2010年2月15日 from 出張
陸前高田は、以前に言った過去ログを見てもらってもお分かりの通り、養殖牡蛎の大産地だ。いまや築地市場で「広田湾の牡蛎」といえば、おそらく最も高い部類に入る産地である。
上記の2エントリでは佐藤一男さんという若手の生産者を、僕を岩手へ誘ったヨシヒコさんが引き合わせてくれた。で、今回は八木澤商店の河野社長がこう請け負ってくれたのだ。
「一男の牡蛎も旨いけど、この辺じゃピカイチの3年ものの牡蛎を食わせたくてなぁ。」
朝、ホテルで待ち合わせをして合流。ホテルのフロント中に響きわたる声で電話をしていらっしゃった(笑) 僕はここで防寒長靴へ履き替え。冬の北国の寒さは半端じゃないし、現場に出る時には革靴だとヤバイ。けれども僕の場合は公的な場にも出席することが多いので、革靴と長靴を持って行くことがある。今回はかなりハードになることが予想されたので、持参。もちろん岩手で買った、内側に防寒用の起毛があるもの(4000円くらい)だ。
この広田湾は昭和の頃、工業施設を誘致して開発する計画が持ち上がったそうだ。それを、河野社長のお父さんが人生をかけて反対した。当時はまだ有吉佐和子さんの「複合汚染」などが上梓されておらず、公害という言葉もなかったそうだ。そんな頃に、工場廃液などによって豊かな海が汚染されることは間違いない、と河野社長のお父さんは考えいたり、反対運動に身を投じた。河野社長の口から語られた数々のエピソードをここでは載せきれないけれども、いまこの海が守られているのは、ある種の奇跡なんだなぁ、と思う。
「さぁてここだここ。広田湾の殻付き牡蛎を世に出した、スゴイ男が居るんだよ!」
まさに出荷されんとする殻付き牡蛎。
この方が生産者・千田勝治さんだ。
「おお、じゃあちょっと舟に乗る前に茶でも飲みましょう」
すでに昼食の準備に入っている事務所には、よちよちした可愛らしい女の子が! もちろんお孫さん、、、千田さん、若く見えるけどおいくつよ!?
「62歳ですよ」
わ、若いぜぇええええええ~
実は千田さん、ある意味で革命的な猟師である。
「俺はもともと違う仕事をしてたんだけどね。オヤジの跡を継がなきゃならなくなって、脱サラしたんですよ。その時にね、いくつか決めたことがあるんです。まず、朝8時から夜の5時に仕事をするっていう形にしようと。それと、これから若いやつがやってくにはきちんと食ってけないといけない。そういう商品を作らないといけないと思ったんだよね。」
朝焼けの遙か前から海に出るのが普通の漁師の世界で、8時~17時で仕事が終わるなんてあり得ない!と僕も思ったが、周りからは「あいつはアホか」と白い目で見られたらしい。この辺で「カバネヤメ」という言葉があって、怠け者という意味になるそうだ。千田さんをカバネヤメと呼ぶ者もいた。
しかし、作業の効率化と商品の付加価値として最も有望視されたのが養殖牡蛎とワカメ。これを核に、仕事を組み立ててきた。殻付き牡蛎の出荷を始めたのも千田さんが初めてだそうだ。
「昭和60年代にはこの浜の最悪の時期でね。牡蛎の造り方も悪いし品質も悪かった。それに、牡蛎を剥いて出してたんだ。これじゃやってけないと思って育て方を変えて、あと殻付きの出荷をするようになった。」
殻付きに変えて、なんと一千万円の売上になったそうだ。
いま、千田さんの息子さん3人の全員が跡を継いで一緒に牡蛎の生産・出荷をして、きちんと利益の出る仕事をしているそうだ。家族だけではなく6-7人の雇い人も食べさせている。それに加えて千田さんは漁業士という資格を持っていて、若い漁師を育ててもいる。
「農業は後継者不足というけれども、漁業も深刻です。いま、漁業士は全国でたったの40万人なんですよ。農業や林業も含め、日本の人口の3%程度でしょ?それも60代が最も多い。漁業は設備投資も半端じゃないし、農業みたいに外部の企業が参入してもできるもんじゃないですよ。これからの漁業をどうやって支えていけばいいか、ちゃんと考えなければいけない。」
うーむ 日本は漁業国といいながらも、漁業士数の純減と、海産物をとる環境の悪化というダブルパンチに見舞われている。漁業についてはあまりよく勉強していないが、これもまた深刻な問題なのだ。
「ま、そんなことより、海に出ましょうか!」
再び、HDR写真で千田さんご自慢の船の勇姿をご覧いただこう!
これまで漁船に結構乗せてもらったけど、千田さんはなんとリモコンで操船。すごく難しそうだけど、器用に細かくこまかく船を操っていた。
ぐんぐんぐんぐん船は進み、牡蛎の棚が見えてくる!
ちなみに
千田さんの船にはどでかいクレーンが、船体の中央と先端部に着いているのだけど、これがなにをするものなのか、最初はわからなかった。
船が停まり、やおら千田さんが船首と中央のクレーンを操作し始めた!
うおーーーすげーーー 何メートルあるんだ!?
