2005年2月25日 from 首都圏
頭がボーっとする程に忙しいし、しかもシチリア行きで書けなかったいくつかのエントリに取りかからないといけないのに、ちょっと衝撃の店に出会ったので書かずには居られない。
久々に一本、二本、三本くらいとられた!という感じである。
「やまけんさーん、ちょっとPR頼まれてる店があるんだけど、一緒にたべにいかない?」
とチャーミングに誘ってくれたのは、フード関連のPR・プロデューサの小川女史である。女性一人で行くとあまり食べられないし、それだとPRのネタが収集できないから、ということだ。そんなの俺にマカセトケ!
「でね、そこは昔からの知り合いがオーナーをしてる店なんだけど、宮崎の地鶏が大好きで大好きで、研究して歩いて店を出したらしいのよ、、、」
ここでピクンときてしまった!
「宮崎」そして「地鶏」。この二つのキーワードを告げたら、僕はもう少しテンション上がってしまうのだ。折しもこの日午後に、宮崎の生産者をオフィスに迎え入れたばかりだし。
「ふぅううううううううん、、、宮崎の地鶏にはちょっとだけウルサイよ。」
宮崎に行ったことがない人は知らないだろうが、あの辺では地鶏といえば、長期間肥育して旨味が乗り、かつ肉質がみっちり堅く引き締まったものを炭火で「こ、焦げてるよ!」という手前まで焼いた「腿焼き」や、皮目だけ炙った腿をそぎ切りにした「地鶏のたたき」などが定番だ。特に僕はタタキは大好きで、宮崎に行った時には一日一回は食べるようにしていたものだ。
ということで、この店に行く前の僕のモードとしては、「どれどれ、ちょっと様子を見て上げようか」というくらいの、斜に構えた嫌な感じだったのである。
日本橋の僕のオフィスから自転車で4分くらい。新大橋通りを人形町に抜ける途中を間借り、ホテル法華インという渋いホテルの向かい側にある。この辺は、スリランカカレーの「カレー革命」もあり、なかなかにソソル通りであるが、この店のように中に入るとチョイスが少なく、目立たないので穴場である。
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■ぼんぼり
東京都中央区日本橋蛎殻町1-5-1 オイスター1-5ビル1F
03-3664-2777
実はここのオーナーさんは建築家・デザイナーであるそうで、この店構えは確かに無茶苦茶カッコイイ。一度来てみれば分かるが、外見は古い民家調、中はモダン民芸とかなり考えられた造りなのである。
この店のオーナーは小林さん。実は彼は、今をときめく某飲食店グループのデザイナーをずっと務めていた人だ。あの、紅い虎の鉄鍋の餃子とかが有名なところ。現在は独立して、すでに京橋に海鮮料理の店を出し、ヒットさせている。
「本当は建築家なんです。ビルのリフォームとかが本業なんですよ、、、」
と言うと、小川女史が
「小林さんって、デザイナーといっても、フライパン握るデザイナーなんですよ!まああのグループの人は全員料理もできる人だったからなぁ。」
という。そうか、ただのオーナーではなくて料理好きなら信頼がおけるな!
飲み物メニューはやはり芋焼酎中心ではあるが、とくに宮崎モノにこだわっているわけではないようで、芋・麦・米その他洋酒と、必須アイテムは全て揃っている。僕は「やまねこ」のお湯割りを所望。
食べ物メニューを観ると、一品料理に加えて豊富な串焼きメニューが並ぶ。
「宮崎ではモモ焼きが主体ですが、やっぱり東京だと串が沢山出ますね。」
うん、それはおそらく文化の違いなんだろうなぁ。小林さんは宮崎料理が大好きで、食材を求めてさんざん歩いたらしい。
「本当に美味しい地鶏はどれかな、と思って、養鶏農家さんのところをいろいろ廻ったんです。で、結局今取引させて頂いているのは、『○○○い』さんと同じ養鶏農家さんが主体で、量が足りなくなった場合はまた違う業者さんから補充しています。」
おおおおおおおおおお
伏せ字にしておいたけど、あそこの鶏なら信用して良いんじゃないの?というビッグネームである。
実は宮崎が誇るモモ焼きも、人気をあてこんで、肥育期間の長くした肉用の鶏ではなく、採卵鶏(卵を採るための鶏ね)の年取ったのを焼く店が多い。それだと、堅さはあるけど味は豊かでなく、一目瞭然なのだ。観光客はその堅さにびっくりして喜んで帰るけど、本当の宮崎のモモ焼きはそんなもんじゃないのだ。ということで、仕入れは重要なのであった。
「ただ、宮崎山地鶏は旨いんですが、煮たり親子丼にしたりするための肉質ではないように思いました。関東のお客さんだと特にそう思われるでしょう。ですから、用途によっては肉質の柔らかい、鳥取の地鶏を使い分けています。」
なるほど!それでか。
この店、宮崎山地鶏を食べさせると謳ってはいるものの、「宮崎料理」とは前面に出していない。小林さん自身が宮崎料理をリスペクトしているのは言葉の端々に出てくるが、それを関東流にアレンジしたものを提供しているわけだろう。
「さて、まずは食べて頂きましょう!」
■刺身三点盛り
ササミ、胸肉、砂肝が綺麗に盛り込まれている。この艶と色でだいたい鮮度がわかるものだが、砂肝がビチビチに新鮮そうな色合いだ!
