2006年6月26日 from 出張
※「しょっつる(塩汁)」についてこのブログで書いてきたのを観てから読んだ方が、日記の意味がわかると思います。
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秋田県が世界に誇る魚醤のニューウェーブ 「トトミー」http://www.yamaken.org/mt/kuidaore/archives/2004/04/post_197.html
■しょっつるという調味料について
http://www.yamaken.org/mt/kuidaore/archives/2006/05/wisdom.html
能代の楽しい夜、「べらぼうナイト」の翌朝、旅館を出ると青空が細切れに見える、しかし風の強い天気だった。
「やまけんさん。これから男鹿の突端にある諸井醸造所に伺います。あのしょっつるの蔵ですよ!」
そう、あの素晴らしいしょっつるやトトミーという魚醤調味料を世に問うている、諸井醸造所である。僕が日本の魚醤好きになったのもこのメーカのおかげなのである。
「午前中は割と天気がよさそうなんですが、とりあえずこれでも食べててください!」
と渡されたのが餡ドーナツだ。
「この辺の子供達が食べる普通のお菓子なんですけどね」
というが、この餡ドーナツがまた懐かしく美味しい。
通常の小豆あんもあるが、白餡入りのもあるのだ。
粉砂糖の甘さと、色が付いているような油の香りと小麦と卵の風味、そして餡の甘さが、総体でコッテリと舌に回る。
切れ切れに青空が覗くものの、全体的なトーンはまさに雪国。これが秋田の雪景色である。小一時間で、諸井醸造所に到着。
■諸井醸造所
http://www6.ocn.ne.jp/~shotturu/
〒010-0511 秋田県男鹿市船川港船川字化世沢176
TEL 0185-24-3597
「いやぁ~ ようこそこんな遠くまでいらっしゃいました!」
と、額からパァーッと光が放射されているような、諸井社長さんが出迎えてくださる。この方が、まさにしょっつるバカ一代といってよい方なのだ。
「わたし、本当に諸井さんのしょっつるをいただいてから、塩汁に関する考え方が変わりましたよ。全く魚の生臭みがなくて、上品な香りとコクのある旨み。素晴らしい調味料だと思います。」
「ありがとうございます!わたし、やまけんさんのブログに載せていただいているのを観て、とってもうれしかったです、、、それに来ていただけるなんて本当によかった!」
なんだか、初めて会った人ではない感覚。
ちなみに諸井醸造所のメインは醤油蔵である。ケースの中にずらりと醤油が並び、一番上の方にぽつんとしょっつる商品が置いてある。
佐々木さんが言う。
「実はしょっつるといえば男鹿半島の名物ですが、実情はかなり悪くて、海外の魚醤、ナンプラーやニョクマムといったものを輸入して混ぜて製品にするものがあったり、昔ながらの塩汁を伝えているメーカが減ってきている現状なんです。そんな中、諸井さんが『これではいけない!』と立ち上がって研究会を作り、地元の人たちと交流しながら製法や原料の研究を続けてきたんです。全部自費でまかなってましたから、大変なご努力をされてます。しかもハタハタ100%のしょっつるに行き着いたというのがすごい。」
「いやそんなにたいしたことじゃないですよ、、、でもハタハタだけでしょっつるを作るって言うと、周りからおかしいんじゃないかって思われましたけどね(笑)でもね、鰯とかを原料にした塩汁をやってて、何か違うと思ってたんです。ハタハタ100%の塩汁を作る過程で、何が違うのかわかってきたんですよ。まずはみにいきましょうか!」
おお、諸井醸造所のしょっつるタンクを観ることが出来るのかぁ!
