牛を飼うということを考えた時、偉大な先人・木次乳業の活動を学ばずにはいられない。

2007年9月 3日 from 日本の畜産を考える


昨晩書いた木次乳業のプリンのエントリで、創業者の佐藤忠吉さんが「うちの牛乳は美味しすぎない」というようなことを書いていた、という部分、誤解を招いたらいけないなと思って、佐藤さんの話しを森まゆみさんが聞き書きされた本を調べた。

自主独立農民という仕事―佐藤忠吉と「木次乳業」をめぐる人々
自主独立農民という仕事―佐藤忠吉と「木次乳業」をめぐる人々森 まゆみ

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(以下、引用)

「農村は都市の植民地じゃありゃせんけん。生産するものが不健康で何がまともなものが作れるかいな、と気迫があった。消費者の奴隷にはならない。こびる必要もない。こびると必ずごまかしが入ってくる。ですから、『パスチャライズ牛乳は大量生産できません』『日本で一番うすくて美味しくない感じの牛乳です』と名乗りました」

(引用 終)

ふふふ、佐藤さんはもっと過激なことを書いていたんだなぁ!と思わず微笑んでしまった。

昨年度に木次乳業を訪れた時のことは今でも鮮明に思い出すことができる。


山あいの地にヒョッと出てきた工場で出会った佐藤貞之社長(佐藤忠吉さんの息子さんということだ)は、本当にひょうひょうとした感じの、力の抜けた方だった。難しい話しは一切抜き。

「時間もないみたいだし、牛を観に行こうか!」

と、自らの車で、山に登っていくワインディングロードをぐわんぐわんとばかっぱやく登っていく。

「山地酪農の地」と誇らしげに書かれた看板。しかしその牛舎には一匹も牛がいない。

「そりゃそうだ、今の時間はまだ牛は山にいるから」

ということで、山をとことこと登っていく。

大きなカーブを2回、まわったけれども牛は居ない。
うーん、いったいどこにいるんだろう、、、と思ってカーブを曲がりきったところに、彼らはいきなり居た。

うわっと僕ものけぞったけど、その時彼らの表情からも「なんだなんだ」「だれだだれた」「知らない顔だぞ」「興味津々」というような感情のようなものが見えた!

それにしてもブラウンスイス種は美しい。

長く牛舎用に改良されてきたホルスタインは、骨格や肉付きが運動に向いていない。山地に放牧されると、乳房が地面にすりつけられ、乳房炎になってしまって乳の質が落ちてしまったり、環境になじめずに病気になったりしてしまうそうだ。(ただし、先日高知県で山地酪農を見学したときは、3代くらいかけてホルスタインを山地向けに改良していた、そういうところもあるということだ。)

で、佐藤さんが出会ったのがブラウンスイス種。腰高なので乳房を引きずらないし、骨格も運動向きなのだ。しかし乳量はホルスタインほどは出ないし、あっさりした乳質になりやすい。そうした牛の質と乳質によって、山地酪農牛乳の殺菌法と味がデザインされていったのだ。

「この子達は牛舎に戻りたがっとるんですな。いま、扉を開けますけん。どどっと出てくるから、向こうの方に歩いとってください」

と佐藤さんがいうので最初のカーブで待つ。そうすると、山あいの小路を行進する、なんとも可愛らしい一段が見えてきた。


おおっこっちに来たぞ。あれ、とことこなんてカワイイ歩き方じゃないぞ、さすがに大型家畜。デカイ!どすどすと歩いてくる。

「ん? あの人誰?誰?興味津々!」とばかりにこっちに殺到!うわーーーーーーーーー


あまりに近接遭遇なのでちょっと丘の上に避難。とにかくすごい迫力なんである。
面白かったのは、同行の女性編集者I女史にまとわりついていたこと。彼女は困り切っていたが、牛が鼻をおしつけてくるのだ。きっと香水の香りに関心を示したんだろう。「やっぱ女の子が好きなのかなぁ」と思ったが、乳を出す牛はすべてメス牛である。謎。

放牧が終わってから、牛舎でも健全な餌を食い込ませているようだ。

「さて昼飯でも食べましょうか」

と佐藤社長が社員食堂に誘ってくださる。
じつは木次乳業の社食については、某畜産団体の友人が「感動ものですよ」と教えてくれていたのだ。

小さな食堂には社員さん達が集っておられた。
恐縮なことに社長みずからがサバをやいたのを取り分けたりしてくれる。

ご飯とおかずのラインナップを観ればお分かりの通り、非常に健康的な食卓だ!


木次乳業とはこういう会社だ。
ちなみに木次の牛乳商品全てがブラウンスイス種の山地酪農牛乳ではないのでご注意。
通常の木次のは、ホルスタインの生乳を低温殺菌したものだ。



豊富な商品をもつ木次乳業。取材の時に商品集合写真を撮っておいて本当によかった!

さてこんなに長々と木次乳業のことを書いているから、木次の牛乳を飲んだ方がいいよ!ということを僕が言っているのかと思われるかもしれない。でも違うのだ。

先の本を読むと、大きなオチが付いているのである。

(引用)

「ただし東京のお人が、遠くの出雲の牛乳を飲む必要はじぇんじぇんございません。関東でいい乳業メーカーを自分で探しなさい」

(引用終)

ガツーン!
と衝撃が来る。

そうなのだ。島根の牛乳製品を東京で飲もうとしたら、輸送コストもCo2排出も、そして余分な衛生管理も必要で人件費がかかる。そんな社会コストをかけるよりも、関東の人間は関東でいい乳業メーカを探し、飲むべきということだ。「ううん、でもそう言うところがないのよ」という人も多いだろうが、だったら頼みに行くなり、そういう牛乳が飲めるよう行動を起こしていくべきだ、ということを確認させてくれる言葉だ。これは水に関しても言える。PET入りの水を輸入したり、日本の名水を飲むのもいいけど、本来的には自分の住んでいる家の水道の蛇口から出てくる水が不味いなら、水源から家までの水質浄化を求めて行動を起こすべきである。僕も家では浄水器をつけて、極力買ってきた水は飲まないようにしている。外ではそうはいかないのが残念だけど、本質はそういうことなのではないだろうか。

しかし牛乳については関東近郊でもいい乳業メーカがあるし、手に入る。僕は大地を守る会の低温殺菌牛乳を飲んでいるが、これは静岡の函南(かんなみ)から来る乳製品で、その施設も見学させて貰ったことがある。本当は東京近郊に欲しいところだが、、、

ということで、
プリンの話しから異様に大きく脱線してしまったが、冒頭で紹介した本は素晴らしい内容だ。読んでおいて損はないと思う。

改めて木次乳業さん、ありがとうございました。