路麺立ち食い蕎麦の名店「がんぎ」新川店は進化していた!

2004年5月10日 from 首都圏

 立ち食い蕎麦というのは、いわゆる通常の江戸前蕎麦とはまた違った世界があるので大好きである。前にも書いたが、新しい路麺店ができているのを見かけると、入らずにはいられない。その際に頼むのは常に天玉蕎麦(つまりかき揚げ+生卵の温かいそば)である。
 前の会社が以前、東京の新川(茅場町と八丁堀の間だ)にあったため、近辺の路麺店にはほぼ足を運んだ。その中で常食したのは、立ち食いの世界では老舗である「小諸蕎麦」「がんぎ」だけである。小諸蕎麦は茅場町の地下鉄出口脇にあるのをよく使っていた。ただし小諸蕎麦は、その日の運によってまったくパフォーマンスが変わる。基本的に茹で上げた麺を取り置く形式なので、その麺がはけるまではざるの上に放置されている。従って、そのロットが終わる直前の客になってしまうと、伸びてる率が高いのである。しかし何故か僕は運が良く、偶然にも新しい麺を茹でている最中に入り口で食券を買うことが多い。そうした茹でたての麺では、立ち食いとはいえ非常に納得感の高い蕎麦になる。もう一つ、ネギ取り放題というところが、薬味好きのヤマケンとしてはかなりの高ポイントなのである。

 さて、もう一つが十日町蕎麦「がんぎ」である。
 十日町蕎麦というのは、新潟県の十日町周辺でスタンダードとなる、いわゆる「へぎそば」である。へぎとは東北でよくみかける、木製の長方形のお盆状の器で、この中に一口大に丸めた蕎麦を盛り込むので、こう呼ばれているらしい。残念ながら「へぎそば」という商標権をどこかのチェーンが獲得してしまったため、店舗名としては使えないそうだ。
 もう一つの特徴が、布海苔(ふのり)を蕎麦のつなぎにしているということだ。布海苔ってのは、海岸にいくと赤紫っぽい半透明な昆布みたいなやつが打ち寄せられている、アレだ。布海苔を乾燥させたものを水に戻すとドロドロのゲル状のものになる。それをそば粉に混ぜて打つのだ。そうすると、布海苔の粘着作用により蕎麦がつながるのと、磯の香りがほのかに着くことになる。生粉打ちの蕎麦とは全く違う、ツルリとした食感とプッチんとした噛み応えが特徴。これが、十日町周辺の蕎麦なのである。麺の色を見てもらうと、若干緑色がかっているのがおわかりだろう。

 この「がんぎ」蕎麦では、立ち食い形態ながらも、きっちりとした十日町蕎麦の生麺を茹で上げ供している、ナカナカになかなかの店である。路麺関連のベストチョイス企画ではかなり上位に名を連ねることが多いので、知っているひとも多いはずだ。
 日刊ゲンダイのスタンディング蕎麦の連載でも取り上げられた。ここの解説も是非読んで頂きたい。
 ただし、欠点がないわけではない。盛りづゆの味が今ひとつである。若干旨味に乏しく醤油の尖りだけが突出している。マズイというわけではないが、もう少し違う傾向にした方がいいのではないかと思ったりする。けど、それを差し引いたとしても、十分に通常の蕎麦屋に太刀打ちできるような蕎麦であり、かつ超リーズナブルであることは言うまでもない。

 このがんぎそば、茅場町周辺には二店舗ある。茅場町駅から永代橋方面に歩いて2分ほどのところに1店、そして新川のキリンビール本社の斜め前にもう一店ある。店構えは新川店の方が大きい。交通量は茅場町店の方が多いはずだが、なんとなくここの板前さんには、ぞんざいな態度をとられたことが数回あるので、あまり行く気がしない。新川店はもっと年配のおっちゃんが厨房に立つが、不愉快に感じたことがないのでよく行かせてもらっている。

