TPPの問題は日本人一人一人が考えなければいけないことだぜ。 製造業vs農業という構造でTPPを考えることはおかしいことだ。TPP論議で最も重要なことは「農業」ではなく、日本人のこれからの「たべもの」をどうすべきかという視点のはずである。

2010年11月 4日 from 日常つれづれ,日本の畜産を考える,農村の現実

赤肉サミットの準備をしながらずっと心に引っかかっていたのがTPP(環太平洋経済連携協定)関連の話題。昨日の段階で政府は、TPPへの参加についてとりあえず参加するか否かの判断は先送りする、ただし情報収集のため各国との協議を行うということで当面進行することとなった。

ほっと一息であるけれども、ここしばらくの論調はとても危うかったなぁと思う。こんなもん、アカンヤナイカですよ。

松山全日空ホテルでは朝刊サービスがあって、いま一通り目を通したが、TPPに関する話題はほとんど出てこない。どうも大手マスコミの論調としては「製造業と農業、どちらをとるか」という二極対立の構造に仕立てることで、なし崩し的にTPPを推進する側に回ろうとしているように見える。前原外相が「農林水産業は日本のGDPで1.5%を占めるに過ぎない。そのために他の98.5%が犠牲になっている」という発言自体があきれてしまう話だった。

農林水産業を経済指標だけで計れば、国にとってはお荷物であるということはアタリマエのことである。けれども先進国で農業を保護していない国なんてない。他の国がTPPを推進しようとしているのは、関税以外の方式で国内の第一次産業を保護する手立てをきっちり確立しているからであって、日本のように無策のうちに手を離そうとしているわけではない。

「農林水産業だって産業なんだから、自立しなければならない」

というのは一見、平等で正しい考え方に見える。けれども、実は世界の潮流とはまったくかけ離れた考え方で、きわめて日本的(いまの日本という意味だ)な特殊な考え方であると思う。つまり今の日本はナニゴトにも経済が優先するというのが標準的な考え方なのだろう。経済がたべものや他の文化を規定する国。本当はそういったあり方に対して国民がノーと言わなければならないのに、意思表示の仕方を忘れてしまった国。いまのところはまだ美味しいものがあふれているけれども、いつまで続くんだろうね。

はっきりと言ってしまうけれども、今後も農林水産業が「自立」することはないと思う。いや、そもそも「自立」しなければならないという理由がない。それは農林水産業というよりも、「たべものを確保すること」は国にとっては永遠にコストセンターであるのが自然だと考えるからだ。

第一次産業は全世界の歴史の中で、文明の最初の成長段階で重要視される産業だ。人は食べるものがなければ活きていけないのだから、これを確立しなければその後の発展を考える余裕もない。しかしいったんそこが確立されると、人はみなより安楽な労働・サービスを求めるようになって第二次・第三次産業が発展していく。その間、第一次産業は生産性の向上に反比例して、だんだんと社会における優先度を低められていく。それが極まると、もう「どこの誰が作ったたべものか」は関係なく、価格という判断材料だけでグローバルに世界中から食料を調達することになる。そうして第一次産業は国民からもスポイルされていく。

でも、いったん狂牛病(BSE)や残留農薬問題が発生すると、それまでスポイルしてきた無関心の手のひらを返し、一斉に「たべものはかくあるべきだ」と声高にさけぶ輩が出てくる。おかしな話だ。市場経済の原理でたべものを考えれば、どうしたって品質は低下するに決まっているではないか。それを進めてきたのは自分自身である。

日経新聞が「日本の農力」として不定期連載をしているが、先日3回掲載された内容はそれまでのものよりはずいぶんと食に関わる産業に対する理解度が深化したと感じた(上から目線でゴメンナサイ。でもそれまでがあまりに酷かったからね)。その中で画期的だったのは、「日本の農業は規模拡大してうまくいくというものではない」というようなことが書かれていたことだ。全くその通りで、大規模化・集約すればコストが下がるというのは日本においては幻想である。またコストが下がったとしても、オーストラリアなどの輸出国の価格と比べたらまったく話にならないレベルである。だったら無理なコスト削減を産地に強いないで欲しい。

「TPPを機に、日本の農業の体質を強くし、儲かる農業を創出させていこう。そうすればTPPに参加したって、諸外国と渡り合えるようになる」

という言葉を信用してはいけない。日本農業の体質強化なんて言葉はここ20年ずーっと言われつつけて、果たされていないことなのだ。それに、TPPに参加するということになった場合、中国やロシアに対して有効な外交政策を打ち出すことができないような現・民主政権に、貿易面でも本当に優位性を発揮留守ことができるのか、僕には非常に疑問である。でも、いったん開いた門を閉じることはとても難しい。そもそもそんな重要な問題を論じるレベルに、いまの内閣があるのかどうかを考えて欲しい。

農林水産副大臣の篠原さんのブログ(http://www.shinohara21.com/blog/)を読むと、どう考えても現時点ではTPPへの参加は拙速に過ぎるでしょ、という見解が示されている。いまの民主に篠原さんがいることを本当に有り難く思う。

今シーズン、ある農機具メーカーの福島営業所のコンバイン売り上げがとうとうゼロ、一台も売れなかったという事態に陥ったそうだ。トヨタの車が一台も売れない、パナソニックのパソコンが一台も売れないというと驚かれるだろうが、農業関係者からすれば「とうとう来たか!」という事態だ。

これまで講演や自著で、「ここ10年でいままで農業を支えてきた人たちは「安楽死」させられていく」と言ってきたが、本格的にこれからそれが進むだろう。2010年農業センサスでは、ここ5年で農業者が22.4%減少したと報告されたが、字面で見れば22%というのに実感はわかない。けど、これからは一年ごとに、雪だるま式に離農者が増えていくはずだ。

日本人が食べたいと望む品質のたべものを手に入れられなくなる日が、確実に近づいている。僕はそれを回避したい。

農業、水産業、林業などの第一次産業は、国民がその存在意義を理解をして、お金をだして支えるべき営みだと思います。経済原理だけでその価値をとらえることだけは、決してしてはならないものだと考えます。

ホテルのチェックアウトタイムなので、また後ほど。