2009年1月14日 from 首都圏
銀座の「流石」は、蕎麦の世界では有名な伊豆・修善寺「朴念仁」の石井さんを師匠と仰ぐ、藤田千秋さんが率いる店だ。僕はバードコートの野島さんに誘われたスタミナ苑での焼き肉会の時に初めて藤田さんにお会いした。べろんべろんに酔っぱらい、騒ぐ騒ぐ。そしてグーッと寝てしまう、という天衣無縫な様に、あっけにとられてしまった。
後日、店に食べに行って驚いた。 「なんたる繊細な蕎麦の味、、、」
藤田さんも店では心なしかかしこまり気味であるのが面白くて、以後、地方からのお客さんが来るときにはよくお連れしている。地方には蕎麦が旨いところがたくさんあるけど、東京の蕎麦も技術において秀でる店が多い。流石は誰でも安心して連れて行ける店なのだ。
その流石に、数年前から錦糸町「井のなか」で最初の料理長に就いていた五十嵐君が入店したという。
「自分で最後の〆に麺を打てるようになりたいと思ったのですが、考えていたより深い世界です!」
と興奮気味に気持ちを語ってくれたことがある。その五十嵐君が「彼がものすごい人なんです!」と紹介してくれたのが、同店の蕎麦打ち職人の矢守君だ。とにかく蕎麦マニアで、いろんな品種、いろんな挽き方、いろんな打ち方、いろんな茹で方を試して試して、これでもかといわんばかりに蕎麦を追求する人なのだそうだ。
以来、この二人に「野菜のこと教えてください!」と言われたりして、いろいろと食材や生産者を紹介したりしていた。そうしたら、流石が新店をオープンするという。カウンターのみ10席、予約必須、しかもこの二人が蕎麦と料理をそれぞれ担当するという趣向だ。
案内が届いたときに、「オープンの最初の予約をとるよ!」とまっさきに電話した。人数を集めて借り切りにして、写真も撮らせてよ、とお願いして、快く受けていただいた。
つまり、この店の最初のお客は、僕(達)である!やった!
■流石 はなれ
東京都 中央区湊3-13-15
03-6228-3870
昼:12時~14時 夜:18時~20時半 (日・祝 休み)
コースはお任せのみ 昼4000円~、夜8000円~ どちらも要予約 )
予約があれば日・祝日も営業可能なこともあるそうです。
築地からだと歩いて15分くらい、新富町から5分くらいだと思うが、はっきり言ってすごーくわかりにくいので、詳細な地図をプリントアウトして来た方がいい。佃島近辺に在住の人達ならすぐにわかる立地かも知れない。でも、これぞ東京の下町という感じの家並み、路地裏のなかにひょっこりとあるので、探すのもまた楽し。オープン初日のしかも昼ということで、贈られた花がこのあとも立ち並ぶこととなった。
引き戸を開けると、実に気持ちの良い空間。天井が高くて圧迫感がないのだ。10席のカウンターも、思ったよりひろびろとれていて気分がいい。
で、この二人が店を切り盛りするのである。
左が蕎麦打ち・矢守君、右が料理長・五十嵐君だ。
「今日は本当にオープン初日でバタバタしていますので、お手柔らかにお願いいたします」とのことだが、お手柔らかになんかしないよ!楽しみにしてきたからね!
「蕎麦を目の前で打たせていただいている間に、料理を挟んでいくという形でやらせていただきます」
そう、この店では完全にオープンキッチンなので、蕎麦打ちの様子を見ることができるのだ!
料理は背後の焼き台やガス台のところで行って、最終調整だけを客の前で行う。
そして圧巻は、蕎麦打ちスペースがカウンター左側の客の目の前にあるのである!