ふと、重量バランスが崩れて船が倒れちまったらどうする?カメラとレンズがパーだな、、、第一あまりの寒さに、岸まで泳ぎ着けないかもしれないな、、、などと思ってしまった。
「あのね、これだけの規模と装備の船はこの辺にはないからね!」
と千田さんが言う。確かに、クレーンの腕がこんな風に上がっても安定している!
中央のクレーンから垂れた鈎つきのロープを、牡蛎の棚にひっかける。
そして、船首のやや小型のクレーンの鈎も同様に引っかけて持ち上げる。
そして、一気に上げる!
え、どこまで上げるの?
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
すげえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ
近くで見ないとこのダイナミックさは伝わらないだろう!ビシャビシャビシャビシャと水滴が落ちてくる!
そうは見えないかもしれないが、これが、三年ものの牡蛎なのだ。
「じゃー食べてもらおうか!」
おおーう、、、 三年ものの、大きな大きな牡蛎。身の入り方がやっぱり違う!
「はやく食べて!」
はいぃいいいいいいいいい
ツルッと吸い込み、海水の存外に濃い塩みを感じながら、清廉な牡蛎の身のジュースを感じる。ひんやりしたクリーミーな流体。舌の先で身を割ると、旨みの玉がポンとはじける。あまりにも清らかな美味しさ。これ一粒が小売価格で1000円以上することを感じつつ、すぐさま嚥下してしまった。
牡蛎の身の大きさがおわかりいただけるだろうか?
まさしく王者の牡蛎だ、、、これもまたツルンといただく。でも調子に乗って食べ過ぎてはいけない。だって、これ、一つを三年かけて育てているのだもの。高価な売り物を無料でどんどんいただくわけにはいかないのである。
第一、河野社長が紹介してくださったとはいえ、千田さんにとってはこの船出は一銭にもならない。どころか、これだけの航海で数千円分の燃料を使ってしまっているのではないだろうか。そう考えるとおいそれといただくわけにはいかないのだ。
などと思っている僕をよそに、千田さんは「せっかくだからワカメも観てもらおう」と船を回してくれる。
ワカメの養殖方法を聞いて、とーってもビックリしてしまった! なんと海中に200メートルもの長さのロープをかけて、そこにワカメの種を植えて育てるのだそうだ。不思議なのは、その200メートルのロープを何に引っかけているのか、ということなのだが、海底にケタというのを作って、そこに渡すらしい。その200メートルが2本あるそうで、合計400メートルのロープにワカメがビッシリ生えているということだ。そう、昨日たべた、あの超・絶品の早どりワカメである!
これもまたクレーンで引き上げる!
す、す、スゴイ!
静止画じゃわからないだろうけど、強い風に吹かれてワカメの葉がビラビラビラビラと強くのたうち回りながら引き上げられていくのだ!
海水のしぶき、飛びまくり。カメラに悪いけどしょうがない!
これが、早どりワカメ。
思わずこのまま口に押し込んで噛んでみる。あのルリ、ルリという食感と、磯の香り!
「あ、それは今の若い状態だから食べられるんですねー。もうちょっと大きくなると渋みが出てきて、ちょっと食べられなくなるんですよ。」
と県の宮田さんが教えてくれる。
さて、一路陸へ。
「出荷しない小さい牡蛎で、蒸し牡蠣やりましょう。すぐできるから」
と、ホットプレートに牡蛎を突っ込み、アルミホイルで包んで熱が逃げないようにして蒸す。
この子もこんな美味しいものを食べて育ったら、舌が肥えちゃうだろうなぁ、、、
「でもね、われわれは牡蛎には飽きちゃってますから、もう食べたいとはあまり思わないんです。 」
うん、そういってみたい(笑)
ふおーう、、、
熱の通った牡蛎の身は、旨みが凝縮した卵のようだ。トロットロの内部のマグマがロルッと噴出。ビュシッとジュースもほとばしる。美味ですよ、美味。
「俺は生より蒸したやつの方が好きだな。」(河野社長)
「うん、食べてくとそうなるよね」(千田さん)
いやーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
広田湾の三年ものの牡蛎、素晴らしかった!
「漁師を育てることも大事だし、あと海を守ってもいかなければならない。俺が若い頃、広田湾の開発計画が持ち上がった時は『なるようになるんだろうなぁ』って思ってたけど、河野さんのお父さんはすごいことやったね。これからは海が磯焼けにならないように、山も大切にしないといけない。昔はこの辺にびっしりアワビが居たんだけど、いまはそれがウソみたいだ。」
忘れていたけどこの千田さん、市議会議員でもある。こんな第一線の漁師が議員さんだなんてすごいな、と思うが、ロジカルな思考に抜群の経営センス。発言の根底にはこの地への愛と、関わる人々への愛を感じる。こういう人が地域を支えていくのだな、と思った。
いや本当にご馳走になってしまいました!僕などを海へ連れて行ってくれて、牡蛎を食べさせてもまったく割に合わないだろうに、本当に恐縮です。
広田湾の牡蛎は旨いだけではない。牡蛎が産まれてきた背景を思い描きながら口にするべき者なのだ。少なくとも僕は思い続けながら口にすることにしよう。
このWebはいわゆるグルメではありません。味や価格だけではない「よい食事」とは何かを追求するためにひたすら食い倒れる記録です。私の嗜好に合う人しか楽しめないと思いますがあしからず。
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