2004年3月12日 from
ビジネスホテルで少し休んだ後、竹鶴邸より専務と杜氏が迎えに来てくださる。いよいよ居酒屋「竹鶴」の始まりである。
居酒屋竹鶴とは、、、この小京都・竹原の文化財である竹鶴邸内にしつらえられた竹鶴家の居間のことである。10畳ほどの居間と台所が併設されており、文字通り山海の美味が並び、酒が振る舞われる場なのである。運良くここに通された者が口々に「居酒屋竹鶴」と唱えるようになったという、マニア垂涎の酒処なのだ。
ちなみに竹鶴寿夫社長は、僕なんぞより数十段上に位置する大美食家である。ある日、旨い魚の刺身を食べようとしたが、折悪く天然わさびが手に入らなかった。広島県内の市場に問い合わせたが手に入らない。とうとうわさびを入手するために福岡まで飛んでいってしまったという剛の者なのである。
実は僕は、社長には学生時代からさんざん、甘美な罠にはめられてきた。どういう罠かというと、、、瀬戸内の魚の刺身、イイダコ煮物、松阪牛のステーキといった美味美食ばかりが並ぶ食卓にて腹一杯飯をいただく。酒ももちろん「竹鶴」をガンガンと飲ませていただく。いい気分になり満腹になりかけたところで、竹鶴家のお母さんが「はい、おにぎりですよぉ~」とニコニコしながら盆を持ってきてくれた。このおにぎりがぷっくりと優しく握られたもので実に美味しそう、、、
「いただきまーす!」
とおにぎりにかぶりついた瞬間、寿夫社長がニタリと笑みを漏らしながら一言。
「ヤマケン。酒を飲んでいる最中に米の飯を食べるとはな、、、米を食って日本酒を飲むと、味が濁るんだよ。それを知らないようじゃぁ まだまだだなぁ、、、」
えええええ そうなのぉ???
なんとそこに追い打ちが。
「ヤマケンもまだまだねぇ。」
と、ニコニコ笑いながらお母さんも言うのだ!はめられたぁ!
その翌年、またもや酒造に泊めてもらった。その際にはこれを思いだし、お母さんが運んできてくれたおにぎりには
「いや、まだ酒をいただいていますから、、、」
と遠慮をした。ここで一つの壁を越えたわけだが、、、しばらくしてお母さん、今度はシャーベットを持ってきてくださった。
「お酒ばかり飲んでたら熱くなっちゃうでしょう。ちょっと口の中を冷やしたら?」
とおっしゃる。たしかに口の中をひんやりさせたい!と思ってシャーベットにかぶりつくと、まさかまさかのタイミングで社長がいう。
「なんだヤマケンは飲んでいる最中にシャーベットを食うのかぁ、、、」
えええええええ
これも罠だったのぉおおおおお!?
ということが数回繰り替えさせれ、私は愚鈍な人間としてとらえられている訳なのである。
社会人になってからはさすがに社長も奥様もこの罠攻撃を控えるようになってきているのだが、実は僕はどきどきしながら飲ませていただいているのである、、、
さて居酒屋竹鶴に足を踏み入れると、デカ机2つをつないだ上に、お母さんの心づくしのもてなし料理が所狭しと並んでいるのであった。
本日の魚は、、、どでかい鮃(ひらめ)の姿造りに甲イカ、サヨリ、鯛の刺身である。おかあはんの実家も造り酒屋だったということだが、当然ながら料理はもう玄人はだしである。
このヒラメの刺身が、超絶の絶品であった!もちもちむっちりプリンとした官能的な食感、白身とは思えない旨みの深さ、そしてほのかに感じる甘い香り。この香りこそが、瀬戸内の魚の特徴である。
「旨~いよぉおおおお!!!」
そしてイカがまた旨い! その身を噛んだ瞬間にあまりに魅惑的な弾力と甘みの弾け加減に、胸がときめいてしまうのである(?)。鯛とサヨリも旨かったけど、この鮃とイカの刺身にまずはやっつけられてしまった。
これに、広島といえばこれを抜きには語れない、牡蠣もどーんと出てきているのである。この牡蠣、さきほど車で10分程度の港にある牡蠣市場にて、おばはん達がものすごいスピードで殻を割っていた牡蠣である。すなわちもちろん生で食べられる鮮度バツグンの牡蠣である。
余談だが、広島県民は高確率で牡蠣に弱い体質になってしまっているらしい、、、そのココロは、幼い頃から大量に食べているため、当たる確率も他県にくらべ飛躍的に高いからなのだそうだ。
まずは一切れ生で、醤油をつけていただこうとする。するとおかあはんが
「柑橘を搾ると美味しいのよ!」
と、伊予柑のようなおおぶりの晩柑を半割にしたのを手渡してくれる。レモンやスダチではなく、甘い晩柑を絞って食べるのが旨いというのだ!早速試してみたが確かに合う!酸味だけではなく甘みが、牡蠣独特の磯香を消している。。いやもちろんここの牡蠣に磯臭さなどというのは皆無に近いのだけども、上品なコク味をいっそう引き立てているのだ。
そして生もの類を堪能しつつ、石川杜氏の怒濤のお燗攻めが始まる。豪勢なことに、杜氏みずからが卓上コンロの脇について、お燗番をしてくれるのである!
