北海道の味覚 10割蕎麦の達人打ちと巨大鱈鍋で轟沈した!

2005年3月 2日 from 出張

以前のエントリにも書いてあるように、今までで一番旨い蕎麦だと思ったのは、北海道夕張郡の岩崎農場で食べた蕎麦である。なんと言ってもそば粉が他と違う品種で、試験場では10割蕎麦が作れて旨いにもかかわらず、収量が少ないということで全国採用成らなかった幻の品種だ。それを目の前で石臼機で挽いて、すぐさま蕎麦に打つのだから、旨いに決まっているのである。

「やまけんが来るから、また用意しておいたよ」

と岩崎さんが言う。今回は札幌で仕事ができたので、その会議の前日に岩崎家にお世話になることにしたのである。千歳空港に降り立つと、鮮やかな空と固く白い雪の世界が拡がっていた。

迎えに来てくれていた岩崎夫妻の車に乗せてもらい、一路夕張の栗山町へ。

さて実は北海道にきたら絶対に僕が食べるものがある。それは北海道でコンビニといえばここしかないというセイコーマートにあるものだ。

北海道は本当にセイコーマートが多い。これはおそらく、ハードな雪国の特性を活かしたチェーン展開(ってなんなんだろうか?)の独自ノウハウがあるんだろう。しかしここの最大のウリは、実はサンドイッチなのである!

「あのね、ここの玉子サンドイッチ美味しいのよ!」

と教えてくれたのは岩崎さんの嫁はんである亜紀ちゃんである。彼女は僕と同い年で、ある種苗会社で農業資材の関係の仕事をしていた女性だ。

「セイコーマートのサンドイッチは別モノだね。食べてみて!」と言われて食べてみたら本当に旨かった!以来絶対に欠かさず食べている。

ちなみにセイコーマートのPBブランドのサンドイッチは、よくあるペラペラの薄いビニール包装ではなく、ポリエチレンっぽいちょっと集めのパックに、エアーを入れて密封された形で入っている。それだけ高級感がある。エアーで密封されているので押されても潰れないということなのではないだろうか。ちなみにその横にあるオレンジ色のジュースはナポリンという、これも北海道でしか観ないものだ。北海道ではコーラより知名度の高いコアップガラナと並び、このナポリンは実に良い意味で味わい浅い飲み物だ。おそらく絶対に果汁なんてもんが入ってないだろうと思われる味なんだが、安くて旨い。

で、このサンドイッチだ。パンはフカフカで香りがいい。玉子サラダはマヨネーズが控えめで、玉子の黄身の風味が活かされている。全体的におとなしい味だが、他チェーンのそれとは違ってまさに旨い。セイコーマートが東京にないのは仕方がないが、このサンドイッチだけはなんとか手に入るようにならないだろうか。

さて、1時間ちょっと飛ばして岩崎農場へ着く。札幌を出るといきなり雪がどどーんと積もっていて大変だ。

「よーし 他のメンバーも集まってるかなぁ」

ん?他のメンバーって誰?

「いや 今回ね、ヤマケンが来るっていったら、うちの農場の関連で付き合ってる会社の人たちがぜひ蕎麦をいっしょに打ちたいっていってね。」

ふうん、と思っていたら次々と車が農場に入ってきて停まる。

「こんにちは!」

と声をかけてくださった体格のいい方の姿にビックリした。なんと作務衣(さむえ)である。ある種の予感が背筋をツーと走る。この人、蕎麦マニア、、、?

「道具、どこに運んだらいいですかね?」

と4駆の後部トランクを空け、やおらゴルフバッグを担ぎあげる。ん?ゴルフバッグ?

「あ、これは蕎麦ののし棒なんですよ!」

んー ゴルフバッグに入れるだけののし棒を持ってるって???
そしてなにやらアウトドア用のテーブルセットかと思うような、しかしそれにしてはどでかい木の組板を岩崎家に上げると、なんとそれは蕎麦打ち用の台であった!

「これはですね、私が所属している蕎麦打ちの会で工房に特注した蕎麦打ち台なんですよ。いろいろと細かいところまで設計されていて、蕎麦打ちに最適化された作りになってます。これを持っていけばどこでも蕎麦が打てるのです

なんと!これはモバイル蕎麦打ち台なのだ!そんなの持ってるのにビックリ!しかしやはり蕎麦打ち会というセミプロの会に所属している方であったか!台以外にも、衣装ケースの中に道具類がグワッと収められている。

アレよという間にこの塚越さん、髪の毛が混入しないように帽子をかぶり、前掛けを掛ける。まさに蕎麦屋である!

