2005年6月26日 from 首都圏
早いもので、バー・オーパ門前仲町店の水澤君が劇的な優勝を飾った昨年の全国バーテンダー技能競技会から一年が経った。あの大会のレポートは、僕のこれまでの食い倒れ人生の中で、自己ベスト5に選びたいと思えるものだ。競技会の緊迫感、水澤君との関係性、色んな意味で忘れることのできないイベントだった。
偶然にも、先週インデアンカレーを食べまくった大阪出張に、福岡で今年の大会が開催された。翌日の夜に西垣内に連れられて行ったバー「Besso」のマスターが今年の大会で準優勝をしたという偶然があり、昨年のことを懐かしみながらカクテルを楽しんだのであった。
そういえば、、、
「やまけんさん、そろそろ世界大会に出品する創作カクテルが完成します!」
と、オーパ門前仲町店の水澤君が2週間前に言っていたのだ!
そう、今年の大会が開催されたことで、水澤君は晴れて「前・チャンピオン」ということになったわけだが、実は今年、本番が用意されている。昨年度チャンプは、10月に開催される世界大会に出場することになっているのだ。
その出品創作カクテルができあがっているはずだ。覗きに行ってみようではないか。
ここのところ、週の前半の平日にいっても混んでいることが多いオーパ門仲店。混んでるのはいいんだけど、テーブル席に座る人がうるさく騒ぐことが多いのでちょっと困る。バーでは静かに会話して欲しいなぁ。と思うのであった。門仲にはいいバーはここしかないんだから、、、
水澤君に「できてる?」と訊くと、ニマっと笑って「出来てますよ~、ただ、デコレーションだけ、素材の関係で、出来ない部分もありますが、、、」とのことだった。何でもいい、とりあえず出してくれ!
世界大会では、出場者を大会運営者が各部門に割り振る。つまりテーマが上から決められるのだ。水澤君がエントリされたのは「ファンシーカクテル部門」
「ファンシーっていっても、よくわからないんですよ、、、日本の意味と海外の受け取り方も違いますし、、、昨年以前の傾向をいろいろ研究しないといけないんです」
と言っていたわけだが、果たしてどういうカクテルにしたのだろうか。しばらく前までは、デコレーションにとある果物を使い、針金でビヨンビヨンはね回るようにするとか色んなことを考えていたのだが、、、
と思っていたら、何やらカウンターの下でこね回している。団子みたいなのを作っているのだ。なんじゃそりゃ?
シェイクをしたのでショートカクテルになっているのだが、一体どういうのがくるのだろう。シェーカーから注がれたそのカクテルは、濃いピンク色、粒状感のある物体が浮かぶものだった。最後に柑橘系のピールを絞って完成。
「やまけんさん、これが出品カクテル『ウィンター・ジャーニー』です!」
ふふふ、なるほど!皆さんお分かりだろうか、グラスの左底になにか物体がくっついている。
そう、雪だるまである!ウィンター・ジャーニーというタイトルだけに、クリスマスムードで攻めているのか。たしかに大会が開催されるのは10月後半なので、丁度良いと言える。
「これに加えてスターフルーツなどをカットしたもので彩りを添えます。」
なるほどなるほど、では味はいかがなものだろうか、、、
カクテルグラスを鼻先に持ってくると、ブラッドオレンジのような爽やかに甘い香りが漂っている。最後に絞ったのはオレンジピールか。しかし、この傾向なら、カクテルの味としては良くあるものだな、、、
と思いながら一口啜った。
ん?
んん?
んんん?
なんだこりゃあ!?
香りと味が全然違うではないか!