「え~、 竹鶴ではお燗はほとんど熱湯になるくらいまで熱々にするんです」
といって本当にもてないくらい熱い徳利から、熱々の竹鶴14BYの酒が注がれる。この日は石川さんが風邪を引いていたためかそんなに怒濤の量を薦められなかったが、いつもはみな、早々につぶれるくらいに飲まされるのである。
さてここで社長の竹鶴寿夫大先生が、県議のお仕事からご帰宅である。
「いや~ 飲んでますかぁ?」
この方がいると、本当に座の雰囲気が明るく、そして熱くなる。根っからの熱を持った、ものすごいオッサンなのである。元来酒蔵とは、その土地の文化を担うためにあったようなもので、それなりの名門であることが多い。竹鶴だって、竹原市内で知らぬ者のいない名家であるが、それもこのオッサンに会ってみればだれもが納得するだろう。それだけの存在感がある方なのだ。
本日はこの社長の「飲め飲め攻撃」のターゲットは、工藤ちゃんやイタバシ師匠に向いているので、安心して僕は食べ進んだ。
カスタードクリームのような白みそベースの酢みそがかかったタコのぬた、上品で美味しゅうございました。
生きているでっかい車エビの頭をむしり、皮をむいて醤油につけクチに放り込む活き車エビ姿刺身、かみしめるとプリプリブリブリで、こっちが死んでしまうかと思うほど甘い身でございました。
鯛のお頭がたっぷり入り、牡蠣もどんどこと投入されて旨みエキスの泉と化した鍋、滋味たっぷりで大変に温まりました。
殻付きの焼き牡蠣、何も味付けしなくても、海水の塩分と、牡蠣本来の旨みとで十分すぎるほど美味しゅうございました!
そして、、、社長が大好きで、大量に買い込み冷凍保存している、絶品鮒寿司(ふなずし)があることを、なぜか僕は知っている。
「社長!鮒寿司食いたいっす!!」
「なにぃ~ ヤマケン、鮒寿司は高級品なんだぞぉ! けど、立派な社会人になったみたいだから、出してやるかぁ!!!」
といって社長が手ずから 切り分けてくださった極上鮒寿司がコレだ!
ブルーチーズのような芳香と旨み、、、とよく言われるが、チーズではない!これは鮒寿司オリジナルの味なのである! 米が麹菌で溶けた部分の酸味と、身と卵の繊細にして濃厚な旨み、むっちりと千切れる皮の固さが最高! もう何も言えない僕なのであった。
最後、、、お母さんがコロコロと笑いながらアイスクリームを運んできてくれる。これは罠ではないらしい。
「おもしろいものをかけているのよ。わかるかしら?」
みれば、コアントロのような赤茶色がかった液体がうっすらとかかっている。クチに運んでみると、、、
「おおおおお 絶品リキュール!甘くて薫り高くて、、、何これ???」
ラムよりも優しく、どこか日本人に懐かしい甘さと、何十年熟成させたのか見当もつかない香り。いや薫りという感じのほうがよりよく伝わるだろう。
「これはね、竹鶴の古酒よ。何年ものになるかしらねぇ、、、こうすると美味しいでしょう。贅沢だけどね。」
本当に贅沢である。ハーゲンダッツのバニラアイスが、数次元あがった別物になってしまった!脱帽である、、、 このような食卓を「洒脱」というのであろう。本当に、気が利いたもてなし上手な皆様である。
この日は石川杜氏を始め、みな何となく疲れており(造りの終盤戦だからだろう)、明日の朝の仕込みをみせてもらうこともあって、早めのお開きとなった。でも、満足度はすさまじいものあり!
さて、明日は朝5時おきで、いよいよ竹鶴の仕込み風景を見せていただくのであった!!!
このWebはいわゆるグルメではありません。味や価格だけではない「よい食事」とは何かを追求するためにひたすら食い倒れる記録です。私の嗜好に合う人しか楽しめないと思いますがあしからず。
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