蔵に入っていくと、さぞかし魚醤のあのツンとした匂いがするんだろうな、と思っていたにもかかわらず、まったく魚醤香がしない。
何かを絞るのだろうか、立派な赤い樽がオブジェのようにつり上げられたその近くに、秘密の部屋があった。
「ここに眠っているのが塩汁です。まだ仕込んですぐのものと、もうかなり醗酵の進んだのとがあります。」
不思議なことにここにきてもツンとするような刺激臭は全くしない。魚を醗酵させると、野菜とは比較にならないにおいがする。これはタンパク質によるものだとおもうけど、ここでは醗酵が穏やかなんだろうか。
「じゃあ、まだ仕込みから3週間目のものを観てみましょう」
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
ハタハタがギッシリ詰まっている!
かなりシュールな図である、、、ちょっと溶けかかったハタハタがギシッと詰まっているのである。
しかし本当に不思議なことに、変なにおいがしないのだ。無臭ということではないけれども、醗酵が良好に行われているのであろう、腐敗に由来する匂いが全くしないのである。
「これが数ヶ月でこうなります」
と、横のタンクの蓋をあけると、そこには茶色くどろどろになった流体に変化したものがあった!
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
全く違うではないか!魚の原体はいずこやら、全てがどろどろに溶けてしまっているのだ。
「この茶色いのが、魚が発酵菌に分解されたあとのカスなんですけどね。他の魚を原料に塩汁を作っていると、必ずカスが沈殿するんです。でもハタハタ100%だと、カスが浮かんでくるんですよ!不思議なものですねぇ」
そのカスが実はまた旨い!
指先にちょろっとつけて舐めてみると、、、
「アンチョビみたいでしょ?」
本当だ!
ほぼアンチョビペーストのような旨み、しかし塩加減はあそこまできつくない。全体的にまろやかで、調味料として使えるんじゃないか?という味だ。
「塩汁はね、実はギリシャとかイタリア料理と近いんですよ」
という諸井さん。本当にそうだな、と実感してしまった。
しかしこれ、本当にハタハタ100%である。下の写真のひしゃくにぽつぽつとハタハタの卵が付いているのが見えるだろうか?
ハタハタ原料のしょっつるの本物の仕込み風景をみてしまった、、、
感無量である。
「やまけんさん、ギリシャの話をしましたけどね、、、『ガルム』っていう調味料の名前をきいたことがありますか?」
ガルム!
文献でしか読んだことがないが、紀元前からギリシャで使われていた調味料というかソースのようなものがあって、それがガルムという名前だと言うことは知っていた。しかし、もしや、、、
「うちでね、ガルムを仕込んでるんですよ! 実はガルムはカタクチイワシの魚醤です。いろいろ試行錯誤して仕込んでみたんですよ。」
なにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい
ガルムを仕込んでいる!
秋田の男鹿半島でギリシャに伝わる魚醤にあえるとは思わなかった!
「こちらが、そのガルムを仕込んでいる部屋です」
もう諸井さんもニコニコしまくりである。この人は本当に魚醤が好きなんだなぁ、、、ということがビシバシと伝わってくるのである。
階段を上ってタンクの中を観ると、ハタハタの時のようにグズグズになった茶色い液体が。しかし、ハタハタのようにカスが上部に溜まるというのではない。多くは沈殿している感じだ。
ひしゃくで上を軽く混ぜると、すぐに茶色い液体が現れる。
このガルム、2005年4月に仕込んで、この秋田行きが2006年2月だから、10ヶ月でここまで醗酵されているということだ。
まだ微妙な醗酵が続いているのか、ポチポチと気泡が立っている。
ちなみにガルムの味は、ハタハタよりもやはりアタックが強く、魚醤特有の風味も強い。ハタハタしょっつるは和食などにあう柔らかい味だが、このガルムは思い切って中華やイタリアンに使える味なのではないかと思ってしまった。
いやぁ、、、
良いものを観てしまった!
タンクの部屋から出ると、すでにカスを濾過したしょっつるが湛えられた桶がある。
「どうですか、透明で、きれいでしょう?」
と、ひしゃくで優しく表面を波立たせる諸井さんの手を観ていると、この人、液体を愛でていると感じてしまった。
しかし本当に透明感ある、綺麗な液体だ。臭みも全くない。芳醇な魚由来の旨み一杯な香りが立ち上るのである!