「砂肝はショウガ醤油でどうぞ」と仲居の子が言ってくれたのでそうしてみる。新鮮な砂肝の生は、火を通さなくてもザクリとした食感だけど、焼いたそれで感じる独特の香りが押さえられて貝の刺身のような食感だ!ササミ、胸肉も当然ながら新鮮。これは言うこと無いね。
■ハツのニンニク醤油漬け
「これがねーけっこう自信作なんですよ!」
うん、初めて観る!ハツ(心臓)を割り、血抜きをしてからニンニク醤油につけ込んでいるのだろう。
とっても綺麗な断面。ニンニクの香りがブワッと来るのかな、と思いながら口に運ぶ。
うわ、ビックリした! まず最初に来るのは甘さだ!ハツの少しコリッとしながらフワッとした食感の次に、甘さがジュワッと感じられ、そして抑えの効いたニンニクの香りが追随するのだ!
「うおー これは初めて食べましたよ!旨いな!」
「ありがとうございます、、、」
これですでに一本。獲られました、、、内臓をこうして様々な方法で食べさせるというのは、あまり宮崎でも楽しんだことがなかった。来月の出張時には本場宮崎では内臓の取り扱いがいかなるものか楽しんでこよう!
「串、行きますか、、、」
串焼きは、腿肉の串が一本260円でその他は240~180円と、リーズナブルな価格に抑えられている。仕入れの話を訊いた後でこの価格をみるとちょっとビックリである。
■レバー
レバーは本当にわかりやすい食材だ。だれでも一目瞭然だもんね。
案の定というかなんというか、砂肝の時点で分かっていたことだけど、鮮度がいい。かつ、いい育て方をしている鶏のレバーの味がする。健全な肥育を受けているな。
「はい、鶏が歩き回るスペースが確保されている飼い方です。」
内臓系は特に鶏のストレスが味に出てしまうから、密集飼いをしない、など注意が必要なんである。
■ツナギ
あれぇ~ ツナギってなんですか???
「これはハツに連結した部位です。そこだけ切って串にしてみました。」
ああああああああ あれってツナギって言うんだ!?そう、昔から鶏の肝の時雨煮とか食べると必ずハツとレバーの横に旨い部分がくっついてきていたんだけど、これがそうなのか!
食べてみる。鶏とは思えない濃厚なトロトロ感。この串は甘辛いタレで焼かれており、その香りの濃厚さもよく、肉の旨さを引き立てている!
「旨いよ、旨い!」
一緒について来たからしにんにく味噌みたいなのをなすりつけて食べるとさらに味が複雑になって旨い!
■鶏皮キムチ
最初観た時には切り干し大根のキムチかと思った!でもこれは鶏皮なんである。
鶏皮のザクザクした食感がキムチ味に合っていてこれも旨い!
「食べた人は結構やみつきになる感じらしいですよ。この皿もよく出ますね。あ、そうだ、野菜も食べて下さい。」
と言って小林さんが「キャンディキャベツね」と店のコに言うと、山盛りの生キャベツが出てきた。これを先のニンニク味噌をつけて囓る。
甘いねぇ、、、甘い。しかし、300円でこの山盛り度合いはいいな。本当は野菜が一番好きな僕としては、こうやって生の野菜をそのままドンと出してくれるところは有り難いのである。
「小林さん、地鶏のたたきはないんですか?」と訊くともちろんあるとのこと。出てきたそれを見てびっくり!
