家庭菜園家向けの雑誌である「やさい畑」(家の光協会刊)に、全国の篤農家を訪ねる連載を書いている。プロ農家ではなく菜園家に向けた内容なのだけど、大半の菜園家はプロ農家にあこがれを持っているので、こうした「プロ農家に訊く!」という感じの内容は楽しく読んでもらえるようだ。
僕自身、学生時代(大学院も含め6年間)に畑をもって農作業をしていたので理解できるのだけど、一般に農作業の難易度を上げるファクターは「面積」だ。10坪とかの菜園クラスであれば、まあ特に大変なことはないのだけど、これが1反歩(10メートル×100メートル程度)を超える程度になると事情が変わってくる。ニンジンの間引きをしたり、草とりをする時に、作業にかかる時間が長くなる。作業が楽しみではなくなる一線を超えると、それはもう「仕事」になってしまう。
今、全国的に適度な広さの菜園を持つことがブームになっているが、とても佳いことだと思う。作業の楽しさを味わいながら、野菜をつくる手間の多さと大変さを識ることで、多くの一が「なんでこんなに大変な思いをして作ってる野菜が、スーパーであんな安い価格で買えるの?」という疑問を持ってくれるからだ。ということで、菜園好きな方、ぜひ「やさい畑」をよろしくお願いします。
で、いま発売中の号には、辛味大根の中でも知名度の高い「ねずみ大根」が掲載されているので、ぜひお読みいただきたいと思う。栽培方法についての詳細は誌面をみていただきたい。
上田駅からさらに20分ほどローカル線で乗り継いだところに坂城町がある。JAちくまの担当者である半田さんの車でしばらくいった街道沿いに、ねずみ大根畑があった。
でも、車を降りて一言目は「えっこれほんとに大根畑?」というものだった。
なぜかというと、大根の葉にしてはとても刻みの細かい葉で、ルッコラの野生種であるセルバチコのような見た目なのだ。
でも根本を観るとたしかに大根。こんな品種は初めて観た。
この畑は、ねずみ大根振興協議会の会長を勤める成澤明雄さんのものだ。
彼が持っているのがねずみ大根。全国にある辛味大根は、例外なくこうした小さい、とても可愛らしい形状なのだが、その中でもねずみ大根の可愛さは群を抜いている。
ご覧のようにまさしくネズミのような形で、ご丁寧にしっぽまでちょろりとついている。
地元でも、ちゃんとこのしっぽがついていないとダメなんだそうだ。
辛味大根といわれるものは新潟や山形などにもあるが、やっぱり信州が本場だと思う。というのは、この辛味を活かした郷土料理の決定版があるからだ。それはなにかというと、「おしぼり」。
おしぼりとは、辛味大根をおろしたのをサラシなどで絞った汁のことだ。このおしぼり汁に味噌や醤油を加えたもので、地粉で打ったうどんをすするというのがこの辺の押しも押されぬ郷土食なのである。ここ坂城町一帯でおしぼりうどんを出す店がいくつかあるのだが、この日連れて行ってくれたのが「かいぜ」という店。
お休みなのにわざわざ取材のために開けてくれた!ありがとうございました、、、
店の周りに、異様に低樹高の仕立てをしたリンゴが植わっている。
ここのおかみさんは、ご主人が栽培しているねずみ大根を使っておしぼりうどんを作っているという、実に理想的な関係。
「おしぼり汁はね、おろし方が大事なの。うちはジューサー使うのよ」
あれ、手でおろすんじゃないの?
「時間をおくと辛味が揮発しちゃうから、すぐに絞れるジューサーのほうがいいの。それにね、直角を保つことができるから」
直角?
「そう、大根をおろすときの角度で辛さが決まるのよぉ~。じゃあ実験。おろし金に対して斜めにおろすのと、直角におろすので辛さが変わるのよ!」
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
ほんとだ! 斜めにしておろすと、おろしがねにあたる面積が大きくなるから、早くおろすことができる。けど、辛味が薄い! それに対して、おろしがねに直角にあてておろした方はビリビリと辛い!
大根の辛さは細胞を破断することによって、酵素の力でイソチオシアネートの辛味が立つ。その細胞の破断の仕方によっても辛味が変わるのだ!
みんな「ほんとだほんとだ!」とワイワイ。
これ、ねずみ大根のたくわん。実は、ねずみ大根はおろさずに食べるとあまり辛味は感じない。みっちりと肉の詰まった、細かな食感のたくわんになる。歯触りの密度感が美味だ。
そしてこれがおしぼりうどんである!
手前の泡立つ白い汁がおしぼり。運ぶ寸前にジューサーでギュイーンと絞った汁だ。
このおしぼりをつけて食べるうどんは、長野県産の粉で打ったもの。さぬき系とはまた全然違い、コシよりも風味を優先させたうどんだ。この黄色みがかった色が実にそそる。
「まずはおしぼりになにも入れないで食べてみて!」
という皆さんのお言葉に、このおしぼりのみにうどんをつけて啜りこむ。
口に含んだ瞬間、おしぼりの汁は甘さをまず感じる。この甘さは収穫してから少し貯蔵した大根でないと出ない。でん粉質が糖に変わらないと甘さが出ないのだ。この辺は芋と一緒だな。そしてその甘みのあとに、ヅヅヅヅーン!と辛味が上ってくる。まずは口腔内で辛味を感じ、そして最終的には鼻に来る。ヅガーン!と刺さってくる刺激だ!ここでむせたら大変なことになると我慢、我慢、、、
それにしても大根の汁がこんなにも多様な味わいを呈するとはとても面白いことだ。何もいれないでおしぼりだけで食べるうどん、マニアックだけど、一口目は試してみた方がいい。
そして、おしぼりうどんにはこんな薬味がついてくる。
信州味噌、鰹節、長ネギ。
これを足して食べるのが旨いのだけど、JAの半田さんは厳しくて、「味噌はそんなにいれちゃダメ!味噌うどんになっちゃうでしょ!」とチェックがはいる(笑)
でも僕は味噌タップリが好きだ、、、味噌の旨みと辛さのコンビネーションが実にいいのだ。
この日、採りたての成澤さんの大根もしぼってみたのだが、まだ辛味ばかり強すぎて、みんな「辛い辛い辛い辛い!」としびれてしまった。おしぼりにはちょっと置いた大根が合うのだ。
ちなみに手打ちのおしぼりうどんが800円。十割蕎麦が1000円。どちらも食べたいヒト向けにわがままセットというのがあって、1000円で半々で食べられる。ここのおかみさん、かなりの達人で、十割蕎麦も実に旨かった。自信をもってお奨めできます。
年の瀬のいまごろ、新もののねずみ大根もほどよい辛味におちついているのではないだろうか。ああ、また食いたい、、、あの辛味はクセになるのだ!本当に美味しかった!沢山食べ過ぎて、瞬間的に胃が痛くなったけど、東京につく頃にはもうお腹が減っていた。ジアスターゼの効用で、腹が減ったのか。
「かいぜ」のご夫婦ツーショット。どうもごちそうさまでした!
このWebはいわゆるグルメではありません。味や価格だけではない「よい食事」とは何かを追求するためにひたすら食い倒れる記録です。私の嗜好に合う人しか楽しめないと思いますがあしからず。
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