 さて、前置きが長くなったが、そんな折の話である。ちょっと感動してしまうことがあったのだ。


 いつもつるんでいる加賀谷と竹澤と、土曜日の11時くらいからスタバに集合。その後、新川がんぎそばの隣にあるカレーバー「ラティーノ」でカレーを食べた後、なんとなく満たされず、速やかにがんぎに移動して蕎麦をすすることにしたわけである。これは実は僕が多用するコースなのだ。カレーくって蕎麦。それも「かき揚げざる蕎麦」である。竹澤は「そんなの付き合ってられっか!」と店の前で怪しい電話をかけ始めたので、加賀谷と入店。土曜日のオフィス街、しかも2時前でかなり空いていた。


「かき揚げざる!」

たしか410円だったろうか。通常の路麺では暖かい天玉蕎麦を頼むが、それは麺に期待できないからであって、がんぎのごとく麺に実力があることがわかっている場合にはもり蕎麦で頼む。そしてここのかき揚げ天は、タマネギ、小エビ等の具がしっかりと揚げられた、ナカナカのものなのだ。これを見て欲しい。なかなかの風格を漂わせた蕎麦ではないか。

 しかし、このかき揚げ、しっかりと揚げて脱水しているため、かなり堅い。箸でちぎるのも結構大変。このため、ざるを受け取ったらすぐに箸を旨く使って5つくらいの小パートに分けて蕎麦とともにつゆに浸し、いただくのが僕の流儀だ。ああそうそう、その前に盛りつゆには、備えられているわさびとすりごまをタップリといれる。

 麺をざぱっとつけてすする。おいらは江戸っ子じゃないのでつゆにはタップリ漬ける派だ。大体、江戸前の辛づゆなんて出している店が少なくなってきているから、チョイと蕎麦の端に浸しただけじゃぁ喰えたもんじゃねえや。蕎麦は先述したようにツルっとしたのどごし、ぷちっとした歯応え、そして生粉の蕎麦とは違う風味が拡がる。相変わらず上々である。

 そしてかき揚げを食べようとした瞬間、驚いた。

「あれっ? かき揚げが2つに切ってあるジャン!」

そう、いつも自分で割るかき揚げにあらかじめ包丁が入って二つに切り分けられているのである。これはこれまでなかったことだ。思わず僕は声をあげてしまった。つまり、店の人もこのかき揚げの食べにくさには気づいていたわけだ。うーんなるほどヨカッタと思いながらかき揚げの片割れをつまみ、汁に浸して食べる。うん、これなら食べやすい。

そう思っていたら、一息ついた店のおっちゃんが声をかけてきたのだ。

「かき揚げを切る、ということを取り入れるまで6年かかりましたよ!」

「え?どういうことですか?」

「単に天ぷらを切るだけでも、一手間かかりますから。混雑時にもやれるかどうか、ということを考えながら、ようやくふみきったんですよ、、、」

なるほど! そう、店にとっては1オペレーション増えることは相当な負荷である。この店は通常時の昼間は超混雑するのだ。そんな中で、ただざるに天ぷらを載っけていたのが、まな板に置き包丁で割り、再度盛りつけるという工程を挟むことで相当なタイムロスが発生する。

 しかしながら、彼らはそれにふみきったのだ!素晴らしい決断ではないか!
 このおっちゃん、僕がこの「かき揚げ二つ割りの儀」を見破ったのが余程嬉しかったらしく、加賀谷と僕にエビ天をつけてくれた。

「どうせ今日はもうすぐ店仕舞いですから。」

蕎麦を食べ終えるのを見計らっておっちゃんが入れてくれた熱いそば湯でつゆを割り、すりゴマを足して、すする。ラティーノのカレー、かきあげ天ざる、そしてエビ天。しかしこの日一番旨かったのは、路麺店としての名声をいやという程に獲得していながらも、前に進むことを忘れない、そしてその誇りを自分からは言わない(言えない)オヤジの矜持であった。

 そんな気持ちの良い青空の拡がる週末だった。