2004年9月17日 from 常夏の楽園・沖縄を食べ尽くす
ようやく沖縄4日目である。かつてこれほどに濃密な食い倒れ旅行をしたことがないので、書く方も大変なのだが、どうか読者さんもついてきて頂きたい。何せこの4日目が大本番だったのだから。コメントにレスつける余裕もないのだがご理解頂きたい。
4日目の日中は、加賀谷と二人でフリータイムだ。卓とキッペイも、ほぼ僕にフルアテンドしてくれているので、そのままだと自分や家族とのの時間が持てないからだ。ただしこの夜は、卓の親父さんが懇意にしているという琉球澱伝統料理の店に連れて行って頂ける。
「ヤマケンがイラブーを食べたいっていうので、地元でも評判の店を予約しておいたよ。レンタカーで行っておいで!」
イラブーとは、猛毒を持つエラブウミヘビのことだ。古来、沖縄ではこのイラブーの燻製を珍重し、滋養強壮のために食べてきたという。ということなんだが、別に滋養強壮とかが目的じゃなくて、とにかく旨いらしい。以前、敬愛する東京農業大学の小泉武夫先生が、
「これこれ、このイラブー汁は、日本の宝ですよぉ!」
と叫びながら汁を飲み、滝のような汗をしたたらせていたのをみて、「いつか絶対に食うゾ」と決意していたのである。
卓がコーディネートしてくれたのは、「カナ」という店だ。
「すんごく小さな店で、わかりにくいところにあるみたいだから、レンタカーを借りてカーナビをセットするところまでは僕がやるから。」
と、卓は朝、親父さんとともにレンタカー屋まで同行してくれる。どこまでもいいヤツなのだ、卓は。沖縄での卓は、本州でみるビジネスバリバリ系の彼と全く違って、空気がゆったりとする。なんだよ、これが本来の卓なんじゃないか、と思いホッとするのであった。
「じゃ、いくよ~ん」
加賀谷が運転する車で県庁前の「パレットタウンくもじ」を出て、一路北へ。沖縄の幹線道路は今回の旅で大体巡ったので、理解できた。今日の道程も、2日目の名護へ通じる道だ。やはり沖縄は車社会で、旅にも車がないと十二分に楽しむことが出来なさそうだ。僕は諸般の事情で数年前に免許取消しになってしまったので、誰かと来なければいかんなぁ。
さて カーナビと格闘しながら、青い空の下、快適なドライブをしばし楽しむ。道が空いていたので、1時間しない内に目的地近辺に到着。しかし、幹線道路から一本入ったらただの田舎道で、どこに店があるのか全くわからない!勘で探したら、やっと小さな看板を見つけた。
「ふうぅ~ やっとついたね、、、」
しかし、車を停めた道からさらに奥に入っていくようだ。ほんとに店があるのかよぉ~と不安になる。
そういえば加賀谷はこの旅にDVカメラを借りてきて、僕が食い倒れる様を撮りまくっている。この写真でもカメラを構えている彼が居る。加賀谷は常々、「やまけん、食い倒れは動画に残すべきだ!」と言っているのだが、なかなかそうしない僕に業を煮やしたようである。
どんどんと道を歩いていくと、行き止まりになって民家があり、覗いてみると、店の玄関があった。
■カナ
沖縄県北中城村字屋宜原515・5
098・930・3792
月・日曜日休
玄関をあけると、予想通り民家のつくりで、居間と座敷にそのままテーブルを置いてあるという風情だ。お客さんが2組居たが、店の人は見えない。靴を脱いで上がると、厨房に親父さんがいらっしゃったので、「予約していたものです」と伝え、座敷に座らせてもらった。しかし、ちゃんとオーダーが通っているのかどうかが全くわからないのでまた厨房を覗くと、オバアがいた。
「あ、予約してきた方ね。うん、ごめんね、まだもう一人の店の人がきてないもんだから、忙しくてねぇ。イラブー汁定食でいいのね。待っててね」
というようなことを琉球の言葉で、そしてかなり沖縄時間で話してくれる。このオバアが実に力が抜けていていい感じだ。
さてそこからがまた長かった。コッコ食堂もそうだが、沖縄の飯屋では待つことが嫌いな人は楽しめないかも知れない。我々が入店した後も数組の客がきたのだが、皆不安になるらしく、おばあに色々確認しにいっている。その内に店の手伝いさんが到着。どうやらこの店では基本、おじい&おばあは料理に徹し、仲居さんが上げ膳下げ膳をやるということらしい。ちょっとホッとする。
このエントリを読んでカナに行こうという人は、ゆめゆめ焦らぬよう。沖縄時間を心に持って行動されたい。
なんてことを言いながら、僕は昨晩に抱いた疑問を消化できぬままでいた。その疑問とは、「アメリカからの流入による2次元的平面味空間ではない沖縄料理はどこへいっちゃったの?」ということだ。いや誤解しないでいただきたいのだが、この二次元空間は大好きである。A&Wなんか毎日通いたくなったし、キングタコス万歳だ。しかし、この沖縄には、それらが流入してくる遙か以前から存在していた伝統料理があるはずだ。それを、味わいたいと思っていた。このイラブーは完全な郷土食だから期待していいのだろうけど、どうなんだろう?
そんなことを考えながら、待ち時間、全く手持ち無沙汰で、外の景色を見たりしながらなんとなくやり過ごす。加賀谷もあまり話をせず、数日間の沖縄でのテンションを調整するような、静かな時間、、、
それが、一気に破られることになった!
