豚丼王国帯広にて、超特大豚丼と対峙した。 帯広「鶴橋」再訪

2004年6月26日 from 出張


 「とかちっこ」の豚丼は期待通り旨かった。あの豚肉は素晴らしい。仕入れの良さとオペレーションの組み立ての勝利であろう。店員の教育も行き届いており、今後も伸びるに違いない。

が、しかし!
一周年記念キャンペーンのため、肉大盛りができなかったため、我々(俺だけか)の腹は満たされていないのであった。

「じゃあヤマちゃん、鶴橋で黒い豚丼食べるかぁ?」

「モチロンですよ岡坂さん。俺を誰だと思ってるんすか!」

というわけで、場所的には近くにある鶴橋に向かう。鶴橋は、以前のこのエントリで紹介した、驚愕の黒い豚丼を供する名店だ。運ばれてくると、初めての人は誰もがびっくりするような漆黒の闇が、ドンブリ上にブラックホールのごとく展開している。恐る恐る黒い塊を口に運ぶと、意外や意外、焦げ臭さはほとんど無く、濃いカラメル味に甘い醤油ダレの煮詰まった旨味、そしてタレに煮詰められた薄切りの豚肉の食感が相まって、素晴らしい濃厚濃口旨味世界が全面に拡がるのである。ちなみにここの豚丼はフライパン煮詰め系だ。

 外見上はなんてことのない定食屋風の店に車を止めると、厨房の網戸から一重まぶたの親父がぬっと顔を出し、「もうちょっと白線に沿って停めてくれるかい、後からの人が入りにくいから」と親父が言う。皆さんも鶴橋に行く際には、白線に沿って駐車をお願いします。

 この店は超人気店なのに、親父とお母さん、そして息子さんとその奥さんくらいしか労働力がない。だから、着席してから出てくるまで15分は待たされるので、できるだけピークタイムをずらして行くのがよい。今回は12時前に入店できたが、それでも店内には数組の客が豚丼を待っていた。

「まあ、ここで大盛り食えばヤマちゃんも収まるでしょ。」

そうですね、、、と品書きを観る。

何か、違和感がある。

なんだろう、、、 はて、なんだろう、、、

あ!

こないだきた時には無かったメニューがある!

「岡坂さん、なんか、大盛りの上に『超特大』ってのが新設されてますよ!」

「ええっ?  、、、ホントだ、、、1600円の超特大か、、、観たこと無いぞぉ。」

そう、前回来たのが2月の終わりだが、この4ヶ月の不在中に、「超特大」がメニュー化されたのである。お母さんが注文を取りに来た時に訊いてみた。

「あー、あのね、実は知る人ゾ知る裏メニューだったのよ。それを表メニューにしようかってことで始めたの。一日一人は必ず食べていくわねぇ。」

そうか、そうだったのか!やはり限定されたハイソサエティ向け裏メニューがあったのだ、、、これは是が非でも食べなければならないだろう!

「じゃあ、俺行きますよその特大!」

「ほんと?じゃあ、頑張って、、、」(ニヤッ)

と怖い微笑を浮かべてお母さんが厨房に戻った。もう後戻りはできない。岡坂さんは当然普通盛りだ。

「俺、豚丼をハシゴするなんて初めてだよヤマちゃん。」

地元民でそれはいかんでしょう!私がやります。ちなみに豚丼のハシゴは、これまでの帯広滞在でもよくやっている。ただ、1時間程度は空けてのハシゴが多いので、こんなに短いスパンでやるのは初めてだ。

 しかしここからの待ちが長いのであった。フライパンの面積は限られているし、一つのフライパンで火加減が違う2つの炒めを同時に行うなんてことはできない。まだ僕らの前のお客さんにも豚丼が出ていないのである。この日も15分以上待つわけだが、今回はやけにドキドキしている。期待通りの内容だったらいいけど、それより少なくても多くても怖いなぁ、、、
 厨房を観ると、棚にドンブリが並んでいるが、大盛り用の大きなドンブリがあるかと思いきや、同じ大きさのものしかみえない。うーんどういう盛りつけなのだろうか。もしかして限りなく縦に積み上げているのだろうかと、あれこれ思いながら出てくる時を待つ。

 そして、、、

「はいおまちどおさま。       頑張ってね!


