やっぱり日本経済新聞の論調をあんまり信じちゃいけないね。 「日本の農業も、構造改革して強くなれば、TPPを締結しても大丈夫」といいたいのだろうけれども、それは間違っているよ。

2010年11月12日 from 日常つれづれ,農村の現実

先日、日経新聞も農業に関してまともなことを書くようになったということをここに書いたけれども、そう言い切るのは早計だったようだ。

日経新聞内にいる記者の方から「自分の所属する新聞ながら、こんな内容の記事を書いて農業を貶めるとは、ちょっと腹にすえかねる」というメールと共に、11月9、10日に掲載された一面コラムのことを教えてもらった。

全文引用すると差し障りがあると思うので、日経新聞のWebサイトなどで読んで欲しいが、ようするに上・下ともに下記のようなことを書いている。

  • 日本の農業はそんなに弱いのか?それは経営者としてのセンスを持っていない農業者ばかりだからではないだろうか。
  • 「TPPに賛成」という立場の石川県小松市の農家・長田さんの「TPPは大規模化の好機かもしれない」という話を例に取り、大規模化すれば米については国際的にも価格優位性を持つ可能性がある、そのためにも守るのではなく攻めの姿勢に転じなければならないのではないか。
  • ここ5年で農業人口は大きく減ったが、規模が大きい農業者ほど数が増える傾向。ここに農業が苦境を脱する鍵がある。
  • TPP等による自由化に備えて、ばらばらになっている農地を集約する仕組と、新規就農者に農地を開放するということに施策を集中すべき。
  • 農協は「大規模化しても海外には勝てない」というが、農協の米取り扱いシェアは5割程度。農協の声が農家の声と思ってはいけない。

いやー さすがに一流新聞、世論誘導が上手いなと関心してしまった。これを読む限りでは、日本農業はTPPを推進することで逆に農業の構造改革が進み、旧態依然とした農業界の革新も進むといわんばかりだ。

でも、かなりの詭弁が入ってるぜこれ。信じちゃいけない。(だって当の日経に務めている人が「これはオカシイ」と指摘するくらいだからね。)

■談話に引いている人が適切でないんじゃないか?

まず、この編集委員の吉田忠則という人が談話を引いている石川県の長田さんという農家は、僕もお会いしたことあるけどものすごーく特殊な例ですぞ。普通の農家はやってらんないと思っていろんな策を講じ、玄米ギャバ商品や米ぬか抽出物を塗料にしたりという試みを成功させてきた人物だ。バイタリティに溢れていて、名刺交換しただけでも何か伝わってくるものがあった。

けどね、たしかに農業の先進事例として彼を挙げるのはいいと思うけれども、それをもって「こういう人たちがたくさん出てくれば農業も大丈夫」という脳天気な論にするのは間違っている。たとえて言うと、

「グッチやプラダといった素晴らしいブランドの製品は不況でも売れているのだから、全ての商品がそこを目指せばいい」

と言っているようなものだ。ファッションだって、激安のディスカウント品、普通に安い一般品からちょっと高級品、そして超高級品というヒエラルキーがある。そのそれぞれの客層があって、グッチやプラダを持てる人はそう多くない。だからファッションの話をする際にトップレベルのブランドの話だけをしたって意味がないわけだ。

それと同じで、新聞やテレビなどが脳天気に「農業にこんな素晴らしい成功事例がある!」と紹介するのは、トップブランドや隙間を狙ったニッチなものばかりなのだ。そういうのを観て、何もしらない人が「こういうことをすれば農業もうまくいくのではないか?」と錯覚をする。一般の農業者はあきれてるよ。

少なくとも、長田さんが「TPP賛成」と言っているから、他の農業界も同意見だよというような書き方に見えるのはやめてほしいものだ。とはいってもやめないだろうなぁ、この吉田忠則編集委員は確信犯的に世論誘導しようとしているんだからね。そもそも、長田さんはTPP賛成ということを全面的に言っている訳ではないと思うけどね。言葉を大きくとりすぎていないだろうか?