■地鶏のたたき
なんか、宮崎バージョンと違う~
上に載っている白い物体は、もしや山芋でないの??
そう、山芋であった!ミョウガと山芋を薬味にポン酢で食わせるタタキ。
「これもアリですね!」
肉を噛みしめる。タタキの好みは色々あって、僕は噛み切れないほど堅いのも好きだが、ここのはやや優しい食感。これも東京を考慮して戦略的に練られた結果だろう。これもアリ!
「でも私には、普通に食べてる鶏肉にくらべて堅さを感じますよぉ」
と小川女史が言うのだから、おそらくそうなのだろう。関東の人には相当に驚きの味わいになるはずだ。
さて、二本目をとられる時間がやってきた。
「小林さん、チキン南蛮ないんすか???」
「あっあります。ただ、これも私流にアレンジしているんですが、、、」
そのアレンジたるものが、僕の想像を超えていたのである。まず、チキン南蛮という料理を知らない人は、こちらの記事をご参照の上で進まれたい。
■宮崎にいくならチキン南蛮と釜揚げうどんを食べよう
http://www.yamaken.org/mt/kuidaore/archives/000114.html
宮崎のチキン南蛮は面白い衣の付け方で、鶏肉→小麦粉→卵液という順番なのだ。最後に卵をつけるのがポイント。これが、南蛮酢によくからむ揚げ方なのである。しかし、それを全く違う文脈に置き換えたのがここの一皿であった!
■ぢどり南蛮タルタル添え
おわかりだろうか、衣がフワフワとしたフリッター衣なのである!
「おおおおおおおおおおお そうきましたぁああ???」
メレンゲを使っているのだろう、衣部分がさくさくフワッとした厚みのある仕上がりだ。しかしこの繊細な衣だと地鶏の堅さに合わないのではないか、、、と思っていたら、「この料理には宮崎山地鶏ではない、柔らかい肉質の鶏を使っています。」という。
食べてみてそれがわかった!もも肉だが無茶苦茶柔らかい。モロリと崩れる肉質だ!肉汁がじわっと来ているのが写真でもおわかりだろう。これをタルタル一杯のせて、ピーマンのピクルスを載せていただく。皮がサクリとし、その後は本当に柔らかいモロモロと崩れる食感。これに合わせているのだろう、タルタルは優しめの味だ。全体的に柔らかな味に仕上げる意図があるのだろう、もう少し線の太い味だとご飯のアテになるのだが、逆にこれは一品料理としてのラインを狙った結果だと思われる。ピーマンのピクルスを一緒に食べると、薄かった酸味が補強されて、ちょうど良い味になった!
「二本目、獲られましたよ!」
ニヤッとする小林さん。
「いやぁ 不安だったんですよ、美味しくないって言われたらどうしようかって、、、」
いやもうここまででかなり高得点です。
しかもこの料理にはチキン南蛮という名前は使われていない。そう、先に書いたように、彼の宮崎料理をリスペクトしている気持ちが、安易なネーミングを避けているのだろう。だからこういうのが一番ふさわしい。「この料理は、宮崎料理をリファレンスにした創作料理である」宮崎県人にとっても、「ふうん、こういうのもアリなんだ」と思えるだろう。それほどに宮崎のチキン南蛮とは違うモノに仕上がっているのである。
■玉子豆腐
「やまけんさん、これ自信ありなんですよ!」
というこの卵豆腐、なにが違うのかなぁ、と思ってスプーンをさすと、確かにビックリ!
中から湧き出てきたのは玉子の黄身である!どうやって作っているのかわからないが、生の黄身が下に仕込まれているのだ。卵豆腐の加減もふわふわトロリのプリン状で、これも文句なしに旨い。この一皿が450円は安いな!
「これ、絶対にオンナノコが好きな味!」
と小川さんがうなずく。いや、オレも好きだよこの味!
さて、では正統派地鶏のモモ焼きを食してみたい!
■地鶏モモ焼き
出た!黒々としたこの地鶏のハードな焼き加減。しかしこれはごく近火の炭火で焼いているから着く色で、コゲているわけではないのであるのでご注意。食べてみたらビックリするよ!
