分の店の打ち出し方を大切にしていると思った)のだけども、そこには火入れしてスライスしたシンタマと、なにやらキノコを何重かに重ねあわせた料理が。むむ、これシイタケ?なわけないか、でも松茸?と思ってたんだが、やっぱり松茸かぁ~!
「大丈夫だいじょうぶ、50人分だったらそんなにむちゃくちゃな値段はしませんよ!」
と笑いながら、山本シェフが料理の説明をしてくれたのだ。
「あのですね、シンタマは確かに少し堅めの食感ですけれども、これを無理矢理やわらかくするような事はしません。煮込んだりしたら持ち味も抜けちゃうかもしれませんからね。そうではなくて、食感の強いシンタマには、やっぱり食感の強いものを合わせていきます。タケノコみたいな歯触りのいいものを口にすると、人はかみ応えのあるものを欲するものなんです。それが日本料理のアプローチだと思うんですよ。」
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
あんたはどこまで素晴らしいんだ! 日本のメディアで垂れ流されている「やわらか~い」「あま~い」というようなステレオタイプな美味しさ表現の対極を向いた、レベルの違う方法論だと感じてしまった!
「だから、温かい料理では熊本のあか牛に、同じく熊本の天草産の緑竹(りょくちく)を合わせるんです。あ、そうそう、もう一つお願いがあってね、くまもとあか牛のシンタマにはソースをかけようと思うんです。それに牛のアキレス腱を煮込んだものを使いたいんですけど、あか牛のアキレス腱5kgって手に入りますかね?」
なぬぅうううううううううううううううう
識っている人もいるだろうが、通常の正肉部分と内臓肉の扱いは全く別で、肉は手に入っても内臓は手に入らないことが多い。また、と畜場ではあか牛ばかり処理するわけではなく、むしろ黒毛和牛を処理するラインにあか牛が割ってはいるようなことが多いらしい。なので、あか牛のアキレス腱だけを集めてもらうのは至難の業だ。ただ、「だいたいこの辺の時間帯ではあか牛を集中的に割る」というタイミングがあるはずなので、できるだけそういう時間帯を狙ってアキレス腱を集めてもらうよう、熊本県にお願いをしておいた。
「よかったぁ! 実はね、今回、アキレス腱をとろとろになるまで煮て、それをフードプロセッサーでソースにして、温かいシンタマの上からかけるという料理をしたいんですよ。だからできるだけ、アキレス腱もシンタマも同じ素材から出来ていることが望ましいんです。」
アキレス腱ソース????? あなたはいったいどういう経路でそんな発想にたどり着いたの?と意識が混濁するワタシ。しかし面白い! 熊本県からもナントカするという連絡をいただき、とりあえず素材の準備は整ったのである。
刺身を引くように、シンタマの肉の繊維を断ちきり、綺麗なスライスに引いていく。
ちなみにこのシンタマ、すでにこの時点で火が入っている。肝心の肉にどのような火入れをするか、これが龍吟スペシャルともいうべき「オイルバススターラーを使った均一な火入れ」なのである。
「火入れにはオイルを大きめのバットのような容器で循環させながら温めるオイルバススターラーを使います。油を満たし、60度の設定にして肉の塊をドボンと入れておくと、数時間かけて芯温が60度に暖まります。真空調理でお湯を使う方法もありますが、これだと均一に60度にはならないんです。それに真空パックすることで肉汁が逃げてしまう。オイルバススターラーだと、肉の内部から何も逃げ出しません。」
実はこの方法、昨年の赤肉サミットでランベリーの岸本さんが創作料理に使った技法。山本シェフと親交が深いことから、技法を教わったという。そして均一な芯温の仕上がりをみて油から引き上げ、表面を意図する加減で加熱する。
通常、肉を加熱する場合には外側から強めの温度を入れて内部に浸透させ、仕上げるものだけれども、これはまったく逆を行く方法だ。内部温度を理想的な状態にしたのちに、表面を好きな具合に仕上げるということ。これにはいろんな意味合いがある。