流石の蕎麦は、十割であることが信じられないという声が続出するほどに細打ちだ。その秘密はいろいろあるのだろうけど、僕が藤田さんに聴いたのは「最後の微調整は手で伸すんですよ」ということだ。ええええええええええ、手で? そう、微細な厚みになった生地は、のし棒ではなく手で微妙な加減をしながら伸していくのだそうだ。
その技術を眼前でみられるとは、、、これが一番のぜいたくではないだろうか?
「やまけんさん、時間が許す限りここでは石臼挽きでやっていこうと思っているんですよ。今日も皆さんの分を引くのに1時間半かかりました」
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
石臼挽きである!
ちなみに流石は、「なにがなんでも石臼挽きがいい」という思想は持っていない。藤田さんいわく「機械には機械のメリットがあるし、石臼もまた然りです。」とのこと。
「石臼挽きなんて、本当に割に合いません。矢守君に渡している給料にも見合いません(笑)けれども、彼は本当に”好き”なんですね。」
そう、矢守君が自分の好きな蕎麦を打つための店、そう考えればなんとぜいたくな店なのだろうか。
蕎麦はこうして挽くんですよ、と彼が実演してくれた。蕎麦の実を手前に空いている穴に少しずつ落としながら挽いていく。落とす実の量や、回転速度によって挽き加減が変わっていく。
僕も臼を回させてもらったが、ズシリと重い!これを思い通りにコントロールするには年季が必要だと思う。
「わー 僕にもやらせて」
と皆が殺到。
ちなみに全員、僕の友人またはお世話になった方々で、この店から半径10キロ以内にいる人達だ。
さあ、会食の始まりだ!
矢守君、さっそく水回しに入る。
矢守君は蕎麦のうんちくについて問われると、サービス精神たっぷりにいろんな話を返してくれる。 銀座の流石本店では調理場は奥にあるので、こういう料理人との交流はできない。そこが、はなれの存在意義といえるだろう。
バイ貝の煮付け
あっさり目に、煮たバイ貝の、実をほじくった先端の肝の部分が、ごく上等なレバーペーストのような味わいでとても美味しい。
新わかめの茶碗蒸し
わかめの茎も葉もすべて細かくミキシングして餡にした、トロトロの茶碗蒸し。美味しゅうございます。
蕎麦打ちのほうは、水回しが終わってくくりも終わり、伸しに入る。
とにかく作業が速い速い!
本店なら数十人分の蕎麦を打つのだから、これくらい(6人分)の量であればすぐに打ててしまうらしい。
いつ手で伸すのかなぁ、と思っていたら、
「もうやってますよ!」
ええ? 生地にたまにさっと手を当てているのは、伸しているのかぁ!
「そうですこれで微妙に伸すんですよ」
なるほど、想像していたようなやり方ではなかったが、こうして伸すんだね、、、蕎麦職人が見たらきっとまた面白い分析になるんだろうなぁ。
さて、包丁を入れて蕎麦のできあがり。
見事に打ち上がりました!
「やまけんさん、蕎麦をそのまんま2本くらいつまんでたべてみてください。」
え?と思ったのだが、たしかに、蕎麦は生でも美味しく食べられる穀物。打ち立ての蕎麦麺をつまんで啜り込む。打ち粉の粉っぽさが唾液に溶けた後、麺にまとまっていた蕎麦がほろりほろりと溶け出して、封じ込められていた香りが溶け出してくる。
美味しいなぁ、、、これで十分に美味しいじゃないか。
「ですから、そば屋の技術は、いかに余分なことをせずに、この香りを消さないか!というところにあるんですよ」
というが、なるほど納得である。
そうこうしているうちに料理は焼き物。冬のスズキと、エリンギだ。
スズキ、香りが強く、身もホクリとして旨し。そしてじっくり焼いて外側の水分を飛ばし、内部の繊維感は強く残したエリンギが絶妙に美味しい。
そして本日最初の蕎麦は、暖かな汁そばである!
ん?
この具材、、、
スッポンかよ!