■極端な事例を「これが農業の真実だ」と言うのはオカシイよ

ちょっと脱線するけど、農の関連業界に居る人間からすれば「それはあまりに極端な事例だ」と思うようなことも、マスコミなどが報道すると「これは素晴らしい、これが農業の主流になればいいのに」と思われるようになってしまう。それは非常に問題だと思う。

そのいい事例が、先般ベストセラーになった「日本は世界5位の農業大国 大嘘だらけの食料自給率」という本だ。著者は「農業経営者」という雑誌の副編集長の浅川さん。この雑誌はとても面白くて僕も定期購読をしているのだけれども、正直なところ農業界に右翼と左翼があるとすれば、極左といっていい立ち位置だ(スミマセン表現が適切でないかもしれませんけど)。この自給率論も正直、この本だけ読んで「そうだったのか!」と思われちゃ困るなぁと言う内容と思う。せめて農業関連の右翼の著書(いい本を紹介できればいいんだけど)にもきちんと目を通した上で、自分の意見を持って欲しいところだ。案の定、この浅川さんの本を読んだ「だけ」なのに堂々と「食料自給率の真実はこれだ!」と言う人が多くて、ちょっと危ないなと思っている。真実もあるけど、言い過ぎじゃないのって部分が多いからね。

■「規模の大きい農業者ほど数が増えている」のは結果論でしかないよ!

編集委員の人が「農業人口が減る中、規模の大きな農業者ほど増えている」として、「やっぱり規模拡大をしていくことが今後の方向性なのだ」と論を持って行こうとしている。これは明らかに間違っている。

規模の大きな農業者が増えているのは、そうならざるをえないから増えているのだ。ご存じの通り農業者人口は、65歳以上の人たちが6割を超える。その人達は毎年、年齢的な問題から離農せざるをえなくなる。そうなると、自分の土地を同じ集落内の若い人(といっても、50代がほとんど)に委託するのが普通だ。だから、どんどんと大規模化した生産者が増えていくのは当たり前のことなのだ。

だいいち、農水省は数年前から集落営農というのを進めていて、一つの集落内の生産者が法人を組織し、そこに農地を集約していくことを推進している。そうしないと補助対象として優遇されないということでかなりの集落が法人化を進めた経緯がある。

つまり、「大規模化した農家が増えてきているから、大規模化する方向が正しいのだ」というような書き方をしているのは明らかに間違っているのだ。現実的には「大規模化せざるをえないように追い詰められた」結果、そうした農業主体が増えているということである。「日本では少子化が進んでいる」というデータをみて「少子化こそ日本の進むべき道ということだ」と言うようなものではないだろうか。

■「規模拡大をしても海外には勝てないはウソ」というのはウソだ!

そして、問題は、その大規模化した農業主体というのもうまくいっていないケースが多いということだろう。今年新潟県では米が大不作だったから、おそらく来年度をまたずに離農する人が増えると思う。そうなったとき、その人達の農地を引き受けることができる若い衆はそんなにいないのが現実だ。

どんなに規模拡大しても、効率化できるものとできないものがある。日本の都府県での稲作については、10町歩(ha)が50町歩に増えた時、大幅な効率化が成るというものではない。むしろ大規模化することによって効率が下がるということが多いという事例も多い。

ただしもちろん、地権者が細かくばらばらに散らばっている農地を、もう少し流動性をもたせるための施策が必要だという点については賛同する。ただし、それは編集委員が言うような「新規就農組に対して門戸開放」のためではない。

まだ「企業が参入することによって農業が強くなる」というのを信じている人が多いようだけども、それはあり得ない話なんですよ。なんでかというのを、実は「農業ビジネスはやめときなさい」という新書に書こうとしているのだけども、時間が無くて原稿書けてない(ゴメンナサイ)ので、ここでは詳しく論じません。(ふっふっふ 本を買って欲しいからです。来年になるけどね)

最後に、TPPなどが目指す市場開放によって、食はこんなに恐ろしい状況になるよということを論じた本を紹介します。

 

「筆者は大半の経済学者と異なって、市場の価格メカニズムを中心にした市場経済学の適用範囲は、さほど広くないし、また広くあっては社会を危機にさらすと考えている。」
- 前書きより引用

ということでお腹が空いたので帰ります。

明日は福岡の八女に行って参ります。それにしても、TPPについてまともなことを書いてくれる一般紙はないんだろうか。