柴田書店の専門料理編集長である柴田さんと山本シェフとの会話の中でも、「肉の焼きかため」の話が出ていた。つまり、よく料理本をみると「まず肉の表面を焼き固めて、肉汁や旨みを逃さないようにします」と言うことが書いてある。しかし実は、
「どれだけ表面を焼いたって、肉汁はしみ出すものなんですよね」
というのが真実だ。焼き固めるといったって微細な隙間はあるのだし、内部温度が上がって肉のなかの自由水が活発に対流するようになれば、汁は染み出てしまう。
では、誰もが無意識に行ってしまう「焼き固める」というのはどんな意味があるのか?肉のタンパク質が高温にさらされると、アミノ・カルボニル反応などのタンパク質変性が起き、それまでに無かったアミノ酸(旨み)や香りが発生する。焼き目がつかないように肉を加熱しても旨み成分は発生するらしいが、焼き目をつけるとその何倍もの味と香りが発生するわけだ。しかし、焼き目がつくくらいの温度になると、水分は蒸発し、肉の線維は強く引き締まっていわゆるウェルダンになってしまう。だから、表面部分はよく焼き目がついているが、内部は本来の肉の旨みが活性化する55度くらいに加熱され、生肉時の柔らかさと水分が保持された状態にもっていく。これがステーキなどの上手な焼き方とされている。
けれども、「表面の美味しさ」と「内部の美味しさ」のバランスは人によって違う。表面の焼き具合が強すぎると、肉本来の素直な美味しさや香りは感じにくくなる。逆に表面の焼き目部分の美味しさが好きで、レアな肉は好きじゃないという人もいるだろう。
「それをコントロールする理想的な方法の一つがオイルバスなんですよ。」
ということなのだ。カンテサンスの岸田シェフが、肉の塊をオーブンに数分入れて、数分出して寝かせて温度を浸透させ、というのを二時間くらい繰り返して均一な火入れをしていくのも、やり方こそ違えども自分の理想とする火入れ状態に持っていくための方法だ。ここ数年で日本の肉の火入れ技術は大きく進歩しているのである!
さてその理想的に温まったシンタマをスライスし、松茸などと共に鉢に盛りつけていく。
そして完成したのがこの料理である!
■短角牛と焼松茸 夏野菜の爽やかなお浸し 青柚子の香りと共に…
ちなみにこの冷菜には例の「食感のある食材」は使われていないんじゃないか、、、と思ったら、使われていた!茶色いチップス状のものだ。
「あのですね、これはエリンギを揚げて水分ぬいてチップスにしたんです。エリンギって食感はあるけど、味は旨くないでしょ~?けどね、ここまで脱水して凝縮すると、いい味だすんですわ」
おおおおおおおおおお、本当だ! 僕は司会進行をしながらあいまをみてババッと食べてしまったが、シンタマが少し冷やされてぎゅっと引き締まった食感になっているところへ、このエリンギチップスのカリポリ感が割ってはいることで、シンタマを噛みしめることが実に自然に感じる。料理名には書かれていないがミツバが使われており、これもシャクシャク感が見事にマッチする。そこに松茸の香り、ポン酢の酸味と塩味が縦走的に入ることで、いきなり立体的な世界が屹立する。
美味しい、、、
静かに美味しい、、、と残心してしまう料理である!
しかしそれで終わりじゃないのだ、すぐさま龍吟チームは次なる「温菜」の調理に入る。
上の写真の一番手前にある雪平鍋にはいった茶色い物体がアキレス腱だ!こちらはフードプロセッサーにかけず形と食感を残したもの。その左に半分だけ写っている鍋が、フードプロセッサーにかけてソース状にしたアキレス腱のエキス。これにやはりポン酢で味を決めていく。冷菜・温菜どちらにもポン酢が重要な役割として使われているが、これはやはり牛肉という味の強いものに対して、酸味と香りを併せ持つポン酢こそ拮抗しうる調味料ということなのだろう。
この料理のシンタマは若干厚めにスライスされた後、拍子切りのように細くカットしていく。そこへアキレス腱ソースがかけられる!