「おまちどおさま!イラブー汁定食ね!」
おおおおおおお
これがイラブーかぁ! 写真でみるよりも映像でみるよりも、ショッキングな見た目である。スープは濃く濁った茶色で、見るからにゼラチン質豊富だ。昆布の巻いたヤツがドスドスと入っており、この写真では見えないがテビチ(豚足)も豪快なのが2塊入っている。そして上部に見える黒い棒状の物体がイラブーである。
特に、このイラブーの皮の見た目はちょっとグロいなぁと思ってしまいがち。お世辞にも食欲をそそるとはいえない外観だ。これは、イラブーを乾燥させ燻製にしているからなのだろうが、なんだかゴムホースみたいな見た目である。
「おおお、、、よっしゃ、食ってみるか、イラブー!」
まずはイラブーの肉をつまむ。加賀谷、DVカメラを構えた。緊張の一瞬!
びっくりした。想像できないほどに柔らかい!
皮目の部分はトロリと溶け、中からホックリとした茶色の身がでてくる。この身のホコホコ感を感じながら噛みしめると、実に豊かな味わいのダシが、肉ジュースが、口の中に拡がった!
これは 旨い! これだ! これに出会いたかったんだ!
スープを啜る。 加賀谷と顔を見合わせる。
「おおぉっ、、、 なんだよこのスープ!」
正直、こんな奥深い、旨味の強いスープを飲んだことがない。昆布やカツオ出汁も入っているだろうが、圧倒的な味わいを出しているのはイラブーから滲み出るエキスである。その旨味はこれまでに味わったことがないものなので、何とも表現できない。僕は初めて自分のボキャブラリーを恥じようとしている。
しかし本当に、このイラブーの肉ほど、見た目と食味のギャップがあるものはないだろう。ほとんどの人が、この黒い鱗片が見える肌を見るだけで、ゴムホースのような食感を想像するはずだ。しかし、事実は全く正反対で、柔らかく香ばしく、まさしく肉である。滋味がこんこんと湧き出る泉である。
以降、ほとんど加賀谷とも会話をせず、とにかく汁を啜り、オカズを食べる。
てびち(豚足)が多量に入っているので、二人とも口に含み、骨をとってコツコツと皿に空けていく。この豚足にイラブーの汁が染みこみ、とろけるような絶妙な味になっている。
ちなみに、イラブー汁定食は3500円で、イラブー汁とオカラ、じゅうしい(炊き込みご飯)、じーまみー豆腐、漬け物がつく。このサイドディッシュ類がまた、絶品揃いなのだ。
ジーマミー(地豆=落花生)豆腐は抜けるような白い肌。舌の上でまさしくとろける食感と落花生の風味が最高だ。
おからのひと皿は、モヤシなどと炒められていて、しっとりポロポロと実に地味ながら味わいが深かった。大根の漬け物もきちんとしたもので、変な調味料はこの店には皆無であった。
そして一番感動したのは炊き込みご飯である「じゅうしい」だ。
沖縄料理に多用される青菜、「ふーちばー」(よもぎ)を細かく刻んだものが入ったこのじゅうしい、初日から何回か食べてきたが、それらを軽く上回る絶品であった。しっとりとした炊き加減、炊く時にさされる油の風味、そしてふーちばーのほろ苦い香り。脱帽である。
嵐のような20分間であった。
この僕が、お代わりをしたら、せっかく円環に完結した世界観が崩れてしまうと、控えるほどだ。それほどの魂の満足感を得ることが出来た。
やはりこれだ!
本当に美味しいものは有り難いもので、適量で心が満腹になる。味に奥行きのないものは、いくら食べても心の満足感を感じないため、これでもかと食べて満腹で気を逸らしてしまうのだ。自分の未明を恥じる僕だった。
イラブー汁定食が運ばれてくる前の加賀谷と僕と、食べ終わってからの二人を観ている人がいたら、他人ではないかと思っただろう。それほどに、我々は細胞レベルで活性化され、良い気に満ちたのである。
「なんかさ、ヤマケン、腹のあたりが暖かくないか?」
「おう、これ、イラブーのパワーだな!」
汁物を食べたからではない。なにかじんわりと下腹部が熱い。それも、内側から小さく照らしてくれているような、暖かな熱である。本当に有り難いものを食べてしまった。カナのイラブー汁は、ホンモノであった。
おばあに御礼を申し伝える。イラブー汁も旨かったし、じゅうしいにも感激した旨を伝えると、素晴らしい言葉を下さった。
「あのね、じゅうしいの命はふーちばー。おからの命はもやしの使い方なのよ。」
その心は分からずとも、このおばあとおじいは、信念を貫く料理を出し続けてきたのだなと実感する。
ごちそうさまでした! 本当に感動した。この店を教えてくれた卓にも大感謝である。食い倒ラーの沖縄巡礼に「カナ」は絶対に欠かせないコースであるとする。そして、この店に行く時はかならず、
「すくなくても前日予約をしてから来てくださいねぇ。それと人数が増えると困るわねぇ。減る分には大歓迎よ。そして、うちなー時間でゆっくり来てくださいねぇ、、、」
そう、イラブーは下処理に時間がかかる。最低でも前日からだ。当日いきなり行っても、ものが無く食べられないこともあるので注意されたい。
いや、本当に素晴らしかった! 加賀谷ともども幸福な気分になりながら、一路南下する。これから加賀谷ご推薦の沖縄のスピリチュアルスポットに巡礼し、返す刀でグリーンカレーを食べるのである。
このWebはいわゆるグルメではありません。味や価格だけではない「よい食事」とは何かを追求するためにひたすら食い倒れる記録です。私の嗜好に合う人しか楽しめないと思いますがあしからず。
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