これが、超特大である(右側のが、岡坂さんが頼んだ普通盛りだ)。ドンブリは、この店のスタンダード丼の2倍あると思って良い。そうか、大盛りは1.5倍、そして超特大は2倍なのだな。漆黒の、テラテラと輝きを放つ闇が丼空間に拡がっている、、、そして、普通盛りの上に乗っているグリーンピースは2粒だが、超特大は4粒である!ここもきっちりと2倍だったか。

おばちゃんがドンブリをテーブルに置いた瞬間、店内の他のお客達の視線が一気にこちらに集中し、ザワっとする。↓みんなこっちを観てる画像。

「なんだあれ?」「あんなでかいのあったのか?」ちょっとだけ優越感の瞬間である。しかし、これを維持するためには食いきらないといけない。もし残してしまったら、「ケッ」「やっぱり関東のヤツはサ」などと言われるのであろう。それは食い倒ラーとしては絶対的に避けねばならないことである。

観念して、あまりに変色している肉口と飯をグワッと箸でつかみ、口に放り込む。瞬間、あの濃厚なカラメル味と醤油の芳香がドワッと拡がる。

「旨いがなぁ~」

旨い!やはり鶴橋の漆黒の豚丼は最高だ!黒いタレが飯に絡んでいる部分を口に入れるだけで、暴力的に濃厚なカラメル醤油香が俺の油断した鼻孔をつんざくのである。間違いなくタレご飯だけで丼が一杯食べられる!

ましてや肉の味の濃さはグレイトフル・デッドである。やや薄切りの黒く染まった肉は、豚肉の風味というよりはタレの風味に強制変換された上で、なおかつ肉としての存在を誇示している。しかしこれ、肉だけで何枚乗っているのだろうか。まさしくこれはいつまで食べても終わらない物語~ネバーエンディングストーリー~ミヒャエル・エンデが書いた「虚無」とはこの漆黒のドンブリ空間内にあるのではないか!(←言い過ぎです)

「旨い!どんどん喰えるなぁ、俺、完食宣言を出しときますよ!」

と、ふと岡坂さんをみる。額に汗がにじみ、呼吸が荒くなっている。うーむ この世界に引きずり込んでスミマセン。

旨い、旨いと快調に喰い進む。しかしあと1/3という地点に到達し、いきなりズズーンと来た。俺は悟った。満腹中枢とは量のみに反応するわけではないな。味の濃さにも刺激されてしまうのではないか。 これだけ濃い味のタレを、このドンブリ一杯で何デシリットル摂取していることになるのか。そして1合半はあろうかという大量の白飯。味の濃さと分量のダブルパンチが、これまでにない強烈な満腹感を感じさせる。ヤバイ!

 そう思った瞬間、人間の心とは不思議なもので、絶望感がサーッとホルモン分泌のように身体中を駆けめぐる。軽くゲップが出るが、100%タレの香りである。食道のかなり上の方まで、タレご飯と肉片が胃袋への順番待ちをしているのが感覚的に分かってしまう。

「俺も、ここまでか、、、」

そう思い下腹に手をやった時、ベルトとジーンズのボタンを緩めていないことに気づく。そう、デジカメや携帯をジーンズのポケットに入れているため、いつもよりきつく締めていたのであった。あれっと思いベルトを緩める。途端に胃が蠕動(ぜんどう)し、詰まっていた管が開通したかのごとく、タレご飯と肉片が下方に大移動を始めた。

これで、また喰える、、、

30秒で、さっきの半分喰った時くらいのキャパシティに戻った。人生、なんとかなるものだなぁと、この時はしみじみと実感してしまった。食い倒れ人生に汚点を残さずに済みそうだ、、、

 あとは一気呵成である。あくまで綺麗に、最後の米一粒まで噛みしめていただいた。

 完食である。この、タレのカラメルまみれのドンブリと、割り箸の長さの比で、容積が想像できるだろう。人生33年やってきたが、まさしく最大の敵であった。しかし、週刊少年チャンピオンの学ラン暴力漫画風にいえば、

「タイマン張ったらダチ」

である。食べ終わった今、この超特大には愛情すら覚えた。僕好みの白みそのなめこ汁を美味しく飲み干し、茶をすする。岡坂さんはもう汗びっちょりである。

「ヤマちゃんやったなぁ、、、農協のみんなにも言っておくよ、、、」

「あらぁ、全部食べた?やったわねぇ。」(店のお母さん)

「じゃあ、次はサラダボールに入れて出そうかねぇ!」(同・親父さん)

このお二人も、まさか僕がここに来る15分前にとかちっこの豚丼を食べてきているということは想像もするまい。ここまでする十勝人はいらっしゃるであろうか。ふっふっふ。

 今回ばかりは、自分を褒めてあげたい。よく食った! しかし、また一つ勉強になったことがある。

「人は、極限状態まで満腹になると、昏倒してしまう。」

長いも畑への視察に向かう車の中で、僕は岡坂さんに運転してもらいながら、ほとんど記憶がない。胃に身体中の血液が総動員されてしまうに違いない。本当に、ぐっすりと眠ってしまった。

鶴橋超特大豚丼で、すっかり胃袋が拡張されてしまった。これ以降、帯広滞在では僕は未曾有の快進撃を行うことになる。さらに続く帯広編を待て。