口中に拡がったのは、完熟したベリー類の甘やかな濃い香りだ。オレンジ香は鼻孔から感じられるものの、口に含んだ本体からは苺の香りと甘さのほうが伝わってくるのだ。
「な、なんだぁ? 香りと味がコントラストになってるよ!」
と僕がビックリした顔をすると、水澤君がふふふと笑いながら解説をする。
「通常、カクテルの世界では、見た目と飲み口と香りが大きく変わってしまうのはいけないとされるんですが、そのギリギリのラインで攻めてみました。最後にするオレンジピールとご推察の通りブラッドオレンジの果汁の香りがしますが、中身は苺のソースとグランマニエをベースにしたものです。ファンシーカクテルにはグランマニエを使用することが規則になっているのですが、お酒はグランマニエだけです。実は40°もあるアルコールなので、それだけで結構酔いますよ。」
なるほど、なるほど! いやちょっと度肝を抜かれてしまった。
最近、再三に渡り僕が読み返している本に、山本益博さんの「エル・ブリ 想像もつかない味」がある。
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この中で語られるエル・ブリの感動は、まさに「観ただけではわからない」感覚を裏切る楽しさとの出会いから生まれている。僕はまだエル・ブリの料理を食べたことがないけれど、、、
これは、料理の世界も現代美術のように、単に五感で味わうだけではなく、頭脳にもある種の刺激を入れることで楽しませるという方向性が入ってきていることを表している。そう、考えながら食べるのが楽しい世界というのがあるのだ。
水リンのこのカクテルの香りを味わい、そして液体を飲んだ時に鮮やかに感じた味と香りのギャップは、まさにこの世界を感じさせたのだ。これはちょっとすごいカクテルだと思う。
しかし、予想通り非常に甘い!
なんで予想通りかというとわけがある。
「この味は賛否両論でした。日本人の口に合うあっさりめのカクテルにするか、世界大会の主流であるヨーロッパ・アメリカの舌に合わせた、甘さと香りの強いものにするか。私は今回、世界の味覚で勝負しようと思い、この味に決めました!」
そう、カクテルの本場では、カクテルは総じてもっと甘くて濃いものらしい。そこに、日本人バーテンダーがこれまで大会で入賞できなかった理由もある。自分たちが美味しいと思うカクテルでは入賞できないのだ。
で、12月に開催された水澤君の祝勝会席上、お客さん代表として僕はこう言ったのだ。
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「先日、カツマタさんが世界大会で、味では2位という高得点を獲りながらも、全体では惜しくも破れてしまいました。実は野菜についてもそうですが、日本の素材の味は大陸のものとは違い、非常に細やかな味です。それを判別し味わえるように日本人はできています。だから欧米人には、日本の野菜の味が薄いと感じられる人も多い。
さて、先日オーパで呑んでいたら、水澤君としてはヨーロッパで受ける味にするか、それとも自分ら日本人が美味しいと思うカクテルで勝負するかで悩んでいました。
僕としては、ここは世界で勝つ味を選択して欲しい。 なぜなら、勝った人間にしか言えないことがあるからです。世界で優勝して、その席上でぜひこう言って欲しい。
『あなた方が飲んでいるカクテルは実は日本人の繊細な舌には合わない。我々はもっとデリケートな、こういう味を好んでいるのだ!』
と、世界に知らしめたい! そのためにも水澤君、勝ってください! 」
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ということで、この水澤君の選択を100%支持したい。
ちゅうことで、これからオーパ門仲店に行った時に、所望すればこのカクテルを出してくれるはずだが、無茶苦茶甘いのでご注意を。これが世界の味なのかなぁと思いながら楽しんでもらえればいいのではないかと思う。
世界大会は10月19日~25にちの旅程で、フィンランドのヘルシンキで開催される。僕ももちろん和服を着て参加するつもりだ。もしヘルシンキの旨いもの情報があれば教えて頂きたい。
ちなみにウィンター・ジャーニーとは、シューベルトの楽曲だそうだ。僕は聴いたことがない。今度CDを買っておこうと思う。
そうそう、雪だるまのマジパンはもちろん食べられる。マジパン団子を食べながらカクテルを飲むと、なぜか甘さが薄らいで飲みやすかったことを追記しておく。
このWebはいわゆるグルメではありません。味や価格だけではない「よい食事」とは何かを追求するためにひたすら食い倒れる記録です。私の嗜好に合う人しか楽しめないと思いますがあしからず。
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