さて一夜明けて、福山から京都に移動だ。実は、僕も松本大策さんもともに招かれている会があったのだ。それは、短角牛や近江牛を一頭丸ごと仕入れしている、産地ときちんと取り組みをしている京都の焼き肉屋「南山」の楠本社長からの依頼だ。
それは、「京タンクロ」という交雑種の牛肉を世に広めるためのブランド化事業の、専門委員に就任してくれというものだった。「タンクロ」とは、短角牛の雌に黒毛和牛の精液を掛け合わせて生まれた牛のことをいう。
日本では「和牛」と呼べるのは、黒毛・褐毛(あかげ)・短角・無角の四種の牛。それ以外は「国産牛」と表示することになっている。ちなみに国産牛で圧倒的に多いのはホルスタインの雄を去勢した、通称「ホルオス」。次に多いのが、ホルスタインに黒毛和種の精液をつけた交雑種。これをF1(エフワン)と呼ぶ。
では、先に挙げた4種の和牛同士を掛け合わせたものは、一体何と呼ぶか。答えは「和牛」。和牛同士の交雑は、分類としては和牛と呼んでよい。ただし、一般的ではないので特に「和牛間交雑」と呼ばれる。つまり、「タンクロ」は短角と黒毛の交雑なので、和牛間交雑である。
サシの多い黒毛と、赤身の旨い短角を交雑させたら、両者のよいとこどりになって、美味しい肉ができるのではないか!?と思われるだろう。まさしく狙うのはそのよいとこどり。この試みを実践しているのが、京都の丹後半島にある日本海牧場。実は建設業から和牛生産に参入した、企業参入組である。ここで生産されるタンクロを「京タンクロ」と名付け、京都の食品事業者からでた食物残渣などを与えて育てようというのが、今回の京タンクロの趣旨だ。
専門委員として招聘されたのは肉のエキスパートたち。こんな中に僕がいるというのもおかしい気がするけど、末席に加われたのはありがたいことである。中でも、和牛を一頭まるごと仕入れして提供するというスタイルで有名な焼き肉「牛心」の伊藤社長は以前からその名前を識っており、この日会うことができてうれしかった!また、三重県のモクモクファームの社長さんもお会いすることができた。なんと僕のブログの読者さんだという、、、ありがたいことです。
楠本さんは、まだ海のものとも山のものともわからないプレミアム短角牛を一頭丸ごと仕入れするという、産地にしてみればありがたい取り組みを続けてきた人だ。ぼくもなにがしかの貢献ができればと思う。委員会では、これから取り組むべき課題が次々と提起された。
委員会のあと、南山のはなれにて早くもお披露目会が開催される。
もちろんお披露目式だけでは終わらない!「タンクロを食べる会」もきっちり開催されたのである。冒頭の挨拶はなんと京都府知事! 南山の常連客なのだそうだ!
もちろん出てくる料理はタンクロゆかりのものばかり。
そしておまちかね、短角・タンクロ・近江牛の食べ比べセット!
上から短角・タンクロ・近江牛の順番である。同一部位のサシの入り方と肉の大きさ(短角とタンクロは隠れていてわかりにくいけど)がよくわかるだろう。短角牛は濃い赤身。放牧で育てられる期間が長いため、骨が太く、ロースが大きくならない。手前の近江牛はサシがぴっしり入っており、肉の歩留まりも他の二種より大きい。そしてタンクロは見事にその二者の中間に位置している。
ここでしっかり食べ比べをできてよかった。タンクロは中間の味か、とおもいきや、ことはそう簡単ではない。
異なる種同士を掛け合わせるとき、メスとオスの組み合わせでも性質は変わる。タンクロは短角のメスに黒毛のオスをかけたものだ。この場合、実はオスの精液の性質が強く反映されるようで、タンクロにはどちらかというと黒毛っぽい味が前面に出ている。
同席した人たちと食べながら話をしたが、やはりみな同意見のようで、「タンクロはより黒毛っぽいね」という感想がでていた。もちろん、餌の内容や飼養管理によってこの辺は変わってくるはずだ。できれば、もっと短角よりの味になればいいのにな、と思う。
ただし、この感想は短角牛を認知しており、かつ大好きな人の意見。おそらく黒毛和牛の味が好きな人にとっては、黒毛的なサシのうまさと、赤身肉のうまさのバランスがとれたタンクロは非常にど真ん中の味だろう。事実他のテーブルでは、タンクロが旨いという声が多く上がっていた。
京タンクロは、これから餌や飼養管理設計を変えていく段階にある。今年中に現地訪問も控えており、非常に楽しみだ。しばらく後を追っていきたいと思っている。
ところでこの日、いい出会いがあった。
近畿地方では文句なしの有名ブランドになっている近江牛だが、その中でも選りすぐった生産農家の最高級格付けのものを扱っている卸・精肉業を営む「サカエヤ」の新保社長だ。
「うーん やまけんさんってずっと聴いたことあるなぁ、と思ってたけど、油屋の青木エマちゃんからこないだ聴いたんですわ!」
あ、エマちゃんから! いやーなるほどなるほど! この日、新保社長から貴重なレトルトカレーをいただいてしまった。
「近江牛の偉大な母牛がいたんですけど、昨日、19歳にして亡くなりました。その肉を使ったレトルトカレーなんです。不思議なことに、できた直後はまずくてまずくて食べられませんでした。が、日を追うごとに味がなじんで、今では絶品です。どうぞお試し下さい」
19歳の牛!堅くてくさくてまずそう、と思われるかもしれないが、真実は全く違う。経産牛はたしかに未経産牛よりは肉質が締まるけれども、それはほどよい食感ということ。そして、香りと味は未経産とは比べものにならないほど深くなるのである。このカレー、後日しっかり味早生手いただこうと、持ち帰ったのである。
この日の締めは黒ハヤシ。京都市内の有名洋食店の名物だそうだ。しかしこの時点で僕は東京行きの新幹線に向けて、飛び出さねばならない時間。大急ぎで一盛りだけいただく。
「あわただしい人ねぇ、、、」
とあきれられながら、ダダダダッとかっ込んでごちそうさま。美味しかった!
京タンクロを見守ることは、日本における交雑種を考えることである。以降、また取り上げていきたいと思う。
このWebはいわゆるグルメではありません。味や価格だけではない「よい食事」とは何かを追求するためにひたすら食い倒れる記録です。私の嗜好に合う人しか楽しめないと思いますがあしからず。
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