「いやいや、まだ2年ですから全然素人ですよ、、、」

といいながら塚越さん、てきぱきと他の準備を進める。塚越さんは実は、岩崎農場のシステム開発を手がけているある企業の方である。

「うちはハウスでトマトを大規模に作ってるので、その制御とか管理システムの相談に乗ってもらっているんだよ。あとネット販売用のシステムもね。しかし、こんなに本格的にやってる方がいらっしゃるとは、、、」

と、岩崎氏もこの日こんな展開になるとは思わなかったらしく、ビックリ目である。塚越さん他、チャーミングな主婦の橋本さん、そしてお二人の上司である永井さんがおいでになった。


さてこれがくだんのそば粉である。石臼機で挽いて最初にでてきた粉はさらしな粉といって、中心部の粉である。澱粉なのでサラサラとしてくっつかないので、打ち粉として用いられる。岩崎農場ではさらしな粉を打ち粉にして、その他全体を挽いた粉を蕎麦に用いる。

「良い粉ですねぇ~」

と唸っている。本当は小麦粉を二割いれた二八蕎麦を打とうとしていらっしゃったのだが、ギャラリーのたっての希望で10割蕎麦に変更。

「うーん緊張しますね」

と言いながら目は真剣そのものになってきたのである。

岩崎さんのお母さんも「あらぁ こんなにすごいのは初めてみるよ」と驚き見守る中、粉をふるいにかけるという丁寧な下準備から蕎麦打ちは始まった。

ちなみに蕎麦で最も重要なのは、そば粉に水分を浸透させる水回しという作業だ。水加減で蕎麦打ちが成功するか否かの相当に大きな部分が決まってしまうと言う。

これもスペシャルな捏ねバチに水を細心の注意で注ぐ。

すぐさまダイナミックに両手を使いながら粉に水を行き渡らせる。4分ほどすると色がだんだんと青みがかってきて、そして水を含んでまるまりはじめる。
様子を見ながら水を足したりして、全体をくくりに入る。

くくった塊をやわやわと練り込んで、ひとまとめにし、丸く押して玉のできあがりである。この時てかりというか艶があるのが望ましいらしい。先生の模範演技である。

これを伸してていく。こののしの作業で僕はいつも失敗するのだが、塚越先生の模範演技はいとも簡単そうにやっておられる!

彼が伸していくと、そば粉の塊がなんでこうなるのか?と思うばかりの綺麗な長方形のシートに成っていくのだ。

ちなみに塚越名人の持参した数本ののし棒にはすべて名前が書いてある。原料木も一本一本違っていて、それぞれの木に由来する性格があるそうだ。ふっ深い!

さあ、シートが綺麗に折りたたまれた。なんと美しい、、、端整とはこういうことを言うのだ。

さあこれを切りに入る。その前にこの包丁をご覧いただきたい。手元のほうに塚越名人の顔が写り込んでいる、、、そう、これは実はステンレスではなく鋼なのだが、徹底的に鏡面仕上げに研磨しているのである!触っただけで切れてしまう斬鉄剣のようではないか!

これまた特製のコマ板が出され、いよいよ蕎麦を切り始める塚越さん。トン、トン、トンとリズムが一定である。

そうしてできたのがこちらの麺だ!うわーお素晴らしい!蕎麦打ちができる人は本当に尊敬に値するなぁ。だって麺ができてしまうんだよ?スゴイよね、、、

さて
僕らも観ているだけではダメなので手打ちで応戦である!

まずはこれも経験の長い岩崎さんが打つ。

「僕にも師匠がいるけど、塚越さんの打ち方は参考になるなぁ」

といいながらすんなり蕎麦を仕上げる岩崎氏であった。

お次は僕である。

実は水回し、捏ねの段階まではとても褒めて頂いた。山形など色んなところで教えて頂いていることもあり、大体の工程は分かっているのである。

しかし、、、実はまたもや失敗!水分が多すぎたのか、打ち粉が少なかったのか、のし棒で伸している段階で重なっている面がくっついてしまい、生地が破れてしまったのである!

む、無惨、、、
残念だが破れてしまった部分はもう見捨てて、まだ大丈夫な半分だけを救済することにした。ぐわー 悔しいよぉ

で、いちおう僕は切りは結構旨いといわれる。この日も、あまりに切れ味のよい斬鉄剣包丁のおかげで、かなり細めの蕎麦を切ることができた。


ふぅううう
できたよ、、、でも今回も完遂はならず、という感じだ。次回こそはきっちり一人で打ってやる!

さてあとは食べるだけだ!
塚越名人がゆでを開始する。

さてできた!これが今年初の完全手打ち蕎麦!

実はこれは僕が打った麺なのだが、やはり麺の太さがばらついているか。

まあそれはどうでもいい。まずはこの蕎麦を何もつけずに数本たぐってみる。
すすり込み、噛みしめると同時にブワッと拡がる甘さ!蕎麦本来の甘さがいきなり拡がる。そしてあの蕎麦の香りが、、、これだよ、ここと山形の鈴木製粉所でしか味わえなかった蕎麦の香りが、もう口中、鼻孔中に充満し、むせ返るんばかりになる。

「旨い! やっぱこれだよ蕎麦ってのは!」

もうやまけんご満悦である。僕の打った蕎麦、岩崎さんの蕎麦、そして名人の打った蕎麦と3種をたらふく食べさせて頂く。

正直、この蕎麦に勝る蕎麦にはやはり出会えないな。食ってみれば分かる、、、けど食わせようがない。別物の味と香りなのだ!

「塚越先生、どうもありがとうございました!」

「うーん 塚越君がこんな趣味持っているとは思わなかったなぁ、、、」

と上司の永井さんが笑いながら仰る。

「ま、これから魚も食べさせるから。ぜひ楽しみにしていてね」

そうおっしゃって永井さんは準備のために岩崎家を辞した。蕎麦を食べ過ぎた僕はしばらく放念状態。

そしてすぐさま、夜は始まったのである、、、