■赤牛と緑筍の山ワサビ仕立て 液体アキレス腱を絡めて 香り野菜を添えて…
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
素晴らしきプレゼンテーション!この写真のシンタマの色をみるだけで、どんな火入れ状態になっているかがよくわかるではないか!
この料理では丁寧にヒゲ根をカットしたもやしと緑竹が、やはり食感パートをカリポリシャクッと受け持っている。アキレス腱ソースは、液体部分はトロリとしながらも、形を残した部分がヌチーッと歯にくる。そうなると、細切れのシンタマをギュワッ、ギュワッと噛みしめるのが「楽しみ」になってくる!
これが日本料理 龍吟 山本征治シェフの、牛シンタマへのアプローチだった!
料理の説明を微に入り、細に入りしてくれる山本シェフ。あ、この間に僕は画面の外で料理を食べてます(笑)
「なんでも聴いて下さい!」
と、技法も思想もすべてあけっぴろげにしてくれる山本征治。客席からは「うーんこれは反則だ、やり過ぎだ、旨い!」という声が(たしかロブションの渡辺シェフ)。京都の瓢亭・高橋義弘さんからも先の冷菜について「食感の重ね方がとてもよくて、美味しくいただきました」と。
産地の人達は大興奮。
「まさかこんな使いにくいであろうこの部位を、しかもこんな食べたこともない味で!」
関係者は着座するスペースが全くないので、皿にはいったものを横のデスクに置いてみんなで爪楊枝でつついて試食するしかないのだが、みな順番にものすごい表情で食べていた。おそらくどの産地の人もシンタマをこんな風に調理したことはないだろう。この料理の衝撃は今後、語り継がれていくだろうと思う。
このあと、各テーブルのディスカッション内容を発表してもらったりしたのだが、それはまた違うエントリで。
サミット終了後、ランベリー岸本チームと龍吟チームが大急ぎで片づけ。その間も様々なシェフと語らっていた山本シェフだが、帰り際にギュッと握手してくれながら、驚いたことを言うのだ。
「やまけんさん、すっごく楽しかった! 来年もやろうね!」
えっ?
このときはリップサービスしてくれてるんだろう、と思ってた。だって、一日の営業を休むに値する営業補償には届かない報償、スタッフへの負担も重いこんな企画、一回でこりごりだろうと思ったのだ。しかも、彼が渾身の力で作ってくれたこの二品の料理を説明してもらう時間は、正直足りなかったと思う。シェフはもっと話したかったはずだし、会場のみんなと意見交換したかったはずだ。けれどもサミット進行のため、そこの時間を十分にとれなかった。申し訳なくてもうしわけなくて、本当にごめんと思いながら僕も進行していたのだ。
それなのに、このサミットの翌日、お礼のために電話をしたのだ。そうしたらまたもや言うのだ!
「来年も絶対にやりましょう!」
マジでいいの???
そのまっすぐな気持ち、俺にとって最高のごちそうです。今回、あか肉サミットの創作料理を通じて、貴方と知り合い仲良くなることができたことが、人生の宝物の一つとなりました。貴方の、料理に対する真摯なとりくみと、ときに子供のようにすべてを楽しむおおらかな生き方にとっても刺激されました。
山本征治さん、龍吟スタッフのみなさん、このたびは本当にありがとうございました。心より感謝しております。そして、、、来年もよろしく!
このWebはいわゆるグルメではありません。味や価格だけではない「よい食事」とは何かを追求するためにひたすら食い倒れる記録です。私の嗜好に合う人しか楽しめないと思いますがあしからず。
本サイトの著作権はやまけんが保持します。出版物・放送等に掲載される場合はご連絡を下さい。トラックバックはご自由に。