篠原孝 農林水産副大臣の口蹄疫談話 農政ジャーナリストの会

2010年8月23日 from 口蹄疫を考える

DSC_7909

農政ジャーナリストの会という組織がある。農と政治に関わるジャーナリストが名を連ねる組織で、僕も長いこと在籍させていただいている。月に一回の勉強会があって、集中的にあるテーマに関する人を呼んで話を聞くのだが、この数ヶ月のテーマは「口蹄疫」。

 

ただし、原則的にオフレコで話を聞くことになっていて、これまでもあまり書けなかったのだが、今回はなんとオンレコ。それも話者である篠原孝さんの希望でオンレコということ。さすがだ。

篠原さんについては過去にも書いたかもしれないが、、、農林水産省のキャリアとしてGATTウルグアイラウンド交渉などに従事し闘った後、農水省直轄のシンクタンクである農林水産政策研究所の所長になられた。いまは普通に使われている「環境保全型農業」という言葉は、この篠原さんが作った言葉である。

農的循環社会への道
農的循環社会への道篠原 孝

創森社 2000-08
売り上げランキング : 133755

おすすめ平均 star
star農業と環境問題についてがよくわかる名著

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

篠原さんが政策研所長だった時代、僕は農産物流通のベンチャー企業へ転職したてで、ある人の紹介で篠原さんに会いに出かけたことがある。そのとき、僕の経歴や話を聞いた篠原さんがまじまじと僕をみながら放った一言に、僕は心底びっくりしたのだ。

「君、うちの研究所に転職しなさい。それがいい。いや、そうしなきゃダメだ!いますぐその会社辞めてて来なさい。」

ムチャクチャである。だって俺、転職したてだもん。 もちろん丁重にお断りしたけど、それ以降ことあるごとに「あのとき来いって言ったのに」と何回か言われた。ホント、ありがたいことである。
(ただし本当に研究員になってたら、いろいろ問題を起こしてすぐに辞めていたことだろう(笑))

その後、いきなり篠原さんが政治の世界に出馬(長野一区)されると聞いてこれまた驚いた。見事当選して民主党議員になられたわけだが、その後は有機農業推進法の立法に関わった以外、農林水産政策にどのようにコミットしているのか、あまり伺えなかった(僕の情報収集が足りないだけだが)。

それが、赤松農林水産大臣体制が崩れた後、いきなりの副大臣招集である。うーん このタイミングでか!とちょっと首をかしげるところもあるけれども、でも嬉しくなったのも事実である。識っての通り口蹄疫の現地対策委員長になり陣頭指揮を執っていた立場から、今回の会では話をしてくれたのだった。

要点だけ備忘録的に書いておく。

※ただし僕の理解が及ばず、篠原副大臣の意図と違うことを書いているかもしれないので、あらかじめお断りしておく。

  • 日本は災害への対応は立派で、国民も心の準備ができている。しかし安全保障がらみは官民とも鈍感。
    • どうも消費者にも官にも食のリスクに備えるという観念が発達していない。
    • 欧米の畜産先進国では、消費者もリスク管理に費用がかかることや、実際に病害が発生してからの規制や防疫には協力する意識が高い。
    • 今回の宮崎では防疫態勢を検討する際、県内の他部署が「全車両の消毒などもってのほか」というように消毒の徹底をしなかったりした。また消費者も途中までは自分の車に消石灰をかけられたりすることに拒否反応を示していた。事態が進むにつれて理解が広まったが、今後は広く国民に理解してもらう必要がある。

 

  • 無視される動物・植物検疫 ・ 人畜共通感染症の脅威にもっと敏感になるべき
    • オーストラリアなどの畜産大国では、他の国で農場に入ってすぐに入国する人には非常に敏感で、入国時に消毒を求められたりする。
    • アメリカのカリフォルニア州では、オレンジなどの柑橘に大被害をもたらすウリミバエが発見された場合、航空機などの乗客は徹底的に荷物検査させられる。考えてみればそれが当たり前。日本はこれまでリスクに対して鈍感だったけど、今後はそうはいかないだろう。
    • 欧米諸国では畜産関連の大学や学部を拡充し、そこで感染症などへの研究を行っている。つまり投資しているということ。日本では削減削減といい、そうした部分を切り捨てまくっている。こうした部分は改めていかなければならない。

 

  • 口蹄疫特措法・家畜伝染病予防法は改正が必要。国の責任を明確化すべき
    • 今回、数十年前に外国の法律を翻訳してできた古い法律がそのままになっていたことで、いろんな齟齬が起きた。例えば埋却地の確保を農家自身がすべきというのは、頭の農家が外に出られない状況ではナンセンス。
    • また宮崎県が責任を負うようなことはあってはいけない。口蹄疫のような重大な伝染病への対応は国が責任を持って行うべきことである。
    • ただし、決定は国がするけれども、実際に現場で動くのは地元宮崎県の人たちである。行動に際しては宮崎県の現場の方々の判断を最優先で尊重すべき。今回、例えば読売新聞が「口蹄疫隠し」のような記事を載せたとき、私(篠原)はそれは違うぞと声明を出した。伝播を最も恐れている現場の人間が「口蹄疫症状ではない」という判断をしている訳で、それを最優先すべき。現場に居ない人間が対策を遅らせるようなことをしてはいけない。
    • 今回、種牛を残すか残さないかでもめたが、公式見解として言えば現行の法律の内容で判断し、速やかな殺処分をすべきだったと思う。ただし個人的には、農家さんとも話し合ったが、残してあげたいと思っていた。
    • 諸外国では黒毛和牛のような特殊な品種が存在しないため、種牛の価値は相対的に低い。だから種牛も他と同様に殺処分することに抵抗がないが、日本における黒毛和牛の種牛の価値は比較しようもなく高い。
    • したがって、特措法や家伝法は速やかな見直しが必要。すでに検討に着手している。

 

  • 日本型畜産の問題
    • 日本における畜産は、唯一の選択的規模拡大に成功した分野。というのは、規模を数千・数万・数十万に拡大しようとしても、法的な規制はほぼ存在しないのである。
    • 日本の畜産は超過密飼育。EUは環境保全の観点から、1haあたりの面積に2頭の成牛、焼く10頭の豚が飼育の限度と定めている。また動物福祉の観点からは飼育時に畜舎内だけではなく外へのアクセスもできるようにしている。そうした考え方はまだ日本ではきちんとなされていない。
    • 昔書いたことがあるが、鹿児島に接岸するタンカーで飼料穀物を運んでくるなら、帰り便には九州地方の過密畜産で出た糞尿を持ち帰ってもらわないといけない。糞尿はチッソ分であり、そのチッソ分はもはや国内の土地に還元できないほどの量になっている。
    • 自給飼料をできるだけ用い、放牧なども取り入れた畜産が日本で実行できるようにしなければならないのではないか。

まだまだいろんな話があったのだけど、僕の耳に残ったのはこんな感じ。中でも最後の「日本の超過密型畜産はオカシイ」というくだりを聞いて、僕は安堵した。

ああ、やっぱり篠原さんは篠原さんだ。この、浮世離れしているとも言われそうな態度を、ぜひ貫いていただきたいと強く願うのだ。