感動しながら事務所に戻る。
「しょっつるが大好きだから、いろいろやってるんですよ!これは、魚のすり身に塩汁で味を付けたものなんですよ。」
このすり身、ある食品コンテストで賞をもらったそうである。
しょっつるは、単体では消費者にはわかりにくいコンテンツだ。しょっつるを使った料理と提案していくことが必要になっていくだろう。そう思ってみると、実はこの諸井醸造所さんではそうした料理提案が多い。塩汁鍋セットがあったので、買いたいとおもったが、美味しいハタハタがとれる冬季限定なのでこの時は終了してしまっていた。残念!
「これから商品化したいと思っているのが、ハタハタの三五八漬けというもので、塩汁と麹で味を付けているんですよ!いま焼けましたから、ぜひ食べてください!」
と運ばれてきた立派な体躯のハタハタ。ぱっと見には塩焼きだが、じつはこれ、三五八という麹ベースの美味しい地に漬けた魚なのだ。
美しくぷりぷりしたそのハタハタに頭からかぶりつく!
瞬間、酒粕よりずっと柔らかい芳香が絡んだ汁がブシュッと口に溶け出す。腹の卵(ブリコ)がパチパチと口の中で爆ぜる!
ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
こいつぁ 旨い!
ご飯が3杯くらいいけてしまう!
骨も丸ごと食べてしまえるこのハタハタ、塩気も旨みも100%の塩梅だ!
「どうですか、いけますか?」
ムチャクチャイケマスよぉおおおおお
はやく通販して欲しいと切に願う。今年後半にはおそらく商品化されるだろう。そのときにはゴソッと買い求めたいと切に思う次第だ。
いやしかしこの諸井さんとお話していると、本当にこちらまで心が明るくなる。
ハタハタ100%のしょっつるを開発する段階でのご苦労は、お話しからはみじんも感じられないが、孤軍奮闘、凄まじく大変だったろう。そして成功すると、一転して色んな人が寄ってくるという世の常。実はスローフードなどの文脈でいろんなところから引き合いがあるということだ。こういうこだわりの製品を、製造段階からきちんとサポートできる仕組みができてしかるべきだ、と思う。
「しっつるの使い道を私どももいろいろ考えてますが、やはりパスタに使うと美味しいですね。ホームページにいろいろとレシピを書きましたので、ぜひご覧くださいね!」
壁際にはその言葉通り、パスタの写真が。そう、トマトベースのパスタでも、アーリオ・オーリオでも、どちらでもこの塩汁がベストマッチなのだ。そりゃそうだアンチョビみたいなものだもの。よく考えてみたら、バーニャカウダのソースの味はアンチョビがベースだ。塩汁の登場機会は今後増えていくのではないか、と思った次第。
「やまけんさん、ガルムをもっていってください!それと、しょっつるのカス。あれも調味料になると思うんですよ。使ってみてくださいね!」
この二つ、さっそくにぼんぼり京橋店(←バルバリに店名変更)に持ち込んで遊んでもらった。パスタだけではなくいろんな使い道があるだろう。もし関心がある料理人さんがいたら、ぜひ諸井さんのところに連絡をいれて欲しい。でも、タダじゃダメよタダじゃ。試作用でもきちんと買ってあげてくださいね。
秋田が誇るしょっつる。しかし本物のしょっつるを伝えるメーカは少なくなってきているという。諸井醸造所は数少ないそのひとつであると同時に、新しいしょっつるを作り出そうとしている野心的な存在だ。出会えて佳かった。固い握手をしてお別れしたのであった、、、
(続く)
このWebはいわゆるグルメではありません。味や価格だけではない「よい食事」とは何かを追求するためにひたすら食い倒れる記録です。私の嗜好に合う人しか楽しめないと思いますがあしからず。
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