ジワッと染み出る肉汁に地鶏と炭の香り。バチバチという強い食感の皮。肉質は堅すぎない、しかし全く柔らかくはない、あの宮崎山地鶏の味である。
「いや、宮崎中の色んな店にいって焼き方を盗み見しましたよぉ~」
厨房にいるのはとても若い人たちばかりで、東京出身の人が多いそうだ。しかし実にきっちりと良い仕事をしている。これはオーナーであり料理レシピを考える主体でもある小林さんの目が行き届いているということだろう。この炭火焼きは、正統派の味である。この部分は汚さない、という小林さんの意志が現れているようだ。
そして、今回のクライマックス、三本目を獲られる時がやってきた。
「最近はいろんな親子丼がありますけど、うちのはおそらく業界初、炭火焼きを親子丼にしたんです。」
うーむ 宮崎地鶏を炭火焼きしたのを具材に親子にするのか。あんましうまそうじゃないな、、、けど、話題作りのためにはやむを得ないんだろうな、と思いながら皿を待った。
そして、驚愕の時間がやってきたのである。
■ぼんぼり親子丼
うおおおおおおおおおお
なんだこれ、マーボー丼?かと思うような漆黒&チャコールの丼が出てきた!なんだなんだなんだこれは?
よーく観ると写真のこちら側にあるのは、玉子だけを親子丼つゆでトロトロ半熟ににしたものに、さらに甘辛そうなタレがかかっているというものである。そして反対サイドには、炭火焼きの真っ黒肉が盛り込まれ、そこに白髪葱が盛られているという威容なのである!
こいつはもう食ってみるしかない!
「僕としては、地鶏の部分を食べて、玉子を食べて、という交互に食っていくのをお奨めします」
と小林さんがいう。まず地鶏部分を木さじですくって口に運ぶ。ガシッと堅い食感が来るかと思いきや、、、
「柔らかい!」
そう、この親子丼には宮崎山地鶏の堅さは合わないと小林さんは判断、肉質の柔らかい地鶏を炭火焼きにしているのである。これがかなり功を奏していて、白飯に合う味になっている!
そしてトロトロの玉子部分を口に運ぶと、一気にその鶏肉の旨味が増幅された!なるほど確かに交互に食べる方法だと、お互いが旨さを増強し合って佳い!ちなみにこの玉子部分にかかっているのは「鶏ダレ」だそうだ。これが適度に濃厚で旨い!
これはもうヤラレタ感が強い!いさぎよく三本目を進呈しよう!と思いながら一気呵成に掻っ込んでしまった。
実に旨い! ただし、この丼の中では、横に拡がる旨味部分は強いが、立ち上る対角の味覚があるともっといいだろう。具体的には酸味が欲しい。よく漬かった酸っぱいぬか漬けが脇に添えられているだけで、くどさがなくなって食後感が軽やかになると思う。
反対に、一緒に出てきたぢどり南蛮タルタル丼は今ひとつであった。さきのぢどり南蛮タルタル添えは、一皿料理としては完結しているが、丼で白飯を食べさせる原動力は持っていないように思う。けど、帰りながら考えたのだけど、白飯の部分に南蛮酢を少しかけて酢飯風にして、そこにチキンを載せたら味の補強ができていいのではないかと思ったのだけど、いかがでしょうか小林さん?
あー しかし喰った食った。
「いや ホントに喜んでいただけてよかったですよ!」
いやまじでビックリしました。訊けば開店して1年経つということだったが、灯台もと暗し。自分のテリトリーなのに全くこの店のことを知りませんでした。グルメガイドのWebにもいろいろ載っているようだけど、的を射たコメントはついぞ観られない。ここは面白い店である。とにかく
「宮崎料理を最高にリスペクトし、リファレンスした創作料理」
である。この言葉の意味を理解してくれた人は、必ずここで満足を得られるだろう。宮崎料理が食べたい人は、渋谷か赤坂の「魚山亭」に直行すべき。安定した火力の郷土料理が楽しめる。そしてここ「ぼんぼり」は、マタ違うニューウェーブ東京風の地鶏料理が楽しめる店なのである。
そうそう言い忘れた。この日3人でさんざん食べまくって(ほとんど僕が食べてたけど)、会計は一人5千円を少し出るくらいだった。通常なら4人で割るボリュームだ。非常に戦略的にリーズナブルさを出している。ランチもやっていて、親子丼を出しているらしいので、試してみて欲しい。僕も近く、自腹で行って確認するつもりである。
このWebはいわゆるグルメではありません。味や価格だけではない「よい食事」とは何かを追求するためにひたすら食い倒れる記録です。私の嗜好に合う人しか楽しめないと思いますがあしからず。
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