「はい、私ら蕎麦屋の感覚だとありえませんけど、五十嵐君は料理人なので、面白い発想ですよね。どうぞ召し上がってください。暖かな蕎麦ですと、十割蕎麦はもっちりとした食感になるんです。」
と藤田さんが言うとおり、麺はもっちんもっちんとしたふくよかな食感である!
スッポンのエキスを含んだ出汁なのだろうが、鰹だしは寸前に鍋でとっていた。鰹の香りが消えないように、寸前に調理するのだという。うーむ
この一品、とにかくスッポンの肉の何とも言えない旨味と芯の強いつゆ、そしてもっちりとふくよかな麺の食感を味わえる。蕎麦の香りよりは食感重視の一皿だ。
そして、、、真打ち登場! 盛り蕎麦である。
ご覧の通り、麺の表面はザラリとしているのがみてとれる。何もつけずに三本ほどたぐってみる。
!!!!!!!!!!
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
久しぶりに「お」が3行!
こいつぁ 素晴らしい!
意識的にザラリと仕上げた麺が口中に引っかかりながら、ブワン!と強い蕎麦の香りを振りまきふりまきする。ここまで派手に香る蕎麦は、久しぶりに食べた!
「おいおいおい もう一杯食いたいよ!」
「はい、お変わり用意してます。茹でるのは一瞬なんですけど、どうぞご覧下さい」
と中に入れていただいた。
「蕎麦は、鍋の中で3回転したら引き上げます。十割は浮いて、そのまま沈みません。」
本当に瞬間勝負!
この店では、蕎麦のコンディションを最適に保つため、一度に3人前以上は茹でない。
きゅっと冷水で締めて水を切る。
「この時に、ざるだけじゃなくて手でギュッと絞る方法もあります。それでも食感がずいぶんかわるんですよ」
と、「握り脱水」してもらったのも食べ比べをしてみる。
通常の脱水と
ギュッと絞ったもの。
たしかに食感、かなり変わる!手でギュッと絞ったものは引き締まり、食感も強くなる。蕎麦の奥の芯がある感じだ。それにしてもやっぱり矢守君はマニアック。蕎麦マニアなら、絶対にこの店を楽しめると思う。
藤田さんがいう。
「ほんとはね、石臼が変わればまた味が変わるんです。6台の石臼で同じ粉を同条件で挽いて食べ比べてもやっぱり違うんですよ。そういうのも、やってみたいですね」
マジですか! すげー面白そうですな、、、
甘味は、流石の焼き印入りのどら焼き?と、お手製の蕎麦ねり羊羹。
ちなみにお茶は、僕が信頼する問屋から葉を仕入れて、火を入れて提供している石部商店さんを紹介した。ここのお茶、旨いはずですゾ。
ちなみにここで使っている蕎麦の実。来たときから挽いている段階でも「緑色だなぁ」と思っていたら、「緑色のものを手でいちいち選り分けてます」とのこと。
本当に趣味的だ!恐れ入りました、、、
この店、まず予約は必須なので、とにかく電話すること。
そして、料理や蕎麦の内容は、いかようにも相談に応じますとのこと。お任せでもいいが、蕎麦をたっぷり食べたいとか、そういうのは言っておいていただければということだった。
僕としては、蕎麦をもっともっともっともっと食べたい。最低でも暖かい蕎麦一杯と冷たい蕎麦2枚、蕎麦の品種や挽き方が違う蕎麦も2枚くらい食べたい、という感じ。そうした要望に応じて価格も適当に先方で組み替えるという形になるはずだ。
また昼だったので酒は呑まなかったけど、日本酒中心で品揃えをするが、本店同様にワインも置いてある。いろいろ相談して、というか、要望をぶつけて、この店をよりよい店にしていく、客としての楽しみを味わいたい。
まだオープンしたて。オペレーションが安定するまでにもっと時間がかかるとおもうが、蕎麦の旨さはもう絶大に信用できる。
注目店がまたできた。今後の健闘を祈ります。おめでとうございました!
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